第21話 束の間の休息
獅子宮第一階層の攻略を終えてから二週間。
レグルスは以前と変わらぬようでいて、確実に変わった日々を送っていた。
朝はギルドへ向かい依頼を受ける。
薬草採取や荷運び。森の見回り、ゴブリンやコボルトの討伐など今の自分にランクに応じた依頼を
決して派手な仕事ではない。
だが依頼を重ねる度に、自分の身体が以前より滑らかに動いていることを実感していた。
森の中を駆ける、枝を避ける、足場を選ぶ、刀を振るう。
また、習得した魔法の練習
その全てが自然だった。
「ふ~ん」
腰のベルトに固定されたグリモアから声が響く。
「動きが良くなったみたいね」
「そうか?」
「以前のあなたは力任せの動きだったわ」
セレスは淡々と続ける。
「今は違う。ほんのちょっとだけど力みがなくなって動きに洗練さがてで無駄が減ったわね」
「褒めてるのか?」
「事実を述べているだけよ」
相変わらず素直じゃない。
だが声色はどこか満足そうだった。
獅子宮での訓練は確実に身になっている。
それだけは間違いなかった。
「まぁ、あなたが多少強くなったのも私のおかげだけどね」
レグルスは思わず苦笑する。
最近はこんなやり取りも増えていた。
前は機械的に喋ってくる本だったと思う。
今は少し違う、相棒。
そんな言葉がしっくりくる。
その日はギルドの受付嬢から教えてもらった情報で素材のため魔物を討伐するだった。
コリウムボアの革、なかなか姿をみせない魔物コリウムボア
目的は討伐ではなく、その素材である。
「本当に必要なのか?」
「わたしには絶対に必要よ」
セレスは即答した。
「今の安物のベルトでは私が不安定よ、気分が悪くなるわ」
「お前は本なんだから多少傾いてもいいだろ」
「よくないわ」
きっぱりと珍しく大声で言い切る。
「私は貴重な知識の結晶よ」
「そういう事を自分で言うなよ」
「事実だからしょうがないわ」
どこか得意げだった。
結局レグルスは森へ向かい、コリウムボアを討伐した。
コリウムボアは滑らかな表皮で革製品の素材としては上級の物になるが、臆病なため人間の姿を見るとすぐ逃げ出し尚且つ逃げ足が猛烈に早い。
以前なら戦う前に逃げられてしまう相手だ。
しかし今は違う。
魔力による身体強化、鍛えられた足運び、迷いのない突き。
逃げられても追いつくことができ、短時間で討伐を終えることが出来た
回収した革を持って、革製品を扱う防具職人ガルドの店へ向かう。
店内には革と金属の匂いが漂っていた。
「ほう」
ガルドが素材を見て目を細める。
「いい革だな、コリウムボアか」
「この革を使ってベルトを作ってくれないか」
「剣用か?」
「本用になる」
沈黙。
「……本?」
「本」
「変わってるな」
レグルスもそう思う。
数日後。
完成したベルトは見事なものだった。
光沢がある焦げた茶色の革、銀色の留め具。
丈夫で見た目もいい。
セレスを固定すると以前とは比べ物にならないほど安定した。
「どうだ?」
レグルスが腰を軽く叩く。
しばらく沈黙。
そして。
「……悪くないわね...ふふ」
すごく小さな笑い声。
レグルスは思わず足を止めた。
今のは確かに笑った。
「ありがとう、レグルス」
「……おい」
「なんだ」
「今、礼を言ったか?」
「礼くらい言うわ」
「普段言わないだろ」
「失礼ね」
少しだけ不満そうな声音だった。
レグルスは思わず笑う。
セレスも少しだけ機嫌が良さそうだった。
◇
依頼をこなし続けた結果、懐事情にも余裕ができていた。
久しぶりの休日。
レグルスは中央区へ足を運ぶ。
目的地は魔導大衆浴場
巨大な石造りの建物から湯気が立ち上っている。魔導技術によって温められた湯が常に循環しているらしい。
服を脱ぎ、湯船へ身を沈める。
熱が全身へ広がる、疲労が溶けていく。
「はぁ……極楽だ.........」
お湯につかったことで身体が心地よくなり自然と息が漏れた。
「極楽だ……」
『なにがそんなに良いのだ』
セレスの声が頭の中で聞こえる。たしかセレスは脱衣所に置いてきたはずだか
「セレスか」
『念話よ、私とあなたは繋がっているのだからある程度あなたの事は伝わってくるわ』
『それより、何が極楽なの』
「湯船」
『湯船』
「疲れが吹っ飛ぶ」
『ふ~ん』
少し考えるような間。
「入れないお前には分からないか」
『……』
「セレス?」
『別に羨ましいとは思わないわ、生活魔法で汚れを落とせばいいじゃない』
「まぁ確かに生活魔法が使えるようになって汚れが落とせるようになったが、これはこれで湯につかるのは身体にいいんだよ、いままでは贅沢できず水桶で拭いてたからな」
「もしかしてお前、羨ましいんだな」
『違うわ』
即答だった。
レグルスは笑う、どうやら図星らしい。
『私も身体があれば理解できたのだろうが』
ぽつりと零れた言葉。
レグルスは少しだけ驚いた。
セレスからそんな言葉を聞くのは初めてだった。
◇
風呂を出た後、食べ物に関しても少し贅沢をすることにした。
向かったのは中央通りの人気食堂。既に食堂内は人で一杯だった。
注文したのはカルボナーラとふんわり食パン、ハーブティー。
運ばれてきた皿からは香ばしい香りが漂う。
卵、チーズ、ベーコン、そしてもちもちの麺、黒パンとは違うふんわりした触感のパン
一口。
「うまっ」
思わず声が出た。
「そんなに?」
「うまい」
「ふむ」
「かなりうまい」
「私にも食べさせろ」
「無理だろ」
「なぜだ」
「おまえ本だろ、どうやって食べる」
「……そうだった」
少し残念そうな声、レグルスは吹き出した。
「もし王都へ行ったらもっと美味い店を探してやる」
「本当に?」
「だから食えないだろ」
「それでもだ」
その返答に、また笑ってしまった。
◇
夕方。
ギルドへ顔を出す。
受付には見慣れた黒髪の女性がいた。
「レグルスさん」
「どうしました」
「最近すごく依頼をこなしてますね」
「生活費を稼がないといけないので」
黒髪の受付嬢は少し笑った後、真面目な顔になった。
「一つ提案があるんですが」
「なんだ?」
「王都へ行く気はありませんか?」
レグルスは目を瞬かせた。
「王都?」
「はい」
黒髪の受付嬢は頷く。
「ベルグラードも良い街です。でも、強くなりたければ大きな世界を見た方が良いと思うんです」
王都、王国最大の都市、王国の全てが集う場所。
最先端の魔導技術、数多の冒険者、王立騎士学校や王立魔法学園
自然と胸が高鳴る。
その時だった。
「王都か悪くないわね、あなたがもっと強くなりたいならね」
珍しくセレスが先に口を開いた。
「強者も多い、未知の知識もある、現代の技術で私の知らないことも存在するだろう」
「それに..........」
「ん?」
「望んで努力すればあなたはもっと強くなれる」
レグルスは目を見開く。
「未踏領域を持つ者が、この街だけで終わるのは惜しい私はそう思うわ。」
「いつか...誰も到達できないところに一緒に行きましょう」
静かな声だった、だがそこには確かな期待が込められていた。
知識体としてではない、相棒として。
レグルスは窓の外を見る。
夕暮れの空、その向こうには、まだ見ぬ王都がある。
強者、未知、新たな出会い。
そして、更なる成長。
「……そうだな」
自然と笑みが浮かんだ。
「行ってみるか」
王都へ、まだ見ぬ世界へ。
獅子の名に相応しい高みを目指して。
レグルスは静かに、その決意を固めたのだった。




