第124話 獅子の礼装、隠された眼
獅子の騎士が消えた場所を、座ったまま見つめていた。
もう、剣も鎧も残っていない。床に刻まれた傷だけが、つい先ほどまでの戦いを伝えていた。
柄を握っていた右手を開く。指の付け根に、鈍い痛みがあった。
『まずは腕を見せて』
「……ああ」
袖を捲ろうとして、裂けた布が傷に触れた。
思わず眉を寄せると、セレスが目を細めた。
『そういう顔をするなら、もっと早く手当てをしなさい』
「戦ってる間は、そこまで気にならなかったんだ」
『今は終わったでしょう?』
返す言葉がなかった。
荷物から手当ての道具を取り出し、生活魔法で水を用意して、傷の周りを洗い、血を拭ってから布を巻いた。頬の傷にも触れると、ひりつく痛みが指先を追った。
脇腹は、息を深く吸うと痛む。脚にも、蹴りを受けた重さが残っていた。
それでも、ゆっくり息を整えているうちに、身体の震えは収まってきた。
「……強かったな」
『ええ。刀だけ見ていたら、何度も倒されていたわね』
「拳を避けたところに、もう剣が来てたからな」
振り終えた腕。踏み込んだ脚。そのどちらも、次の攻撃につながっていた。
思い返すと、まだ確かめたい動きがいくつも浮かぶ。
左手を持ち上げかけたところで、セレスに見られた。
「振らないって」
『まだ何も言っていないわよ』
少しだけ笑う。
その時、床の中央に光が灯った。
細い金色の線が、石の継ぎ目を渡っていく。
騎士が膝をついた場所で線が重なり、獅子を象った紋様を描いた。
その上に、人の輪郭が浮かび上がった。
透明な人型だった。
顔に目鼻はなく、透き通った首や指先の縁だけが、金色の光を受けて見えている。
その身体が、一揃いの衣服を纏っていた。
黒に近い、深い灰色の上着。開いた前からは、揃いのベストとシャツ、整えられたネクタイが覗く。
長い裾は膝の後ろまで下り、スラックスの先には黒い靴があった。
靴底と床の間には、はっきりと隙間がある。
人型は背筋を伸ばしたまま、紋様の上に静かに浮かんでいた。
「これが、第五階層の……」
『ええ。受け取って』
片膝を立て、ゆっくり立ち上がる。
足が身体を支えるのを確かめてから近づいた。
見上げる位置にあった肩が、俺の目の高さまで下りてくる。
上着の裾が、遅れて小さく揺れた。
近くで見ると、光の当たるところだけ、布の織り目が柔らかく浮かんでいた。靴の爪先には、一本、横の切り替えが入っている。
「……礼装?」
『《獅王礼装》。あなたのための戦闘礼装よ』
手を伸ばし、袖口に触れた。
滑らかな布越しに、微かな温かさが伝わってくる。
同時に、目の前へ文字が浮かんだ。
《獅王礼装》
耐魔。耐衝撃。耐刃。
その下に続く文字へ目を通し、もう一度、袖口を見る。
「これで、刃まで防げるのか」
『斬られにくくして、受ける衝撃や魔力の影響を抑えてくれるわ。もちろん、何でも防げるわけではないけれど』
指で挟んでも、金属のような硬さはない。
むしろ、普段の服より滑らかだった。
『あなたが成長すれば、この礼装も応えていく。獅心と一緒に、使いながら確かめていきましょう』
「……ああ」
あの騎士の剣を受けた時の重さが、まだ腕に残っている。
その戦いの先で手にしたものが、今、目の前にあった。
指輪が、微かに光った。
袖口から伸びた金色の糸が、収納の指輪へ触れる。表面を一周し、吸い込まれるように消えていった。
『今の指輪に結びついたわ。着替えを思い浮かべてみて』
目の前の礼装を、自分が纏う姿を考える。
透明な人型の輪郭が薄れた。
肩から袖へ、胸元から長い裾へと光が走り、衣服が細かな粒へほどけていく。
靴まで光に変わると、それらは差し出した手を伝うように、俺の身体を包んだ。
次の瞬間、裂けていた袖が消えていた。
胸元にはベスト。その上から、長い裾の上着が身体に沿って下りている。
足元を見れば、先ほど宙に浮いていた黒い靴が、石の床を踏んでいた。
顔を上げる。
目の前には、もう何も浮かんでいない。
床の獅子の紋様が、静かに光を失っていった。
指に残る温かさに、手元へ目を落とす。
収納の指輪が、まだ淡く光っていた。
その表面を金色の筋が走り、滑らかだった金属が、ゆっくりと形を変えていく。
細い起伏が幾重にも重なり、鬣を描いた。
その中央に、額と鼻筋、閉じた顎が浮かび上がる。
光が収まる頃には、小さな獅子の顔が指輪の正面に形作られていた。
「……指輪まで変わった」
そっと指先でなぞる。
鬣の凹凸は浅く、指を曲げても隣の指には触れなかった。
『礼装との結びつきが、形にも現れたのね』
セレスが手元を覗き込む。
俺は一度、手を握ってから開いた。
馴染んだ指輪の重さは、そのままだった。
新たに刻まれた獅子だけが、こちらをまっすぐ見返していた。
『元の服は指輪の中よ』
膝を少し曲げる。
続いて肩を回し、左手を鞘へ添えた。上着の裾が脚の外へ流れ、腰を捻っても背中が突っ張らない。
足元の靴も、踵が浮くことなくついてきた。
もう一歩、踏み込もうとして脇腹が痛んだ。
『服が変わっても、怪我は残っているからね』
「……分かってる」
『今の一歩を見ると、少し怪しいわ』
セレスが俺の周りをひと巡りした。
胸元、肩、足元と眺めてから、目の前で止まる。
『似合っているわよ』
「そうか?」
『ええ。背筋を伸ばしてごらんなさい』
言われたとおりにすると、長い裾が膝の後ろで揺れた。
何となく落ち着かず、袖口を直す。
その袖に、手当ての時に指へ残っていた血がついていた。
汚れを落とそうと考えた途端、布の上を淡い光が滑る。
赤い跡が、消えた。
「《浄化》も使えるのか」
『毎回洗う手間は減りそうね』
「それは助かるな」
『だからといって、着たまま寝ないのよ』
「そこまではしないって」
笑った拍子に、また脇腹が痛んだ。
◇
壁を包んでいた青い光が、ゆっくり薄れていった。
柱の向こうが透け始める。
俺は荷物を確かめ、獅心を腰へ収め直した。
「セレス、ここは……」
『閉じるみたいね』
彼女は、広間の奥を見ていた。
修復されていた石壁が、輪郭からほどけていく。崩れる音はしなかった。細かな光になり、どこかへ流れていくだけだった。
ここへ落ちてきた日のことを思い出す。
暗がりの中で、出口を探して歩いた。何がいるのかも分からず、音がするたびに立ち止まっていた。
あの先で、セレスに会った。
「来てよかったな」
セレスが振り返った。
少しの間、俺を見てから頷く。
『……ええ』
足元が、柔らかくなる。
瞬きをした時には、石の床が草に変わっていた。
木々の間を風が抜けた。
頭上には葉の隙間から覗く空があり、傾いた日差しが地面を照らしている。
振り返っても、地下へ続く口は見当たらなかった。
低い斜面と、根を張った木があるだけだった。
セレスは俺の肩に戻り、しばらくそこを見ていた。
俺も、隣で黙って待った。
『帰りましょうか』
「ああ」
歩き出すと、靴の下で落ち葉が鳴った。
今度は出口を探す必要もない。
木々の向こうに、魔導二輪を止めた場所が見えていた。
◇
街へ続く道に出ると、風が礼装の裾を持ち上げた。
握り手を掴み、車体の傾きに身体を合わせる。
腕を前へ伸ばしても、肩は窮屈にならなかった。
黒い車体の上で、長い裾が後ろへ流れる。
視線を落とした時、胸元のベストが目に入った。朝とは随分違う姿で帰ることになった。
『まだ気になる?』
「慣れないだけだ」
『さっきから、何度も見ているものね』
「……そんなに見てたか?」
セレスは答えず、肩で笑った。
道の凹凸が、車輪を通して伝わってくる。
身体を固めずに受け、緩やかな曲がり角を抜けた。
畑の向こうに、ベルクラードの外壁が見える。
門では、荷馬車が一台ずつ確認を受けていた。
出力を落とし、列の後ろへつく。こちらに気づいた門衛が手を上げ、俺の服を見て目を瞬かせた。
「朝と随分違うな」
「ちょっと、着替えることになって」
「そうか。……腕は大丈夫か?」
袖の動きから、手当ての布が見えたらしい。
「手当ては済ませています。ギルドで帰還の報告をしてきます」
「ああ。お疲れさん」
街へ入ると、金槌の音が聞こえた。
傷んだ戸板を外している店。荷車で木材を運ぶ人たち。軒先を掃く箒が、石畳の砂を集めていた。
俺は魔導二輪を降り、人の多い通りを押して進んだ。
ギルドの前に、見覚えのある姿があった。
ブラノールさんは俺を見つけると、腕を組み直した。
「少し遅いぞ」
「すみません。思ったより時間がかかって」
「俺たちは今日中に王都へ戻らねばならん」
その隣から、セフィリアが顔を出した。
「お帰りなさい、レグルスさん。……その服」
声を途切れさせ、俺を上から下まで見る。
「変かな?」
「いえ。似合っています。少し驚いただけで」
「ありがとう」
ブラノールさんも、礼装へ目を向けた。
けれど、最初に口にしたのは服のことではなかった。
「手負いだな」
「少し。動けます」
「動けるかどうかは見れば分かる。帰還の報告を済ませたら、傷も診てもらえ」
「はい」
中へ入り、受付で戻ったことを伝えた。
その後、傷を確かめてもらい、腕の布を巻き直してもらう。
椅子から立った時には、ブラノールさんたちも出発前の話を終えていた。
「こちらの引き継ぎは済んだ。森と遺構の確認は、残る者が続ける」
ブラノールさんが、閉じた書類を職員へ渡す。
俺も王都へ持ち帰る書類を受け取り、荷物へ収めた。
◇
「それで、その服はどこで手に入れた」
ギルドの外へ出たところで、ブラノールさんに尋ねられた。
「今日、行った先で。この服は《獅王礼装》という戦闘礼装です」
「ほう」
差し出した袖口を、ブラノールさんが指で挟んだ。
軽く引き、布の戻り方を確かめる。
「耐魔と耐衝撃、それに耐刃の効果があるそうです」
「この薄さでか」
「はい。肩も腰も、思ったより自由に動きます」
「腕を上げてみろ。ゆっくりでいい」
右腕を持ち上げると、脇の布が動きに沿って伸びた。
ブラノールさんは背中側へ目をやり、頷く。
「悪くない。腰の剣も抜きやすそうだ」
「まだ全力では動かしてませんけど」
「今日はそれでいい」
袖口から手が離れた。
その手を見てから、何気なく、ブラノールさんの服へ目を移す。
初めて会った時も、爺ちゃんと立ち合った時も、こういう格好だった。
「ブラノールさんは、鎧などの防具を着けないんですか?」
「俺か?」
「はい。いつもシャツとスラックスなので」
ブラノールさんは、自分の胸元を一度見下ろした。
「俺に剣を当てられる者は、そう多くない」
何でもないことのように言った。
「王国なら、お前の祖父や父を含めて数人。帝国なら元老院の何人か。他国にも、数人いる程度だ」
「父さんも……」
「エドガー殿に隙を見せれば、俺でも斬られるぞ」
家で湯呑みを手にしていた父さんの顔が浮かんだ。
爺ちゃんや母さんとの修練を、穏やかに眺めていた姿も。
強いことは知っている。
それでも、この人の口から聞くと、また違う重みがあった。
「俺には、防具など動きの邪魔になる。それに――この目もある」
ブラノールさんが、左の眼帯を指先で軽く叩いた。
俺の視線が、そこへ引かれる。
ぞくりと、首筋が粟立った。
眼帯は外されていない。
それなのに、隠されているはずの目と、視線が合った気がした。
契約者が力を振るう時とも、帝国で対峙した魔族とも違う。
知っているどの気配にも重ならない、何か。
目の前にいる人の、まだ見たことのない一面が、ほんの僅かにこちらを覗いたようだった。
「……その目は」
問いかけて、続く言葉を探した。
ブラノールさんは俺の顔を見ると、僅かに口元を緩めた。
「お前にも、いつか見せてやろう」
眼帯から手が離れる。
もう、先ほどの感覚はなかった。
けれど、俺はすぐには頷けなかった。
この人が剣を振るうところは見た。魔物の群れを、一度に斬り伏せるところも。
それでも、まだ見せていないものがある。
「……はい。見てみたいです」
ブラノールさんは短く笑った。
「なら、楽しみにしていろ」
そう言って、今度は俺の後ろへ目を向ける。
「さて。その魔導二輪だが」
声に、はっきりと興味が混じった。
俺は車体へ向き直りながら、もう一度だけ、黒い眼帯を振り返った。
◇
試乗には、ギルド裏手の空いた場所を借りた。
荷車が出払っているため、広く使える。端に積まれた資材から距離を取り、車体を止めた。
「魔石で動かすのが基本です。自分の魔力で補うこともできますが、一度に流しすぎないようにと」
「供給を増やせば、その分速くなるのか」
「……そこは、まだ試していません」
「そうか」
「試作品ですからね」
「分かっている」
先に言っておいてよかった。
姉さんも、俺に説明した時は同じ気持ちだったのだろうか。
右側の出力調整と制動を示し、発進と停止の手順を伝える。
ブラノールさんは一つずつ確かめてから、座席へ跨った。
「ここで均衡を取るわけか」
「補助の術式はあります。でも、曲がる時は身体を固めない方が動かしやすいです」
足元で、低い駆動音が響いた。
最初は、歩く程度の速さ。
ブラノールさんは数歩分進み、止まった。片足を地面につけ、握り手を見下ろす。
「止める時に、重さが前へ来るな」
「はい。急に止めると、結構持っていかれます」
もう一度、発進する。
今度は止まる直前に腰が僅かに動いた。車体の揺れが小さくなり、足が静かに地面につく。
覚えるのが早い。
三度目には、広場の端で緩やかに曲がった。
握り手を無理に捻らず、車体と一緒に身体を傾ける。大きく弧を描いて戻ってきた顔には、薄く笑みが浮かんでいた。
「なるほど。これは面白い」
「師匠、帰る時間は大丈夫ですか?」
セフィリアが声を掛ける。
「まだある」
短く答え、また走り出した。
俺とセフィリアは、その背中を並んで見送った。
「……さっき、俺には遅いって」
「レグルスさんが帰ってくるのを、何度も外へ見に行っていましたよ」
「これに乗りたくて?」
セフィリアは小さく笑った。
「それも、あったと思います」
ブラノールさんが二度目の曲がり角を抜ける。
一周目より滑らかだった。速度を上げすぎることもなく、車体の傾きと戻り方を確かめている。
戻ってくると、俺たちの前で止まった。
「姿勢を変えた時の反応が素直だな。ただ、俺の体格だと握り手が少し近い」
「姉さんに伝えておきます」
「ああ。俺の分にも反映してもらいたい」
握り手を離さないまま、広場の先を見る。
「もう一周――」
「師匠」
セフィリアの声で、足が止まった。
「今日中に王都へ戻らないといけないんですよね?」
「……そうだったな」
ようやく、ブラノールさんが車体を降りた。
俺へ返す時も、最後に一度、前の車輪を眺めていた。
『気に入ったみたいね』
肩で囁くセレスに、笑いそうになるのを堪えた。
◇
駅までの道を、一緒に歩いた。
魔導二輪はギルドに置かせてもらっている。
夕方の通りには、食事の匂いが漂い始めていた。
セフィリアに気づいた子供が手を振る。彼女も振り返し、修繕中の店先ではブラノールさんが礼を言われて足を止めた。
短く言葉を交わしては、また歩く。
駅が見える頃には、列車の到着を知らせる音が聞こえた。
「お前は、明日か」
「はい。今日はここで一泊します。明日の朝、魔導二輪で」
「その方がいい。帰り道まで修練にするなよ」
「……普通に帰ります」
「今の間は何だ」
姉さんにも同じことを言われた気がする。
横で、セフィリアが笑っていた。
ホームには、王都へ向かう列車が入ってきていた。
車輪の音が近づき、ゆっくり止まる。同行する騎士たちが荷物を確かめ、乗り口へ向かった。
「レグルスさん」
セフィリアがこちらを向く。
「今回は、ありがとうございました」
「俺の方こそ。助かったよ」
彼女は腰の剣へそっと手を添えた。
「王都に戻ったら、また修練をするつもりです」
「ああ。俺も、確かめたいことが増えた」
「では、またお話を聞かせてください」
「セフィリアの剣も、見せてくれ」
「はい」
返事をした彼女の顔が、少し明るくなった。
「話は王都でもできるぞ」
乗り口から、ブラノールさんに呼ばれる。
セフィリアが振り返り、それから俺へもう一度頭を下げた。
「帰り道、お気をつけて」
「そっちも」
彼女が乗り込む。
最後に残ったブラノールさんが、俺を見た。
「身体を休めろ。今日できたことを確かめるのは、それからだ」
「はい」
今度は、すぐに答えた。
ブラノールさんは頷き、車内へ姿を消した。
扉が閉まる。
窓の向こうで、セフィリアが手を上げた。
俺も手を振り、列車が動き出すのを見送った。
車輪の音が遠ざかっていく。
最後の車両が駅を抜けてから、ようやく腕を下ろした。
◇
宿に戻る頃には、窓に明かりが灯っていた。
魔導二輪を裏手へ止め、荷物を降ろす。
明日のために車輪と留め具を確かめていると、夕食ができていると声を掛けられた。
温かい煮込みとパンを食べた。
腹が満ちるにつれ、昼間は気にならなかった疲れが、肩や脚へ重く広がっていく。
部屋へ戻り、指輪に意識を向けた。
礼装が光にほどけ、休むための服へ切り替わる。
あれほど身体に馴染んでいたのに、着替えると、やはり少し気が緩んだ。
机に紙を広げる。
四つの位置を記し、そこをつなぐ足の運びを書き込んだ。
火。土。水。風。
最後の抜刀へ移る前に、どこで刀を納めたか。その時、相手の剣がどこを通ったか。
一行ずつ書いているうちに、筆先が止まった。
『続きは、明日でも書けるわ』
セレスが、机の端に腰掛けていた。
「忘れそうなところだけ」
『それは、今書いたでしょう?』
紙を見る。
思っていたより、随分書いていた。
「……そうだな」
筆を置き、獅心を寝台の脇へ寄せる。
横になると、脚の重さがようやく床から離れた気がした。
天井を見上げる。
獅子の騎士の剣。四つの色が通った軌跡。
長い礼装の裾と、風を受ける魔導二輪。
そして、黒い眼帯の奥から感じた、あの気配。
まだ、知らないものがいくつもある。
ブラノールさんの目も。父さんの本気の剣も。
爺ちゃんが四方から斬った、あの一瞬も。
『レグルス』
「ん?」
『明日は、王都へ帰るのよね』
「ああ。姉さんにも、こいつのことを報告しないとな」
『礼装のことも聞かれそうね』
「……長くなりそうだ」
セレスが笑った。
その声を聞きながら、目を閉じる。
「おやすみ、セレス」
『おやすみなさい』
窓の外で、誰かが戸を閉めた。
階下から聞こえていた話し声も、少しずつ静かになっていく。
明日は、王都へ。
握り手を掴む感覚を思い浮かべる前に、眠りが来た。




