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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者: ゆ
第九章 始まりの街、再び響く鈴
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第118話 守る者、断つ者

 警鐘の音を追って、通りを走った。

 店先に出ていた人々が顔を上げ、森の方角を見る。荷物を抱えたまま立ち止まる者もいれば、子供の手を引いて家へ急ぐ者もいた。


「通りを空けろ! 外にいる者を入れる!」

 先を走るブラノールさんの声で、人の流れが左右へ分かれた。

 俺とセフィリアも、その後を追う。

 角を曲がると、開かれた門が見えた。外から荷車が一台、軋む音を立てて入ってくる。後ろでは、門兵が転びかけた老人の腕を支えていた。


 その向こうに、土煙が上がっていた。

 畑の先。森から出てくる道。

 灰色の背中がいくつも跳ね、その後ろから、もっと大きな影が続いている。

 道から外れたものが柵を倒した。畝を踏み潰し、並んで走る魔物を押しのけながら、こちらへ向かってくる。


「……モンスターパレード」

 門脇にいた冒険者が呟いた。

 握っていた槍の先が、僅かに下がる。


「見えている分だけで数えるな。森の中にも続いている」


 ブラノールさんが足を止めた。

 門兵の一人を呼び、短く尋ねる。


「外に残っている者は?」


「街道沿いは、ほとんど。ですが、左の畑にまだ――」


「俺が行ってる!」

 門の外から声がした。

 マルクだった。片手を上げ、そのまま畑へ続く道を駆けていく。少し先には、二人の冒険者が見えた。


「荷物は置いてこい! 歩けない人を先に運べ!」


 その声を聞きながら、ブラノールさんが門前を見渡した。


「盾を持つ者は門の両脇へ。中央は空けておけ。弓と魔法は後方から、味方の前へ出た魔物を狙え」


 指示を受け、門兵たちが動き始める。


「倒した敵を追うな。抜けてきたものを止めろ。大きいものは俺が受け持つ」


「はい!」


「レグルス、セフィリア。左の退路を確保するぞ」


 俺は柄を握った。


「分かりました」


「はい、師匠」


 体内を巡らせていた魔力を増やす。

 門の外へ踏み出すと、土を蹴る音が一気に近くなった。


     ◇


 最初の一体は、畑を斜めに横切ってきた。

 腹を低くして走る狼。その鼻先が、道を戻ってくる人々へ向いている。


 俺は進路へ入った。

 足を止めたこちらへ、黄色い目が向く。

 唇が捲れた。


 跳んでくる。


 踏み込む位置を一つずらし、鞘を引いた。

 抜けた獅心が首を通る。

 身体が脇へ落ちるより早く、次の影へ視線を移した。


 二体目は跳ばなかった。

 低いまま俺の横を抜けようとする。


 その先には、子供を抱えた男がいた。


 足を返す。

 狼の前へ身体を入れ、振り下ろした刃で肩口から断つ。勢いの残った身体が足元を滑り、土を掻いて止まった。


「そのまま門へ!」


 男が頷く。

 こちらへ何か言いかけた口を閉じ、子供を抱え直して走った。


『右から来るわ』


 肩元の声に、刀を引き戻す。

 牙を突き出した巨体が、倒れた狼を踏み越えてきた。

 正面から受けるには重い。

 避ければ、後ろへ通す。

 俺が腰を落とした時、白い剣線が横から入った。

 突進していた巨体の前脚が折れる。

 頭から地面へ突っ込んだところへ、ブラノールさんが一歩寄った。

 剣が下りる。

 短い断末魔が途切れた。


「そちらを見ていろ」


「はい!」


 畑へ向き直る。

 マルクが老人を背負って走っていた。その後ろを、鍬を持った男と、足を引きずる女が続く。


「あと三人だ!」


「こっちは任せろ!」


 俺の返事に、マルクが歯を見せた。


「頼む!」


 道の脇で、棍棒を持った魔物が柵を跨いだ。

 その腕が上がる。


 セフィリアが踏み込んだ。


 振り下ろされる棍棒の外へ身を運び、腕を斬る。

 剣を止めずに足を継ぎ、傾いた身体の喉へ刃を通した。

 その背後へ、もう一体が迫る。


「セフィリア!」


「見えています!」


 彼女は振り返りながら剣を引いた。

 ぶつかる刃を斜めに受け流し、そのまま相手の懐へ入る。

 剣先が胸を貫いた。

 引き抜いた時には、次へ動ける位置に足があった。


 帝国で見た時より、動きが繋がっている。

 けれど、見ている暇はなかった。

 俺は左から飛び込んできた一体を斬り、セフィリアの横へ下がった。

 マルクたちが、俺たちの間を抜けていく。


「これで畑は最後だ!」


 背負われた老人の手が、マルクの肩で揺れていた。

 門まで、あと少し。

 その間を埋めるように、俺とセフィリアは一歩ずつ後退した。


     ◇


 門前に、魔物の死骸が重なり始めていた。

 それでも、土煙は薄くならない。

 矢を受けた狼が、脚を引きずりながら進んでくる。

 隣では、腹に槍を突き込まれた魔物が、柄を掴んで門兵ごと引き寄せようとしていた。


 俺は横へ踏み込み、その腕を斬った。

 門兵が槍を引き抜く。

 続けて喉へ刃を入れると、魔物はようやく倒れた。


「助かった……!」


「次が来ます!」


 倒れた身体の向こうから、別の一体が顔を出す。

 門兵が盾を構え直した。

 その脇を槍が伸びる。

 少しずつ、守り方が定まってきていた。

 盾で止め、横から突く。傷を負った者が下がれば、後ろの者が代わりに入る。


 その中央で、ブラノールさんの剣が動いていた。

 頭一つ大きな魔物が前へ出るたびに、その身体が崩れる。

 剣を振った直後には、もう別の場所へ目を向けていた。


「右、二人下がれ。後ろと替われ」


「左へ回るぞ!」


「追うな。門の脇で止めろ」

 短い声が飛ぶ。

 最初はばらばらだった返事が、今はすぐに返ってくる。


 俺は呼吸を整え、刀を握り直した。

 足元に倒れた狼の口から、黒いものが漏れた。

 煤のような粒。

 血の匂いに混じって、喉の奥へ不快なものが触れる。


「……これ」


『ええ。地下で見たものと似ているわ』


 粒子は地面へ落ちる前に薄れた。

 セフィリアも、それを見ていた。


「あの部屋と、同じ感じがします」


 彼女の視線が森へ向く。


 長い銀髪。

 瞬きもしない赤い目。

 切断面から伸びる鎖と、そこで消されていた黒い粒子。

 あの場所へ集まっていた魔物が、今は街へ押し寄せている。


「封印から、もっと漏れ始めたのかもしれない」


「……はい」


 前方で、重い音がした。

 ブラノールさんに斬られた巨体が膝をつき、横倒しになる。

 その身体を避けて、また群れが来る。


「師匠!」

 セフィリアが呼んだ。

 ブラノールさんは剣を下ろさず、こちらを見る。


「魔物から、頭部と同じ力を感じます。あそこを確かめに行かせてください」


「俺も行きます。道は分かっています」


 答えが返る前に、右側で盾が鳴った。

 俺は駆け寄り、盾へ食いついていた魔物の首を落とす。

 引き戻した刀の先から、血が落ちた。

 このまま、何体斬ればいい。

 森の奥に、あとどれだけいる。

 門の中では、運び込まれた怪我人に布が巻かれていた。

 水桶を抱えた女が走る。その後ろを、矢の束を持った少年が追っていた。


 ブラノールさんが門兵へ指示を出し、俺たちを数歩だけ後ろへ呼んだ。


     ◇


「術式を扱える者は、まだ着かない」

 ブラノールさんは森を見たまま言った。


「王都には連絡がついた。騎士も向かう。だが、今ここにいる者で持たせる必要がある」


 門の外で、槍の柄が地面を叩いた。

 マルクが声を張り、前へ出かけた冒険者を引き戻している。


「あの頭部が原因なら、ここで群れを止めるだけでは終わらん」

 ブラノールさんが、セフィリアへ目を向けた。


「漏れた力を、《極光》で抑えられるか」


「試します。帝国で亀裂を塞いだ時の感覚は、覚えています」


「封印が残っていれば、まず状態を見ろ。頭部へ届かせようとして、鎖ごと壊すな」


「はい」


「既に破れていたら、外へ広がる力を抑えることを優先しろ。その間に頭部を処分する」


 今度は、俺を見た。


「レグルス。まだ振れるな」


「はい。脚も、魔力も残っています」


 握っていた柄から、僅かに力を抜く。

 指は動く。肩も上がる。

 踏み込む足に、震えはない。

 ブラノールさんは俺の顔を見て、それから腰の獅心へ視線を落とした。


「セフィリアが力を使う間、前を任せる」


「分かりました」


「俺はここを離れられん。群れを止め、援軍を受け入れる」


 その言葉の途中で、外から咆哮が響いた。

 ブラノールさんが一度だけ目を向ける。

 門前の守りは、まだ崩れていなかった。


「二人で戻ってこい」


「はい、師匠」

 セフィリアが頷いた。

 ブラノールさんの視線が、俺へ戻る。


「レグルス。セフィリアを頼む」


「はい」

 短く答えた。

 セフィリアと目が合う。


「よろしくお願いします、レグルスさん」


「ああ。行こう」


 彼女は剣を納め、門の内側へ走った。

 ブラノールさんが近くの門兵を呼ぶ。


「預けてある馬を二頭、ここへ。俺の馬も使わせる」


 門兵が駆けていく。

 入れ替わるように、マルクが戻ってきた。額から流れた汗が、頬の土を濡らしている。


「森へ行くのか」


「ああ。奥を止めてくる」


「なら、道の左へ寄れ。畑の端から林道へ戻れる。真ん中は、あいつらが通ってる」


 マルクが森へ指を向けた。

 柵の途切れた先に、細い道が見えた。

 そこにも魔物が流れ込んでいる。


「……今は、塞がってるけどな」


「そこは俺が開ける」

 ブラノールさんが言った。

 剣を手に、門の外へ歩き出す。


     ◇


 連れてこられた馬は、魔物の声に耳を伏せていた。

 手綱を受け取り、首筋へ手を当てる。

 鞍へ上がると、足元で蹄が落ち着かなく土を掻いた。

 隣で、セフィリアも騎乗する。

 互いに頷いたところで、前方からブラノールさんの声が響いた。


「全員、俺より後ろへ下がれ!」


 門兵たちが盾を構えたまま下がる。

 冒険者が負傷した仲間の腕を取り、その後へ続いた。

 空いた場所へ、魔物が押し寄せる。


 ブラノールさんは、門から少し離れたところで足を止めた。

 背後には街と、守る者たち。

 正面には、畑から道へ溢れ出す群れがいた。


 剣先が、ゆっくりと下を向く。刀身に魔力が集まり始めた。

 握る手から鍔へ。

 刃の根元から、その先へ。

 光が厚みを増していく。辺りへ散ることなく、剣の形に収まっていた。

 馬の背にいても、肌が粟立った。

 手綱を握る指へ、自然と力が入る。


 先頭の狼が地面を蹴った。

 その後ろで、棍棒を持った巨体が腕を振り上げる。

 ブラノールさんが剣を持ち上げた。


「《次断・竜顎》」


 刃が、地面へ突き刺さった。

 八本の剣閃が走った。

 剣の刺さった一点から、前方へ扇状に広がる。

 地面を裂いて進む光が、跳びかかった狼を割った。その後ろにいた巨体の脚から胴へ抜け、振り上げられた棍棒ごと斬り裂く。

 一本ごとの剣閃が、群れの奥まで通っていた。

 横へ逃れようとした魔物が、隣を走る光に呑まれる。

 畑を踏み荒らしていた背中が次々に崩れ、その向こうで、さらに土が跳ねた。


 遅れて、轟音が届いた。

 馬が首を振る。

 俺は手綱を支え、前を見据えた。

 土煙の中へ、幾つもの身体が倒れていく。

 ついさっきまで重なって見えていた牙も、爪も、振り上げられた武器も、地面へ落ちていた。


 群れが途切れた。

 門前から畑の端まで、広く空間が開いている。

 ブラノールさんが剣を引き抜いた。

 刃についた土が落ちる。


「行け!」


 馬の腹へ踵を添えた。

 蹄が地面を蹴る。

 ブラノールさんの脇を抜けた。

 その顔は、既に後続の群れへ向いていた。


「盾を戻せ! 左右を締めろ!」


 背後で声が響く。

 すぐに、幾つもの返事が続いた。

 俺とセフィリアは、倒れた魔物を避けて左へ進んだ。

 剣閃の残した溝を跨ぎ、土煙の薄いところへ抜ける。

 畑の端。

 マルクが教えてくれた道が、森へ続いていた。


     ◇


 背後で、再び魔物の咆哮が上がった。

 金属のぶつかる音も聞こえる。


 振り返ると、門の前にブラノールさんが立っていた。

 その左右には盾が並び、後ろから槍が伸びる。

 マルクが腕を振り、誰かへ声を掛けていた。


 俺は前へ向き直った。

 手綱を通して、馬の力が伝わってくる。

 道の先へ視線を置き、セフィリアと並んで走った。


「レグルスさん」


「どうした?」


「あの頭部のところへ着いたら、まず私が漏れている力を確かめます」


「ああ。その間は、俺が周りを見る」


「お願いします」

 彼女の声は、はっきりしていた。

 鞍の横で、新しい剣の鞘が揺れている。

 森が近づく。

 木々の間には、もう夕日の届かない暗がりが広がっていた。


『入口から先は、来た時と同じとは限らないわ』

 セレスが肩で言った。


「ああ」

 返事をして、獅心の位置を確かめる。


 あの地下で見た、赤い目が浮かんだ。

 瞳孔は開いたまま、何も映していないように見えた。

 それでも、黒い血は流れ続けていた。


 まだ、あそこにある。

 木々の影が、馬の脚を覆った。

 街を守る声を背に、俺たちは森へ入った。

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