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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者: ゆ
第九章 始まりの街、再び響く鈴
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第115話 集う者たちと、団長の欲しいもの

 鈴の音が消えた後も、魔物たちは石積みの前を離れなかった。

 サイクロプスが地面へ手をつき、隙間を覗いている。その脇では、ゴブリンシャーマンが杖を握ったまま立ち尽くしていた。

 俺は地図を畳み、荷物へ収めた。


「戻ろう」


『ええ。十分、報告することができたわね』


 身を低くしたまま、尾根の向こうへ下がる。

 石積みが見えなくなるまで距離を取り、それからゆっくりと立ち上がった。

 背後で枝が折れる。

 振り返ったが、追ってくる気配はなかった。

 魔物たちの関心は、まだ土の下へ向いているらしい。

 来た道を戻りながら、何度か足を止めた。

 帰り道でも、森の奥へ進むフォレストウルフを一体見かけた。木陰でやり過ごし、地図へ位置を書き加える。

 集まっている数は、今も増えているのかもしれない。


 魔導二輪を止めた場所へ着く頃には、朝露は乾いていた。

 車体と周囲を確かめ、荷物を固定する。

 駆動音が響くと、それまで聞こえていた森の物音が遠くなった。


『帰りも、道はよく見てね』


「ああ」


 速度を上げたくなる気持ちを抑え、木の根を越える。

 林道を抜けてから出力を上げると、正面から風が吹きつけてきた。


     ◇


「レッドオーガと、サイクロプス……?」

 支部長の手が止まった。


「はい。ゴブリンナイトが二体、ゴブリンシャーマンが一体。ほかにファングボアもいました。木に隠れて見えない場所もあったので、それで全部とは言えません」


 机へ広げた地図を指す。

 黒い粒子を見た場所。その先にあった石積み。魔物の集まっていた範囲。

 書き込んだものを順に説明すると、支部長の眉間に皺が寄った。


「それらが、争わずに集まっていたんだな」


「はい。何かを食べている様子もありませんでした」


「お前への反応は?」


「途中でフォレストウルフが一体、襲ってきました。倒しましたが、ほかの魔物はそのまま奥へ向かいました」


 支部長は椅子へ背を預け、短く息を吐いた。

 脇で記録を取っていた受付嬢も、紙へ目を落としたまま唇を結んでいる。


「森への立ち入りを止めよう。該当する依頼は一旦取り下げる。街の警備にも、この地図の写しを回してくれ」


「承知しました」


「今、森に入っている者の確認も頼む。入口付近から呼び戻せる者は戻すが、捜索のために奥へは入らせるな」


 受付嬢が書類を揃え、部屋を出ていった。

 支部長は、改めて俺を見る。


「石積みには触れていないんだな?」


「はい。近づくには魔物を排除する必要がありましたし、地下に何があるか分からなかったので」


「それでいい。位置を掴めただけでも大きい」


「それと……鈴の音を聞きました」


 支部長の目が、地図から俺へ戻った。


「お前もか」


「一度だけです。その時、見えていた魔物が一斉に石積みの方を向きました」


「音に反応した、と」


「そう見えました。ただ、姿は見ていません。地面の下から聞こえたように思えたんですが」


 記憶の中の音を確かめる。

 短く、澄んだ音だった。

 あれだけ違う種類の魔物が顔を上げた光景は、今もはっきりと思い出せる。

 支部長が口を開きかけたところで、扉が叩かれた。


「失礼します」

 もう一人の受付嬢が顔を出した。

 いつもより背筋が伸びている。


「勇者セフィリア様と、ブラノール団長がお見えです」


 俺は顔を上げた。


     ◇


 扉から入ってきたセフィリアは、俺を見ると少し表情を和らげた。


「レグルスさん」


「セフィリア。二人も、この件で?」


「はい。亀裂が発生している可能性があると伺って」


 その後ろから、ブラノールさんが入ってくる。

 いつものシャツにスラックス。眼帯も、腰の少し上に斜めに佩いた剣も変わらない。

 支部長と挨拶を交わすと、すぐに地図へ目を向けた。


「調査から戻ったところか」


「はい。今、報告していました」


「では、俺たちにも聞かせてくれ」


 席が用意され、二人が机の向かいに座る。


「師匠、こちらが黒い粒子の目撃地点でしょうか」


「ああ。だが、印が増えているな」


 師匠。

 その呼び方に、僅かに目を向けた。

 セフィリアが気づき、首を傾げる。


「どうかしましたか?」


「いや。呼び方、変わったんだなって」


「あ……はい」


 セフィリアはブラノールさんを一度見て、小さく笑った。


「剣を教えていただいているので」


「そうか」


 以前も教わっていたはずだ。

 けれど、今の声を聞いていると、それだけではない何かがあったのだろうと思えた。


「その話は後だ。粒子を見たのは、ここか?」

 ブラノールさんの指した場所へ、俺も目を戻した。


「はい。倒木を回り込んだ先です」


 森で見たことを、もう一度順に話す。

 種類の違う魔物が同じ方向へ進んでいたこと。途中でほぼ同時に立ち止まったこと。粒子はその場で消え、発生源は分からなかったこと。

 ブラノールさんは口を挟まずに聞き、石積みの話になって初めて質問した。


「加工された石で間違いないか」


「継ぎ目が真っすぐで、大きさも揃っていました。端に縁のようなものもあります。ただ、入口かどうかまでは」


「術式は見えたか?」


「苔と土に覆われていて、そこまでは確認できませんでした」


 ブラノールさんが頷く。

 その隣で、セフィリアは地図を見つめていた。


「亀裂は、見当たらなかったんですね」


「俺が調べた範囲では。でも、黒い粒子は帝国で見たものに似てた」


「私たちが聞いた王都の鈴の異変も、同じです。粒子が現れて、しばらくすると消えたそうです」


「鈴は、まだ王都に?」


「はい。保管したままで、こちらへ運んだとは聞いていません」


 なら、森で鳴ったものは何なのか。

 俺は地図上の石積みを見る。

 同じ形の鈴が、もう一つあるのだろうか。

 それとも、あの音自体が別の何かなのか。


「魔物を動かしているのが鈴なら、奪えば止められるんでしょうか」

 セフィリアの問いに、ブラノールさんはすぐには答えなかった。


「それを確かめる必要がある。音を止めれば解けるのか、別の反応を起こすのか、まだ分からん」


 そう言って、俺を見る。


「触らずに戻ったのは正解だ。周りの魔物を斬れても、土の下まで見えるわけではないからな」


「はい」


『ちゃんと伝わったわね』


 肩元で囁いたセレスに、僅かに頷く。

 ブラノールさんは、石積みへ至る道筋を指でなぞった。


「次は三人で確認する。まず周辺を見て、魔物をどう排除するか決める。石積みに大きな衝撃を与える攻撃は避けるぞ」


「はい、師匠」


「案内します」


「頼む」

 短い返事だった。

 それだけで、次にやることがはっきりした。


 支部長が、地図の写しを手元へ引き寄せる。


「こちらは警戒と、古い記録の確認を進めます。その場所に何か建っていた記録が残っているかもしれません」


「ああ。分かり次第、知らせてくれ」


 ブラノールさんが席を立った。

 俺も地図を畳み、荷物へ収める。

 その時、セフィリアの腰にある剣が目に入った。

 以前のものと、柄の形が違う。


「剣も変わった?」


「はい。師匠が用意してくださったんです。まだ試作品ですけど」


 柄へ添えられた手は、よく馴染んでいるように見えた。


「使いやすそうだな」


「ええ。振った後、次へ動きやすくて」

 嬉しそうな声だった。

 詳しく聞いてみたかったが、ブラノールさんが扉を開けたので、続きは後にすることにした。


     ◇


 ギルドの表へ出ると、入口近くにいた冒険者たちが姿勢を正した。

 セフィリアが軽く会釈をすると、何人かが慌てて頭を下げる。

 マルクもその中にいた。

 俺へ何か言いかけたが、隣のブラノールさんを見て口を閉じた。

 いつもの調子で声を掛けるには、少し勇気がいるらしい。

 ブラノールさんは、その視線を気にした様子もなく歩いていた。

 だが、建物の脇へ差しかかったところで足を止める。


「あれは、お前のか」

 見ていたのは、魔導二輪だった。


「はい。借りているものですけど」


「入る時に気になっていた。馬なしで動くのだろう?」


「魔石で動きます。乗る人の魔力でも補えます」


 ブラノールさんが車体へ近づいた。

 握り手、座席、車輪の順に目を向け、少し屈んで下の機構を覗く。


「これで森まで行ったのか」


「林道の途中までです。根が増える辺りで止めて、そこから歩きました」


「王都からも?」


「はい。休憩を入れながらですけど」


 ブラノールさんは車体の横へ立ち、握り手に軽く手を置いた。

 背の高い人が隣に立つと、魔導二輪が少し小さく見える。


「なるほど」

 何かを確かめるように頷く。


「俺も欲しい」


「……え?」

 思わず聞き返した。

 ブラノールさんは、至って真面目な顔をしている。


「どこで買える」


「いえ、これはアカデミアの試作品なので。まだ売っていないんです。俺は運用試験を頼まれていて」


「試作品か」


「はい」


「なら、二号機が必要だな」


 俺が返事をする前に、ブラノールさんは踵を返した。

 そのままギルドへ入っていく。

 セフィリアと顔を見合わせた。


「……何をするつもりなんだろう」


「何となく、分かる気がします」

 セフィリアの声には、既に諦めたような響きがあった。


 後を追うと、ブラノールさんは受付に立っていた。


「王室へ連絡を取りたい。設備を借りられるか」


「は、はい。支部長をお呼びします」

 受付嬢が奥へ向かう。

 マルクが、俺の横へそっと寄ってきた。


「……何かあったのか?」


「二号機が欲しいらしい」


「何の?」


「外の」


 マルクは入口へ目を向け、それからブラノールさんを見た。

 口が少し開いたが、何も言わずに閉じた。

 間もなく戻ってきた支部長に案内され、ブラノールさんは奥の連絡室へ向かった。

 セフィリアと俺も、その後についていく。


 王室への連絡がつながると、ブラノールさんはまず、現地で確認された魔物と石積みについて簡潔に伝えた。

 王国騎士団長の声だった。

 聞く側が迷わないよう、必要なことだけを順に告げている。

 そして、報告を終えると続けた。


「加えて、アカデミアで開発している魔導二輪についてだ」


 セフィリアが、僅かに目を伏せた。


「騎士団長による実地試験用として、二号機を優先的に手配してほしい。各地の亀裂への対応を考えれば、少人数で使える移動手段の検証は必要だ」


 連絡の向こうから、何か確認する声が返る。

 ブラノールさんは一度頷いた。


「製作状況を確認してくれ。完成しているなら、俺を試験担当として申請する。これからなら、次の一台を確保したい」


 迷いがなかった。


「細かな調整は、担当者の説明を受けてからでいい。手配の返答はこちらの支部へ頼む」


 連絡を終えたブラノールさんが、何事もなかったように振り返る。


「これでよし」


 俺は、入口脇で立ったまま少し黙っていた。

 欲しいと口にしてから、まだ大して時間が経っていない。


『王国騎士団長って、便利なのね』

 セレスの囁きに、危うく頷きかける。


「師匠」

 セフィリアが口を開いた。


「何だ」


「ご自分が乗りたいんですよね?」


「それもある」

 即答だった。


「……それも、ですか」


「移動手段として有用だと思ったのも本当だ」


「最初は、欲しいとしかおっしゃっていませんでしたけど」


「説明は後でしただろう」


 セフィリアが額へ手を当てた。

 支部長は何とも言えない顔で、手元の連絡記録を整えている。

 俺は咳払いをして、口元を隠した。


「レグルス。何か言いたいことがあるか」


「いえ。ただ、爺ちゃんのところへ来た時も、随分早かったなと思って」


「機会は逃さない方がいい」

 ブラノールさんは、真顔でそう言った。


「師匠は、そういうところだけ本当に……」

 セフィリアの言葉は、小さな溜息に変わった。

 けれど、その横顔には笑みも混じっていた。


     ◇


 表へ戻ったブラノールさんは、もう一度だけ魔導二輪を見た。

 それから、森のある方へ顔を向ける。


「二号機を待つわけにはいかんな」


「それは、そうですね」

 セフィリアの返事が、少しだけ早かった。


「ここから林道までは、馬を使う。お前はそれで先導してくれ。徒歩に切り替える場所で合流すればいい」


「分かりました」


「食事を済ませたら出るぞ。レグルス、足はまだ動くか」


「はい。問題ありません」


 ブラノールさんの目が、俺の足元から顔へ戻る。

 冗談を言っていた時とは違う視線だった。


「なら、案内を頼む。戻った時から何が変わったかも、見ておいてくれ」


「はい」


 セフィリアが腰の剣を確かめた。

 俺も荷物の留め具へ手を掛ける。

 ギルドの中では、森に関する依頼書が掲示板から外され始めていた。

 受付へ集まる冒険者たちの顔から、昨日の賑やかさが薄れていく。


 マルクがこちらを見た。

 俺が頷くと、何も尋ねず、短く頷き返してきた。

 あの石積みの前では、今も魔物が集まっているのだろうか。

 土の下で鳴った鈴は、何を呼んでいるのか。

 今度は、その先を確かめに行く。

 俺は魔導二輪の座席へ荷物を載せ、森へ続く道を見た。

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