第16話 努力の差
少し戦闘描写を変更して、セレスとの会話を入れてみました。
ゴブリンたちが一斉に動いた。
「ギャアアアア!」 「ギィィッ!」
耳障りな叫び声、十数匹のゴブリンがレグルスへ殺到する。
正面から三体、左右から二体ずつ。
さらに後方にはゴードン。
完全な包囲だった。
「行けぇ!」
ゴードンが叫ぶ。
「殺せ!」
レグルスは舌打ちした。まともに囲まれれば終わる。
一対一なら勝てるが、十数匹になってくると話が違う。
「右よ」
セレスが言う。
レグルスは即座に動いた。
右側。
木々が密集している場所へ飛び込む。
ゴブリンの数を活かさせない、群れとの戦いで最も危険なのは囲まれること。
ならば、囲まれない場所で戦えばいい。
先頭のゴブリンが飛び掛かってきて錆びた短剣を振り下ろしてくる。
その振り下ろしに対して、レグルスは半歩ずらして避ける。
そして向かってきたゴブリンの首に対して刀を振る
一閃。
ゴブリンの胴体と首が離れて倒れた。
まずは一体だが終わらない。
二体目、三体目。
次々に襲い掛かってくる。
その時、
「ゴブリンに気を取られすぎないで、魔法が来るわよ」
セレスが叫ぶ。その直後、
「《火弾》(ファイヤーボルト)!」
ゴードンの魔法、レグルスに向かって2メートル大の火球が飛んでくる。
襲い掛かってきたゴブリンたちを斬りながら、レグルスは近くにあった樹木の陰へ飛び込む。
その直後、火球が近くにあった樹木へ命中した。
爆発。
木片が飛び散る。
「くそっ!」
ゴブリンだけならいい。
問題は後ろの魔術師だ、放置できない。
しかし近付けばゴブリンに囲まれる。
「面倒ね、こっちは一人なのに」
セレスが呟く。
「しょうがないだろ。お前が戦えれば話が違うがけどな」
と、言いながら向かってくるゴブリンに対して刀を振る。
四体目、五体目、ゴブリンが倒れる。
呼吸が荒くなる。
数が多い、だが、恐怖はない。
『ネメアの獅子』『獅子の誇り』
システムが静かに補助を続ける。
心が冷静だった。状況を見失わない。焦らない。
目の前の敵へ集中できる。
「ギャア!」
横から飛び込んできたゴブリンに対してレグルスは反射的に刀を振る。
斬る。
返す。
さらに斬る。
動きが自然だった。
以前よりも。
確実に。
『基本行為:切る』
『熟練度上昇』
文字が流れるが、だが確認する余裕はない。
六体目、七体目。
ゴブリンが倒れる。
残りも少なくなってきて、レグルスが十体目のゴブリンを斬った時だった。ゴードンの顔が歪み出した。
「なんでだ……」
「なんで倒れない!」
想定外だったのだろう。
新人冒険者がここまで戦うとは。
ゴードンは焦ったように鈴を握る。
そして。
チリン――。
鈴が鳴った。
嫌な音だった。
赤い光が最後に残ったゴブリンへ流れ込む。
身体が膨張する。
筋肉が隆起する。
骨が軋む。
咆哮が森を揺らした。
「ギガァァァァァッ!!」
最後のゴブリンが巨大化して咆哮した。
森の空気が震える。
二メートルを超える巨体。
膨れ上がった筋肉、血走った赤い瞳。
もはやゴブリンというより別の魔物だった。
レグルスは刀を構える。
額を汗が伝う、だが視線は逸らさない。
「行けぇぇぇ!!あいつを殺せ」
巨大なゴブリンの後方からゴードンが叫ぶ。
同時に杖が振られた。
「《火弾》(ファイヤーボルト)!」
火球が一レグルスに対して向かってくるが、レグルスが飛び躱した直後、背後にあった樹木へ激突する。
轟音。
樹皮が弾け飛び、火花が散った。
だが回避した先へ巨大ゴブリンが突っ込んでくる。
速い。
予想以上だった。
巨大ゴブリンの拳が唸りを上げる。
「っ!」
レグルスは咄嗟に刀を横へ構えた。
激突。
凄まじい衝撃。
身体ごと吹き飛ばされ、数メートル先を転がった。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。
「体格差が違うわ、まともに受けないで」
とセレスが言う。
確かにセレスのいう通り体格差が違うためまともに受けるべきではなかった。
理解する。あれは防げる攻撃ではない、避ける攻撃だ。
「どうしたぁ!」
いつの間にかレグルスの後方に移動したゴードンが薄気味悪い声で嘲るように笑う。
「新人冒険者じゃこんなもんか!」
再び魔力が集まる。
「《炎槍》(フレイムランス)!」
先程とは違う魔法、火の槍が放たれる。
レグルスはその場で身を捻るが、避けきれない。
肩を掠めた。
熱い、服が焼け、膚が焦げる臭い。
「大丈夫」
とセレスの心配する声が聞こえてくる
「痛っ...大丈夫だ、服が焼けて少し焦げたたけだ支障はない」
「くそっ……!」
距離を取る。
正面には巨大ゴブリン、後方にはゴードン。
挟まれている。
最悪の状況だった。だが、レグルスは逃げ出すことはせずに呼吸を整える。
視線を動かす。
巨大ゴブリン。
右足に僅かな癖があり、振り下ろしの後に隙が生まれる。
ゴードン。
魔法の詠唱に一拍必要。
ファイヤーボルトの方が速い、フレイムランスは威力重視。
見える。少しずつ。敵の動きが。思考がクリアになってくる。
「なるほどな……」
レグルスは笑った。
「何がおかしい!」
ゴードンが怒鳴る。
だがレグルスは答えない、代わりに踏み込む。
巨大ゴブリンが拳を振り上げ、レグルスに向かって振り下ろされる。
避ける。
地面に衝突して土が爆ぜる。
返す刀で巨大ゴブリンの腕を斬りつける。
浅い。
だが構わない。
さらに避ける、さらに斬る。
繰り返す。
まるで巨大な木を削るように、少しずつ、少しずつ、確実に。
「ギガァァァァ!」
巨大ゴブリンが怒り狂う。
その時だった。
視界の端に文字が浮かぶ。
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基本行為
切る Lv5
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レグルスの目が開かれた、世界が変わる。
踏み込み、腰の回転、肩の力、刀の軌道。
今まで感覚でやっていたものが、一つの線として繋がった。
『派生技解放』
文字が流れる。
だが読む暇はない。
身体が理解していた。
どう振ればいいのかを。
巨大ゴブリンが最後の突進を仕掛ける。
咆哮。
拳。
殺意。全てが迫る。
レグルスは前へ出た。
最小限の動きで拳を避け、大地を割るかのように踏み込み、重心を落とす。
そして。
左斜め上から右斜め下へ。流れるように刀を振り抜く。
一閃。
銀色の軌跡が走る。
巨大ゴブリンが止まった。
沈黙。
次の瞬間。
巨大ゴブリンの肩下から胸にかけて深い斬撃が走り、鮮血が迸る。
巨体が崩れ落ちた。
轟音、土煙。
森が静まり返る。
「ば、馬鹿な……」
ゴードンの顔から血の気が引く。
切り札だった。勝利を確信していた。
それが倒された。
「あり得ない……」
レグルスはゆっくりと歩く。
刀を下ろしたままもう勝負は終わったと思った。
しかし。
ゴードンは狂ったように笑い始めた。
「まだだ」
「まだ終わってない!」
杖を握る。
魔力を無理やり絞り出す。
血走った目、青白い顔。
限界だった。
それでも叫ぶ。
「《爆炎陣》(フレイムバースト)!!」
瞬間。
周囲が炎に染まった、半径十メートル。
森の一角が爆発する。
木々が燃える。
熱風が吹き荒れ地面が砕ける。
普通なら逃げ場はない。
「危ない」
セレスが言う、だが。
レグルスの心は不思議なほど静かだった。
『ネメアの獅子』『獅子の誇り』
恐怖はあるし熱も感じる、死の気配もある。
それでも。
身体の震えはない、呼吸を整える。
見る。
炎を見る、風を見る、魔力を見る。
そして見つける。
唯一の道を。
「遅い」
レグルスは呟いた。
一歩、二歩。
最小限の動きで炎の隙間を縫う。
熱風を抜け、爆炎の中心へ。
ゴードンの目が見開かれる。
「なんでだ……」
「なんで避けられる……!」
レグルスは答えない。
ただ前へ出る、そして、最後の一歩。
刀が閃いた。
杖が宙を舞い、ゴードンが尻もちをつく。
鈴が地面へ転がった。
チリン――。
乾いた音が森に響く。
勝負は終わった。
努力を積み重ねた者と。
力に溺れた者。
その差が生んだ結末だった。




