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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者: ゆ
第九章 始まりの街、再び響く鈴
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第124話 獅子の礼装、隠された眼

 獅子の騎士が消えた場所を、座ったまま見つめていた。

 もう、剣も鎧も残っていない。床に刻まれた傷だけが、つい先ほどまでの戦いを伝えていた。

 柄を握っていた右手を開く。指の付け根に、鈍い痛みがあった。


『まずは腕を見せて』


「……ああ」

 袖を捲ろうとして、裂けた布が傷に触れた。

 思わず眉を寄せると、セレスが目を細めた。


『そういう顔をするなら、もっと早く手当てをしなさい』


「戦ってる間は、そこまで気にならなかったんだ」


『今は終わったでしょう?』


 返す言葉がなかった。

 荷物から手当ての道具を取り出し、生活魔法で水を用意して、傷の周りを洗い、血を拭ってから布を巻いた。頬の傷にも触れると、ひりつく痛みが指先を追った。

 脇腹は、息を深く吸うと痛む。脚にも、蹴りを受けた重さが残っていた。

 それでも、ゆっくり息を整えているうちに、身体の震えは収まってきた。


「……強かったな」


『ええ。刀だけ見ていたら、何度も倒されていたわね』


「拳を避けたところに、もう剣が来てたからな」


 振り終えた腕。踏み込んだ脚。そのどちらも、次の攻撃につながっていた。

 思い返すと、まだ確かめたい動きがいくつも浮かぶ。

 左手を持ち上げかけたところで、セレスに見られた。


「振らないって」


『まだ何も言っていないわよ』


 少しだけ笑う。

 その時、床の中央に光が灯った。

 細い金色の線が、石の継ぎ目を渡っていく。

 騎士が膝をついた場所で線が重なり、獅子を象った紋様を描いた。

 その上に、人の輪郭が浮かび上がった。

 透明な人型だった。

 顔に目鼻はなく、透き通った首や指先の縁だけが、金色の光を受けて見えている。

 その身体が、一揃いの衣服を纏っていた。


 黒に近い、深い灰色の上着。開いた前からは、揃いのベストとシャツ、整えられたネクタイが覗く。

 長い裾は膝の後ろまで下り、スラックスの先には黒い靴があった。

 靴底と床の間には、はっきりと隙間がある。

 人型は背筋を伸ばしたまま、紋様の上に静かに浮かんでいた。


「これが、第五階層の……」


『ええ。受け取って』


 片膝を立て、ゆっくり立ち上がる。

 足が身体を支えるのを確かめてから近づいた。


 見上げる位置にあった肩が、俺の目の高さまで下りてくる。

 上着の裾が、遅れて小さく揺れた。

 近くで見ると、光の当たるところだけ、布の織り目が柔らかく浮かんでいた。靴の爪先には、一本、横の切り替えが入っている。


「……礼装?」


『《獅王礼装》。あなたのための戦闘礼装よ』


 手を伸ばし、袖口に触れた。

 滑らかな布越しに、微かな温かさが伝わってくる。

 同時に、目の前へ文字が浮かんだ。


 《獅王礼装》

 耐魔。耐衝撃。耐刃。

 その下に続く文字へ目を通し、もう一度、袖口を見る。


「これで、刃まで防げるのか」


『斬られにくくして、受ける衝撃や魔力の影響を抑えてくれるわ。もちろん、何でも防げるわけではないけれど』


 指で挟んでも、金属のような硬さはない。

 むしろ、普段の服より滑らかだった。


『あなたが成長すれば、この礼装も応えていく。獅心と一緒に、使いながら確かめていきましょう』


「……ああ」


 あの騎士の剣を受けた時の重さが、まだ腕に残っている。

 その戦いの先で手にしたものが、今、目の前にあった。

 指輪が、微かに光った。

 袖口から伸びた金色の糸が、収納の指輪へ触れる。表面を一周し、吸い込まれるように消えていった。


『今の指輪に結びついたわ。着替えを思い浮かべてみて』


 目の前の礼装を、自分が纏う姿を考える。

 透明な人型の輪郭が薄れた。

 肩から袖へ、胸元から長い裾へと光が走り、衣服が細かな粒へほどけていく。

 靴まで光に変わると、それらは差し出した手を伝うように、俺の身体を包んだ。


 次の瞬間、裂けていた袖が消えていた。

 胸元にはベスト。その上から、長い裾の上着が身体に沿って下りている。

 足元を見れば、先ほど宙に浮いていた黒い靴が、石の床を踏んでいた。


 顔を上げる。

 目の前には、もう何も浮かんでいない。

 床の獅子の紋様が、静かに光を失っていった。

 指に残る温かさに、手元へ目を落とす。

 収納の指輪が、まだ淡く光っていた。

 その表面を金色の筋が走り、滑らかだった金属が、ゆっくりと形を変えていく。

 細い起伏が幾重にも重なり、鬣を描いた。

 その中央に、額と鼻筋、閉じた顎が浮かび上がる。

 光が収まる頃には、小さな獅子の顔が指輪の正面に形作られていた。


「……指輪まで変わった」

 そっと指先でなぞる。

 鬣の凹凸は浅く、指を曲げても隣の指には触れなかった。


『礼装との結びつきが、形にも現れたのね』


 セレスが手元を覗き込む。

 俺は一度、手を握ってから開いた。

 馴染んだ指輪の重さは、そのままだった。

 新たに刻まれた獅子だけが、こちらをまっすぐ見返していた。


『元の服は指輪の中よ』


 膝を少し曲げる。

 続いて肩を回し、左手を鞘へ添えた。上着の裾が脚の外へ流れ、腰を捻っても背中が突っ張らない。

 足元の靴も、踵が浮くことなくついてきた。

 もう一歩、踏み込もうとして脇腹が痛んだ。


『服が変わっても、怪我は残っているからね』


「……分かってる」


『今の一歩を見ると、少し怪しいわ』


 セレスが俺の周りをひと巡りした。

 胸元、肩、足元と眺めてから、目の前で止まる。


『似合っているわよ』


「そうか?」


『ええ。背筋を伸ばしてごらんなさい』


 言われたとおりにすると、長い裾が膝の後ろで揺れた。

 何となく落ち着かず、袖口を直す。

 その袖に、手当ての時に指へ残っていた血がついていた。

 汚れを落とそうと考えた途端、布の上を淡い光が滑る。

 赤い跡が、消えた。


「《浄化》も使えるのか」


『毎回洗う手間は減りそうね』


「それは助かるな」


『だからといって、着たまま寝ないのよ』


「そこまではしないって」

 笑った拍子に、また脇腹が痛んだ。


     ◇


 壁を包んでいた青い光が、ゆっくり薄れていった。

 柱の向こうが透け始める。

 俺は荷物を確かめ、獅心を腰へ収め直した。


「セレス、ここは……」


『閉じるみたいね』


 彼女は、広間の奥を見ていた。

 修復されていた石壁が、輪郭からほどけていく。崩れる音はしなかった。細かな光になり、どこかへ流れていくだけだった。

 ここへ落ちてきた日のことを思い出す。

 暗がりの中で、出口を探して歩いた。何がいるのかも分からず、音がするたびに立ち止まっていた。

 あの先で、セレスに会った。


「来てよかったな」


 セレスが振り返った。

 少しの間、俺を見てから頷く。


『……ええ』


 足元が、柔らかくなる。

 瞬きをした時には、石の床が草に変わっていた。

 木々の間を風が抜けた。

 頭上には葉の隙間から覗く空があり、傾いた日差しが地面を照らしている。

 振り返っても、地下へ続く口は見当たらなかった。

 低い斜面と、根を張った木があるだけだった。

 セレスは俺の肩に戻り、しばらくそこを見ていた。

 俺も、隣で黙って待った。


『帰りましょうか』


「ああ」


 歩き出すと、靴の下で落ち葉が鳴った。

 今度は出口を探す必要もない。

 木々の向こうに、魔導二輪を止めた場所が見えていた。


     ◇


 街へ続く道に出ると、風が礼装の裾を持ち上げた。

 握り手を掴み、車体の傾きに身体を合わせる。

 腕を前へ伸ばしても、肩は窮屈にならなかった。

 黒い車体の上で、長い裾が後ろへ流れる。

 視線を落とした時、胸元のベストが目に入った。朝とは随分違う姿で帰ることになった。


『まだ気になる?』


「慣れないだけだ」


『さっきから、何度も見ているものね』


「……そんなに見てたか?」


 セレスは答えず、肩で笑った。


 道の凹凸が、車輪を通して伝わってくる。

 身体を固めずに受け、緩やかな曲がり角を抜けた。

 畑の向こうに、ベルクラードの外壁が見える。

 門では、荷馬車が一台ずつ確認を受けていた。

 出力を落とし、列の後ろへつく。こちらに気づいた門衛が手を上げ、俺の服を見て目を瞬かせた。


「朝と随分違うな」


「ちょっと、着替えることになって」


「そうか。……腕は大丈夫か?」


 袖の動きから、手当ての布が見えたらしい。


「手当ては済ませています。ギルドで帰還の報告をしてきます」


「ああ。お疲れさん」


 街へ入ると、金槌の音が聞こえた。

 傷んだ戸板を外している店。荷車で木材を運ぶ人たち。軒先を掃く箒が、石畳の砂を集めていた。

 俺は魔導二輪を降り、人の多い通りを押して進んだ。

 ギルドの前に、見覚えのある姿があった。

 ブラノールさんは俺を見つけると、腕を組み直した。


「少し遅いぞ」


「すみません。思ったより時間がかかって」


「俺たちは今日中に王都へ戻らねばならん」


 その隣から、セフィリアが顔を出した。


「お帰りなさい、レグルスさん。……その服」


 声を途切れさせ、俺を上から下まで見る。


「変かな?」


「いえ。似合っています。少し驚いただけで」


「ありがとう」


 ブラノールさんも、礼装へ目を向けた。

 けれど、最初に口にしたのは服のことではなかった。


「手負いだな」


「少し。動けます」


「動けるかどうかは見れば分かる。帰還の報告を済ませたら、傷も診てもらえ」


「はい」


 中へ入り、受付で戻ったことを伝えた。

 その後、傷を確かめてもらい、腕の布を巻き直してもらう。

 椅子から立った時には、ブラノールさんたちも出発前の話を終えていた。


「こちらの引き継ぎは済んだ。森と遺構の確認は、残る者が続ける」


 ブラノールさんが、閉じた書類を職員へ渡す。

 俺も王都へ持ち帰る書類を受け取り、荷物へ収めた。


     ◇


「それで、その服はどこで手に入れた」


 ギルドの外へ出たところで、ブラノールさんに尋ねられた。


「今日、行った先で。この服は《獅王礼装》という戦闘礼装です」


「ほう」


 差し出した袖口を、ブラノールさんが指で挟んだ。

 軽く引き、布の戻り方を確かめる。


「耐魔と耐衝撃、それに耐刃の効果があるそうです」


「この薄さでか」


「はい。肩も腰も、思ったより自由に動きます」


「腕を上げてみろ。ゆっくりでいい」


 右腕を持ち上げると、脇の布が動きに沿って伸びた。

 ブラノールさんは背中側へ目をやり、頷く。


「悪くない。腰の剣も抜きやすそうだ」


「まだ全力では動かしてませんけど」


「今日はそれでいい」


 袖口から手が離れた。

 その手を見てから、何気なく、ブラノールさんの服へ目を移す。

 初めて会った時も、爺ちゃんと立ち合った時も、こういう格好だった。


「ブラノールさんは、鎧などの防具を着けないんですか?」


「俺か?」


「はい。いつもシャツとスラックスなので」


 ブラノールさんは、自分の胸元を一度見下ろした。


「俺に剣を当てられる者は、そう多くない」

 何でもないことのように言った。


「王国なら、お前の祖父や父を含めて数人。帝国なら元老院の何人か。他国にも、数人いる程度だ」


「父さんも……」


「エドガー殿に隙を見せれば、俺でも斬られるぞ」


 家で湯呑みを手にしていた父さんの顔が浮かんだ。

 爺ちゃんや母さんとの修練を、穏やかに眺めていた姿も。

 強いことは知っている。

 それでも、この人の口から聞くと、また違う重みがあった。


「俺には、防具など動きの邪魔になる。それに――この目もある」

 ブラノールさんが、左の眼帯を指先で軽く叩いた。

 俺の視線が、そこへ引かれる。


 ぞくりと、首筋が粟立った。

 眼帯は外されていない。

 それなのに、隠されているはずの目と、視線が合った気がした。

 契約者が力を振るう時とも、帝国で対峙した魔族とも違う。

 知っているどの気配にも重ならない、何か。

 目の前にいる人の、まだ見たことのない一面が、ほんの僅かにこちらを覗いたようだった。


「……その目は」


 問いかけて、続く言葉を探した。

 ブラノールさんは俺の顔を見ると、僅かに口元を緩めた。


「お前にも、いつか見せてやろう」


 眼帯から手が離れる。

 もう、先ほどの感覚はなかった。

 けれど、俺はすぐには頷けなかった。

 この人が剣を振るうところは見た。魔物の群れを、一度に斬り伏せるところも。

 それでも、まだ見せていないものがある。


「……はい。見てみたいです」


 ブラノールさんは短く笑った。


「なら、楽しみにしていろ」

 そう言って、今度は俺の後ろへ目を向ける。


「さて。その魔導二輪だが」

 声に、はっきりと興味が混じった。

 俺は車体へ向き直りながら、もう一度だけ、黒い眼帯を振り返った。


     ◇


 試乗には、ギルド裏手の空いた場所を借りた。

 荷車が出払っているため、広く使える。端に積まれた資材から距離を取り、車体を止めた。


「魔石で動かすのが基本です。自分の魔力で補うこともできますが、一度に流しすぎないようにと」


「供給を増やせば、その分速くなるのか」


「……そこは、まだ試していません」


「そうか」


「試作品ですからね」


「分かっている」


 先に言っておいてよかった。

 姉さんも、俺に説明した時は同じ気持ちだったのだろうか。

 右側の出力調整と制動を示し、発進と停止の手順を伝える。

 ブラノールさんは一つずつ確かめてから、座席へ跨った。


「ここで均衡を取るわけか」


「補助の術式はあります。でも、曲がる時は身体を固めない方が動かしやすいです」


 足元で、低い駆動音が響いた。

 最初は、歩く程度の速さ。

 ブラノールさんは数歩分進み、止まった。片足を地面につけ、握り手を見下ろす。


「止める時に、重さが前へ来るな」


「はい。急に止めると、結構持っていかれます」


 もう一度、発進する。

 今度は止まる直前に腰が僅かに動いた。車体の揺れが小さくなり、足が静かに地面につく。

 覚えるのが早い。

 三度目には、広場の端で緩やかに曲がった。

 握り手を無理に捻らず、車体と一緒に身体を傾ける。大きく弧を描いて戻ってきた顔には、薄く笑みが浮かんでいた。


「なるほど。これは面白い」


「師匠、帰る時間は大丈夫ですか?」

 セフィリアが声を掛ける。


「まだある」

 短く答え、また走り出した。

 俺とセフィリアは、その背中を並んで見送った。


「……さっき、俺には遅いって」


「レグルスさんが帰ってくるのを、何度も外へ見に行っていましたよ」


「これに乗りたくて?」


 セフィリアは小さく笑った。


「それも、あったと思います」


 ブラノールさんが二度目の曲がり角を抜ける。

 一周目より滑らかだった。速度を上げすぎることもなく、車体の傾きと戻り方を確かめている。

 戻ってくると、俺たちの前で止まった。


「姿勢を変えた時の反応が素直だな。ただ、俺の体格だと握り手が少し近い」


「姉さんに伝えておきます」


「ああ。俺の分にも反映してもらいたい」


 握り手を離さないまま、広場の先を見る。


「もう一周――」


「師匠」

 セフィリアの声で、足が止まった。


「今日中に王都へ戻らないといけないんですよね?」


「……そうだったな」


 ようやく、ブラノールさんが車体を降りた。

 俺へ返す時も、最後に一度、前の車輪を眺めていた。


『気に入ったみたいね』

 肩で囁くセレスに、笑いそうになるのを堪えた。


     ◇


 駅までの道を、一緒に歩いた。

 魔導二輪はギルドに置かせてもらっている。

 夕方の通りには、食事の匂いが漂い始めていた。

 セフィリアに気づいた子供が手を振る。彼女も振り返し、修繕中の店先ではブラノールさんが礼を言われて足を止めた。

 短く言葉を交わしては、また歩く。

 駅が見える頃には、列車の到着を知らせる音が聞こえた。


「お前は、明日か」


「はい。今日はここで一泊します。明日の朝、魔導二輪で」


「その方がいい。帰り道まで修練にするなよ」


「……普通に帰ります」


「今の間は何だ」


 姉さんにも同じことを言われた気がする。

 横で、セフィリアが笑っていた。

 ホームには、王都へ向かう列車が入ってきていた。

 車輪の音が近づき、ゆっくり止まる。同行する騎士たちが荷物を確かめ、乗り口へ向かった。


「レグルスさん」


 セフィリアがこちらを向く。


「今回は、ありがとうございました」


「俺の方こそ。助かったよ」


 彼女は腰の剣へそっと手を添えた。


「王都に戻ったら、また修練をするつもりです」


「ああ。俺も、確かめたいことが増えた」


「では、またお話を聞かせてください」


「セフィリアの剣も、見せてくれ」


「はい」

 返事をした彼女の顔が、少し明るくなった。


「話は王都でもできるぞ」


 乗り口から、ブラノールさんに呼ばれる。

 セフィリアが振り返り、それから俺へもう一度頭を下げた。


「帰り道、お気をつけて」


「そっちも」


 彼女が乗り込む。

 最後に残ったブラノールさんが、俺を見た。


「身体を休めろ。今日できたことを確かめるのは、それからだ」


「はい」


 今度は、すぐに答えた。

 ブラノールさんは頷き、車内へ姿を消した。

 扉が閉まる。

 窓の向こうで、セフィリアが手を上げた。

 俺も手を振り、列車が動き出すのを見送った。

 車輪の音が遠ざかっていく。

 最後の車両が駅を抜けてから、ようやく腕を下ろした。


     ◇


 宿に戻る頃には、窓に明かりが灯っていた。

 魔導二輪を裏手へ止め、荷物を降ろす。

 明日のために車輪と留め具を確かめていると、夕食ができていると声を掛けられた。

 温かい煮込みとパンを食べた。

 腹が満ちるにつれ、昼間は気にならなかった疲れが、肩や脚へ重く広がっていく。


 部屋へ戻り、指輪に意識を向けた。

 礼装が光にほどけ、休むための服へ切り替わる。

 あれほど身体に馴染んでいたのに、着替えると、やはり少し気が緩んだ。


 机に紙を広げる。

 四つの位置を記し、そこをつなぐ足の運びを書き込んだ。

 火。土。水。風。

 最後の抜刀へ移る前に、どこで刀を納めたか。その時、相手の剣がどこを通ったか。

 一行ずつ書いているうちに、筆先が止まった。


『続きは、明日でも書けるわ』

 セレスが、机の端に腰掛けていた。


「忘れそうなところだけ」


『それは、今書いたでしょう?』


 紙を見る。

 思っていたより、随分書いていた。


「……そうだな」


 筆を置き、獅心を寝台の脇へ寄せる。

 横になると、脚の重さがようやく床から離れた気がした。

 天井を見上げる。

 獅子の騎士の剣。四つの色が通った軌跡。

 長い礼装の裾と、風を受ける魔導二輪。

 そして、黒い眼帯の奥から感じた、あの気配。

 まだ、知らないものがいくつもある。

 ブラノールさんの目も。父さんの本気の剣も。

 爺ちゃんが四方から斬った、あの一瞬も。


『レグルス』


「ん?」


『明日は、王都へ帰るのよね』


「ああ。姉さんにも、こいつのことを報告しないとな」


『礼装のことも聞かれそうね』


「……長くなりそうだ」


 セレスが笑った。

 その声を聞きながら、目を閉じる。


「おやすみ、セレス」


『おやすみなさい』


 窓の外で、誰かが戸を閉めた。

 階下から聞こえていた話し声も、少しずつ静かになっていく。

 明日は、王都へ。

 握り手を掴む感覚を思い浮かべる前に、眠りが来た。

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