第19話 獅子宮の第一階層 中章 風を掴むために
「訓練を開始します」
セレスが指を鳴らした。
石畳の広間、薄暗い空間の中央に魔法陣が浮かび上がる。
次の瞬間。
ガシャン。
重い金属音が響いた、現れたのは一体の騎士。
全身を鈍色のプレートメイルで覆っている。
顔はない、兜の奥は闇、人の形をしているだけの存在。
「……訓練相手か」
「はい」
騎士の腰には長剣。
全身を鎧で覆われている。
ただし。
肘、脇、膝、首元。
可動域のための隙間が存在していた。
「なるほど」
レグルスは錆びた刀を握り直す。
「そこを狙えってことか」
「そうです」
セレスは頷く。
「斬ることは禁止です」
「分かってる」
「切れませんし」
「うるさい」
その瞬間、騎士が動いた。
速い。
ガンッ!!
長剣が振り下ろされる。
レグルスは慌てて飛び退いた。先程までいた場所の石畳が砕ける。
「訓練にしては殺意高くないか!?」
「死にはしません」
「信用できねえ!」
二撃目。
横薙ぎ。
レグルスは刀を差し込む。
キィィン!!
金属音。
衝撃が腕を痺れさせる。
弾いたが完全ではない、だが軌道を逸らした。
長剣が身体の横を通過する。
「今のです」
セレスが言う。
「弾く」
レグルスは息を吐く。
なるほど、受けるのではない、逸らす、流す。
最低限の力で。
騎士が再び迫る。
三撃、四撃、五撃。
レグルスはひたすら弾く。
弾く、弾く。腕が悲鳴を上げる。
身体強化を維持していても重い、少しでも魔力循環が乱れれば即座に押し負ける。
汗が流れる、呼吸が荒れる。
それでも。
徐々に見えてきた。
剣筋、重心、動きの癖。
「そこだ!」
騎士が振り下ろした瞬間。
レグルスは半歩踏み込み、錆びた刀の切先が脇の隙間へ突き込まれた。
ガキン!!
騎士の身体が止まる。
「突く」
セレスが告げる。
「正解です」
だが。
次の瞬間、騎士の肩が動いた。
「まだかよ!」
肘打ち。
レグルスは吹き飛ばされ、石畳を転がる。
肺から空気が抜ける。
痛い、滅茶苦茶痛い。
「ぐっ……!」
「立ちなさい」
「鬼教官か」
「管理者です」
やっぱり同じだった。
◇
それから何度も繰り返した。
何十回、何百回、とうに時間の感覚は消えていた。
弾く、突く、叩く、弾く、突く、叩く。
騎士の兜を叩いて怯ませる。剣を弾いて体勢を崩す。隙間へ突きを入れる。
失敗する。殴られる。
吹き飛ばされる。
また立つ。
繰り返す、繰り返す、繰り返す。
やがて。
騎士の剣が振り下ろされた。
レグルスは自然に動き、刀が走る。
キィン!
最小限の動きで剣を弾き、身体を捻り、踏み込む。
脇の隙間へ突き、そして、柄頭を兜へ叩き込む。
ガァンッ!!
騎士が膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。
だが、初めてだったのかもしれない、考えるより先に身体が動いた。
「今の感覚を覚えておきなさい」
セレスが言う。
「それが技の種になります」
レグルスはゆっくり立ち上がる。
その時だった。
広間を風が吹き抜けた。
僅かに、本当に僅かに、身体を流れる魔力が風に共鳴した気がした。
「……?」
レグルスは顔を上げる。
風が流れる。
まるで導くように。
「ようやくですね」
セレスの声が聞こえた。
「第一階層はあなたを認め始めています」
獅子宮の奥。
閉ざされていた石門がゆっくりと開き始めた。




