第17話 黄昏の帰路
森を抜けた頃には、空は茜色に染まっていた。
夕日が木々の隙間から差し込み、長い影を作っている。
レグルスは肩で息を吐いた。
「疲れた……」
率直な感想だった。
巨大ゴブリン
そして、魔術師との戦闘、《爆炎陣》(フレイムバースト)。
今までで一番激しい戦いだった。
身体中が痛い、特に肩、フレイムランスを掠めた火傷も残っている。
「よく生きてたわね」
腰にぶら下がっているセレスが言う。
「他人事だな」
「本だからね」
「便利な返事だ」
レグルスは苦笑した。
森の出口が見える、その向こうにはベルグラードの城壁。
夕日に照らされた石壁は黄金色に輝いていた。
やっと帰ってきた、その実感が少しずつ湧いてくる。
◇
街へ入る頃には黄昏時になっていた。
石畳の道を帰宅を急ぐ人々。
夕食の準備をする露店、パンの香りや肉が焼けるの匂い。
香辛料の香り。
森の緊張感とは別世界であった。
子供たちが走り回り、商人が店じまいを始める。
鍛冶屋からは金属を打つ音が聞こえる。
「平和だな」
レグルスがそっと呟く。
「平和だから街になっているのよ」
セレスが返す。
「近くで毎日《爆炎陣》(フレイムバースト)でも使用されれば誰も住まないわ」
「それもそうだ」
セレスの言葉に思わず笑ってしまった。
依頼の報告のためギルドへ向かう。
見慣れた二階建ての建物、夕方のギルドは昼より賑やかだった。
依頼帰りの冒険者たちが酒を飲んでいる。
笑い声。怒鳴り声。依頼報告。
様々な声が飛び交っていた。
扉を開いて中に入るとレグルスに一瞬だけ視線が集まる。
森の異変調査へ行った新人、依頼に失敗して逃げ帰っていたのかそんな認識なんだろうか。
その一瞬の視線に答えることはせずレグルスは受付へ向かった。
「あら」
優しい受付嬢が目を丸くした。
「お帰りなさい。結果はどうでしたか?」
「ただいまです」
レグルスは袋を置く。
袋の中には討伐証明であるゴブリンの耳、魔物を操っていた鈴が入っていた。
受付嬢が固まった。
「……成功ですか?」
「多分」
「多分?」
「俺もよく分かってないので」
その返事に受付嬢が苦笑する。
「一応首謀者と思われる魔術師を気絶させて森に拘束しています。冒険者くずれだと思いますが、ギルドの職員で対応できますか。」
「一人なので搬送出来ませんでした。」
「拘束場所は森の中をそのまま進めば、巨大な樹木がありますのでその根元に拘束しています。」
「分かりました。直ちにギルド職員を派遣しますね」
と受付嬢は少し慌てた様子で返答した。
周囲の冒険者たちもざわついていた。
「本当に解決したのか?」、「新人だろ?」
黒髪の受付嬢もやって、若干微笑みを浮かべた様子で
「依頼の達成おめでとうございます。疲れている様子なので報酬は後日にしますか」
と話しかけてきた。
「そうですね。明日にでもギルドに顔を出します。報酬はその時にでもお願いします。」
今は疲れていたため、レグルスはそう答えた。
「お疲れ様でした」
2人の受付嬢がレグルスに対して告げる。
「今日はゆっくり休んでください」
その言葉が妙に嬉しかった。
◇
ギルドを出る。
街はすっかり夕暮れで空には一番星。街灯に魔導灯の光が灯り始める。
「腹減ったな」
レグルスが言った。
「私は減らないわ」
「羨ましいな」
露店街へ向かう。
いつも行列ができている店があった。
ベルグラード名物。
BLTサンド。厚切りベーコン。ロースト肉。トマト。野菜。
それらを香ばしく焼いたパンで挟んだ一品だ。
「これ二つ」
「本は食べれないだろ。」
「気分の問題よ」
本がしゃべることに店主はびっくりするが、冒険者なら不思議な事もあるかと思い、レグルスとセレスのやり取りを見て店主が笑う。そして
「注文は」
「BLTサンドとアイスティーをひとつずつください」
と注文して、レグルスはサンドとアイスティーを受け取り、近くの広場のベンチへ座る。
夕風が気持ちいい。
一口かじる、肉汁が溢れた。
「うまっ」
「そうね」
「食ってないだろ」
「雰囲気で分かるわ」
「便利だな」
二人はしばらく無言だった。
戦いの後の静かな時間が悪くない。
◇
宿へ戻る。
いつもの部屋。
木製の机。簡素なベッド。
窓の外には夜のベルグラード。
ようやく一息つける場所だった。
レグルスは椅子へ腰掛けた。
刀を机へ立てかけて、そして深く息を吐く。
「終わったな」
「まだ終わってないわよ」
セレスが言う。
「確認するんでしょ?」
「……だな」
レグルスは頷いた。
今日の戦いで何かが変わった。その確信があった。
「ステータス」
金色の光が浮かぶ。契約者だけに見える世界。
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レグルス・クレハルト
黄道十二宮契約者 獅子宮適合者
レベル9
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称号
【ネメアの獅子】 《獅子の誇り》
・身体最適化効率上昇
・恐怖耐性上昇
・威圧耐性上昇
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基本行為
切る Lv5
突く Lv1
叩く Lv1
弾く Lv1
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努力蓄積13,426
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派生技
《袈裟斬り》
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レグルスは思わず目を見開いた。
「出た……」
派生技、戦闘中は余裕がなかったが、確かに表示されている。
《袈裟斬り》
意識を向ける。
すると情報が流れ込んできた。
斬撃の角度。重心移動。踏み込み。呼吸。
戦闘中に自然と使えた一撃、それが正式な技として登録されていた。
「なるほど」
レグルスは小さく笑った。
「強くなった気分は?」
セレスが聞いてくる。
「気分じゃない、実際に強くなってる」
その言葉にセレスも少しだけ笑った。
「調子に乗らないことね」
「分かってる」
レグルスはステータス板を閉じた。
確かに成長した、だが、今日の戦いを思い出す。
巨大ゴブリン、ゴードン。《爆炎陣》(フレイムバースト)。
危ない場面はいくらでもあった。
「反省会でもするか」
レグルスが言う。
「そう来なくちゃ」
セレスが満足そうに答えた。
「まず《炎槍》フレイムランスを食らった件からね」
「そこからかよ……」
「当然よ、でもよくやったわ」
セレスが珍しく褒めた。
レグルスは苦笑した、強くなったがまだまだ未熟だ。
だから振り続ける、だから積み上げる。そうしていつか、もっと遠くへ届くために。
セレスが急に不満そうな声を出した。
「ところで」
「ん?」
「いつまで私はそこなの?」
レグルスが腰を見る。
ベルトから吊るされたセレス。
いつもの位置だ。
「いつも通りだろ」
「揺れるのよ」
「我慢してくれ」
「あと歩くたびに腰に当たる」
「知らん」
「もっと素材のいい、質のいいベルトを作りなさい。」
「本のためだけに?」
「当然よ」
セレスは堂々と言った。
レグルスはため息を吐く。
その瞬間。
視界の端に金色の文字が浮かんだ。
『機能解放条件達成 獅子宮第1階層の一部が解放されました。』
レグルスの目が細まる。
セレスも気付いたらしいが珍しく黙り込んでいた。
窓の外では夜空に星が輝いている。そして獅子座の星々が、静かに瞬いていた。
次なる成長への扉が、少しずつ開こうとしていた。




