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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者: ゆ
第八章 帰郷、武の原点
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第107話 帰る場所

 屋敷から少し離れた空き地に、王国騎士団の高速艇が停まっていた。

 細長い船体の左右から短い翼が伸び、その後部では魔導機関が低い音を立てている。

 ブラノールと二人の従騎士は、すでに帰還の準備を終えていた。


「ラウル殿。本日は貴重な手合わせに加え、技まで見せていただき、ありがとうございました」

 ブラノールが祖父へ深く頭を下げる。


「私も楽しませてもらった。気をつけて帰れ」


「はい」


 ブラノールは父と母にも挨拶を済ませ、最後に俺へ顔を向けた。


「レグルスも、帰郷中はゆっくりするといい」


「ありがとうございます。ブラノールさんは、王都へ戻られた後も騎士団の仕事ですか?」


「ああ。それに、勇者の指南もある。あまり長く王都を離れるわけにはいかない」


「勇者を指南しているのですか?」


「剣の基礎を中心に、以前から少しな。まだ荒削りだが、素直で真っ直ぐな剣を振るう」


 セフィリアの剣を思い出す。

 勇者として大きな力を持ちながら、その力だけに頼ろうとはしていなかった。

 ブラノールから剣を学んでいるのなら、あの無駄のない構えにも納得できる。


「勇者へ剣を教えているそうだな」

 祖父がブラノールへ声をかける。


「はい」


「ならば、お前の剣を押しつけるな。あの者には、あの者自身の剣を見つけさせろ」


「心得ています」

 ブラノールは迷わず答えた。


 祖父も一度頷く。


「だが、時折は今回のように、お前の技も見せてやれ」


「私の技を、ですか?」


「ああ。強い者の技を目にすることも修練の一つだ」


 祖父が俺へ視線を向ける。


「この孫のように、目を輝かせて喜ぶぞ」


「祖父上。俺はそこまで顔に出していません」


『いいえ。十分に出ていたわ』


 セレスの声には答えず、視線を逸らす。

 母が口元へ手を当てて笑っている。

 父も否定してくれなかった。

 ブラノールは俺たちのやり取りを見て、静かに笑った。


「では、王都へ戻ったら、一つ見せてみることにします」


「そうしてやれ」


 ブラノールと二人の従騎士が高速艇へ乗り込む。

 扉が閉じると、魔導機関の音が大きくなった。

 船体の下から風が噴き出し、周囲の草が一斉に倒れる。

 高速艇がゆっくりと浮かび上がった。

 一定の高さまで上昇したところで船首を王都へ向ける。


 次の瞬間、空気を震わせながら加速した。

 見る間に小さくなり、やがて雲の向こうへ姿を消した。


 その日の夕方。

 母は屋敷の一室に置かれた魔導通信機の前へ座っていた。

 卓上には術式が刻まれた金属板があり、その中央へ透明な結晶が埋め込まれている。

 母が魔力を流すと、結晶の内側へ淡い光が灯った。


「兄上にも連絡したのですか?」


「ええ。先ほど返事があったわ」


「兄上は何と?」


「元老院の仕事があるから、今は帝国を離れられないそうよ」


 兄なら、そう答えると思っていた。

 帝国を離れる前まで一緒にいたため、俺とはすでに話している。

 それに、元老院第十席としての仕事を放り出して帰ってくるような人ではない。


「レグルスとは帝国で十分に話したから、無事に家へ着いたのなら安心だとも書いてあったわ」


「兄上らしいですね」


「もう少し顔を見せても罰は当たらないと思うのだけれど」


「立場があるのだから仕方ないだろう」

 父が母の隣から声をかける。


「分かっているわ。だから、無理に帰ってこいとは言わなかったでしょう?」


「それならいい」


「次はアリシアよ」


 母が術式の一部へ触れる。

 結晶の光が揺らぎ、別の魔力へつながっていく。

 しばらくして、通信機から姉の声が聞こえた。


『母上? 急にどうしたの?』


「元気にしているかと思って」


『数日前にも通信したでしょう』


「そうだったかしら?」


『そうよ。それで、本当は何の用?』


 母が僅かに笑う。

 相手が祖父であっても、母であっても、姉に遠回しな言葉は通じないらしい。


「レグルスが帰ってきているの。あなたも久しぶりに帰ってこない?」


『レグルスとは、王都で時々会ってるけど』


「私たちは、しばらくあなたの顔を見ていないわ」


『それは……そうだけど』


「お祖父様もいるわよ」


 通信の向こうで、姉が黙る。

 俺とは王都で頻繁ではないにしても何度か会っている。

 だが、父や母、祖父とは長く顔を合わせていない。


『分かったわ。母上がそこまで言うなら、久しぶりに帰ろうかしら』


「本当?」


『ええ。ただ、研究の予定を調整して、学園へ休みを申請してからになるわ。早くても三日後ね』


「構わないわ。待っているから、気をつけて帰ってきなさい」


『はいはい』


 母の表情が明るくなる。

 姉が帰ってくることよりも、自分の誘いを断られなかったことが嬉しいらしい。


「姉上。通信を切る前に、少しいいか?」


『レグルスもいるの?』


「ああ」


『何?』


「帰ってくる前に、頼みたいことがある」


『母上に呼び戻されたと思ったら、今度はあなたから頼み事?』


「祖父上から歩法を教わることになった。それで、予定より滞在が延びる」


『歩法?』


「詳しい話は帰ってきてからする。王都冒険者ギルドに、戻るのが遅れると伝えておいてほしい」


『それくらいなら構わないわ』


「それと、俺の家にも寄ってくれないか。しばらく空けることになるから、何か問題が起きていないか確認してほしい」


『帰る前に用事を増やさないでよ』


「姉上にしか頼めない」


『そういうときだけ素直に頼るのね』


『アリシアも、随分と便利に使われているわね』

 セレスが通信へ聞こえるように声を出す。


『久しぶりね、セレス。あなたもそう思うでしょう?』


『ええ。思うところはあるわ』


「二人で話をまとめるな」


『仕方ないわね。ギルドへ伝えて、家も見ておく。それでいい?』


「ああ。助かる」


『その代わり、帰ったら何を教わっているのか見せてもらうから』


「見せられるほど身についていればな」


『三日もあるんでしょう?』


「祖父上の歩法を三日で身につけられると思うな」


『あなたなら、少しくらい形にはするでしょう』


 気軽に言ってくれる。

 祖父の《桜舞》を見た後では、三日で形にできるなどとは到底思えなかった。

 通信を終えた後、母は早速使用人を呼び、三日後の食事について相談を始めた。

 姉が一人帰ってくるだけだ。

 それでも母にとっては、十分な理由になるらしい。


 三日後。

 母との手合わせで痛めた脇腹も、動くのに支障がない程度まで回復していた。

 俺は祖父と父に連れられ、屋敷の奥にある屋内修練場へ来ていた。


 高い天井を支える太い梁。

 壁際には木刀や模擬剣が並び、床には長年の稽古によってついた細かな傷が残っている。

 祖父は修練場の中央へ立つと、俺の腰へ視線を向けた。


「歩法を始める前に、今のお前の刀を見せろ」


「分かりました」


 腰から刀を外し、鞘ごと祖父へ差し出す。

 祖父は両手で受け取り、鞘から僅かに刀身を抜いた。

 露わになった刃が、屋内へ差し込む光を静かに返す。


「妙な刀だな」


 祖父の指が、鍔から鞘へ移る。


「鍛えた者の手が見えん。それでいて、刀としての形は崩れていない」


「概念星器と呼ばれるものです」


「概念星器?」


「はい。第一位階。宿している概念は《不滅》です」


 祖父が刀身へ視線を戻す。


「不滅か」


「この刀は、たとえ損傷しても、魔力などを糧に刀身を復元します」


「折れぬのではなく、折れても戻る刀か」


「はい」


「随分と大きく出たものだ」

 祖父は僅かに笑った。


「銘はあるのか?」


「獅心《コル・レオニス》です」


「獅子の心か」


 祖父が刀を鞘へ戻し、今度は父へ渡す。

 父も鞘から刀身を抜き、反りと重心を確かめている。


「以前の刀とは、まるで違うな」


「はい」


「だが、持った感触は悪くない。概念とやらを除いても、刀として十分に完成している」


 父が《獅心》を鞘へ納め、俺へ返す。


「抜いてみろ、レグルス」


「はい」


 《獅心》を腰へ戻す。

 左手で鞘を押さえ、右手を柄へ添える。

 息を一つ整えた。

 鯉口を切る。

 右足を前へ出しながら刀を抜き、正面へ振り下ろした。

 刃が空気を断つ。

 乾いた音だけが、屋内修練場へ響いた。


「もう一度だ」


 祖父に言われ、刀を上段へ構える。

 右足を踏み込み、振り下ろす。

 次は逆袈裟。

 返した刀で横薙ぎ。

 最後に身体の中心を通すよう、真っ直ぐ突きを放つ。

 祖父と父は一言も発さず、俺の足元から切っ先までを見ていた。


「以前とは比べものにならないな」

 父が先に口を開く。


「刃筋に乱れもない。身体の軸も崩れていない」


「ありがとうございます」


「だが、もう一度、最初の斬り下ろしを見せろ」


 祖父の声に、再び上段へ構える。

 息を吐く。

 肩の力を抜き、刀を振り下ろした。


「もう一度」


 同じように振る。


「もう一度だ」


 三度目。


 何を見られているのか分からない。

 それでも、一振りごとに刃筋を意識し、同じ軌道へ刀を通す。


「やはりな」


 祖父が俺の前へ歩いてくる。


「最後の僅かなところで、力が抜けている」


「力を抜いたつもりはありません」


「頭では振り切っているつもりなのだろう。だが、身体が止めている」


 祖父の視線が、《獅心》へ向けられる。


「以前、刀を折ったことを覚えているのだ」


 浮遊大陸で、機械と戦ったときに折れた刀を思い出す。

 全力で振り抜いた一撃。直後、刀身が二つに分かれた。

 あの瞬間の感触は、今も手に残っている。


「《獅心》は、損傷しても復元します」


「それを知っているのは頭だ」


 祖父が自分の胸を指先で叩く。


「身体は、以前の刀を折った感触を覚えている。だから最後の一瞬だけ、無意識に力を逃がしている」


 父が俺の手元を見る。


「私には、言われなければ分からないほど僅かなものだった」


「だが、残したままにすれば、いずれ大きな差になる」


 祖父が言う。


「刀が復元することと、太刀筋を乱してよいことは別だ。力任せに振れとは言わん。だが、必要なときに最後まで振り切れない刀では、自分も守るべき者も守れん」


「はい」


「太刀筋そのものは悪くない。以前より遥かに良くなっている」

 祖父はそこで言葉を切る。


「だが、まだまだだ。今後も修練を疎かにするな」


「忘れません」


 祖父が父へ顔を向ける。


「エドガー。ここから先は、レグルスと二人で行う」


「分かりました」


 父は理由を尋ねなかった。

 俺へ一度だけ視線を向ける。


「父上の教えを、よく聞くように」


「はい、父上」


 父が屋内修練場から出ていく。

 重い扉が閉じられた。

 広い修練場に、祖父と俺だけが残される。


「《獅心》は置いておけ」


「刀は使わないのですか?」


「今日は歩くことだけを覚えろ。刀を持てば、どう振るかへ意識が向く」


 壁際の台へ《獅心》を置く。

 セレスも腰から外し、その隣へ立てかけた。


『頑張りなさい』


「ああ」


 祖父の前へ戻る。


「魔力も使うな。《速》も《瞬》も必要ない」


「分かりました」


「まずは自然に立て」


 足を肩幅ほどに開き、余計な力を抜く。

 帝国で何度も繰り返した立ち方だった。

 どの方向にも動けるよう、重心を中心へ置く。

 祖父が俺の周囲を一度歩く。


「悪くない」


「ありがとうございます」


「だが、《桜舞》では中心へ留まろうとするな」


「中心へ置かないのですか?」


「身体を倒せ」


「倒す?」


「前へだ」


 言われたとおり、身体を前へ傾ける。

 倒れないよう、右足が自然に前へ出た。


「今の一歩を、もう一度だ」


 元の位置へ戻る。

 身体を前へ傾け、倒れる前に右足を出す。


「遅い」


「ですが、先ほどと同じように――」


「倒れてから足を出した。私が言っているのは、倒れるより先に足を置くことだ」


「倒れる前に足を出せば、身体は傾かないのでは?」


「考えるな。やれ」


 もう一度試す。

 身体を傾ける。右足へ力を込め、前へ出す。


「力を込めるな」


 祖父の模擬刀が、俺の右膝を軽く叩いた。


「今、お前は地面を蹴った。《桜舞》は地面と争う歩法ではない」


「では、どう進めばいいのですか?」


「倒れる力を使え。足は身体を押し出すためではなく、次に立つ場所へ置くだけだ」


 簡単に言っているが、身体で行うのは難しい。

 帝国で学んだ歩法は、地面を踏み、そこから生じる力を動きへ変えるものだった。


 《桜舞》は違う。

 身体が崩れようとする力そのものを、移動へ変える。

 前へ傾く。足を出す。

 強く踏まないよう意識すると、今度は歩幅が小さくなった。


「もう一度」

 祖父の声が飛ぶ。


 元へ戻り、繰り返す。


「肩へ力が入っている」


 もう一度。


「足元を見るな」


 さらに繰り返す。


「そこで止まるな。次の一歩へつなげろ」


 一歩目の勢いを殺さず、左足を前へ運ぶ。

 だが、二歩目を急ぐあまり、身体が上下へ揺れた。

 祖父の模擬刀が肩へ触れる。

 僅かに押されただけで、体勢が崩れた。


「軸が浮いている」


「はい」


「もう一度だ」


 何度繰り返したか分からない。

 魔力も使わず、ただ歩いているだけだ。

 それなのに、母との手合わせとは違う疲労が両脚へ溜まっていく。


 考えれば力が入り。

 力を抜けば、足が遅れる。

 一歩目ができても、二歩目で止まる。

 二歩をつなげれば、身体の軸が崩れる。

 祖父が《四華繚乱》で見せた、四方を途切れず巡る歩みには程遠い。


「そこまでだ」


 祖父の声に足を止める。

 窓から差し込んでいた光は、始めた頃よりも傾いていた。


「まだ続けられます」


「続けられるかどうかと、続ける意味があるかは別だ」


 祖父は模擬刀を壁際へ戻す。


「疲れた状態で形を崩せば、誤った動きを身体が覚える。今日は終わりだ」


「はい」


「明日も同じことをする」


「分かりました」


 《獅心》とセレスを腰へ戻す。


『どうだった?』


「一歩進むだけで、あれほど難しいとは思わなかった」


『でも、最後の一度は少しだけ滑らかだったわ』


「少しだけか」


『最初と比べれば、という意味よ』


 扉を開くと、母が廊下で待っていた。


「終わったの?」


「はい。何かありましたか?」


「アリシアが帰ってきたわ」


「姉上が?」


「一刻ほど前にね。お祖父様との修練中だと伝えたら、終わるまで待つと言っていたわ」


「もう着いていたのか」


「居間にいるわ。着替える前に、顔を見せてあげなさい」


 母に連れられて居間へ向かう。

 扉を開けると、長椅子に座って茶を飲んでいた姉が顔を上げた。


「随分としごかれていたみたいね」


 俺の額から流れる汗と、僅かに乱れた衣服を見ている。


「いつ帰ってきたんだ?」


「母上から聞かなかった? 一刻くらい前よ」


「修練場へ来ればよかっただろう」


「お祖父様と二人で修練していたんでしょう? 邪魔をするほど無粋ではないわ」


 姉が茶器を卓へ戻し、立ち上がる。

 まず祖父へ向き直り、丁寧に頭を下げた。


「お久しぶりです、祖父上」


「ああ。元気そうだな、アリシア」


「祖父上も、お変わりないようで安心しました」


「お前も、以前より術式が身体へ馴染んでいる。王都でも励んでいるようだな」


 祖父は立っている姿を見ただけで、姉の変化まで見抜いたらしい。

 姉は一瞬だけ驚いた後、笑みを浮かべた。


「相変わらず、祖父上には隠せませんね」


 それから俺へ視線を戻す。


「あなたより後に私が帰ることになるとは思わなかったわ」


「母上に呼び戻されたんだろう?」


「そうよ。あなたとは王都で会ってるもの。今回は父上たちへ顔を見せに来たの」


「俺が帰っているからではないのか?」


「少しくらいは理由に入っているわよ」


「少しだけか」


「十分でしょう?」


『久しぶりね、アリシア』

 セレスが声を出す。


「久しぶり、セレス。相変わらずレグルスの面倒を見ているの?」


『ええ。それはもう、随分と』


「おい」


 祖父が、以前と同じやり取りだと言いたげに笑っている。


「頼まれたことは済ませておいたわ」

 姉が俺へ言う。


「王都冒険者ギルドには、滞在が延びると伝えてある。家の方も特に問題はなかったわ」


「助かった。ありがとう、姉上」


「本当に素直ね。普段からそのくらいなら可愛げがあるのに」


「必要なときは礼を言っている」


「必要なときだけでしょう?」


 言い返そうとしたところで、母が手を叩いた。


「続きは着替えてからにしなさい。もうすぐ夕食よ」


 湯を浴びて汗を流し、服を着替えてから食堂へ向かった。

 扉を開いた瞬間、いつもより多くの料理が目に入る。

 卓の中央には大きな肉料理が置かれ、その周囲には魚や季節の野菜を使った料理、温かなスープが並んでいる。


 食後の菓子まで、別の卓へ用意されていた。

 俺が帰ってきた日の食事も、食べ慣れた料理が並ぶ温かなものだった。

 だが、今日は明らかに品数が違う。


「随分と豪勢ですね、母上」


「アリシアが帰ってくる日は分かっていたもの。準備する時間があったのよ」


「少し多すぎないか?」


 父が料理を見ながら言う。


「余れば明日も食べられるでしょう?」


「そうだな」


 父はそれ以上何も言わず、自分の席へ座った。

 祖父。

 父。

 母。

 姉。

 そして俺。

 祖母の席は空いたまま。

 兄も帝国から戻ってはいない。

 家族全員が揃ったわけではなかった。

 それでも、俺が帰ってきた夜より、食卓を囲む声は多い。


「それでは、いただきましょうか」


 母の言葉で食事が始まる。

 しばらくは料理の味や、姉が王都から乗ってきた魔導列車について話した。

 やがて父が姉へ顔を向ける。


「学園の方はどうだ、アリシア」


「相変わらず忙しいです。最上級生になって授業は減りましたが、その分、研究に使う時間が増えましたから」


「休みを取って大丈夫なの?」

 母が尋ねる。


「ええ。今回はきちんと学園へ休みを申請してきたから、数日は滞在できるわ」


「それなら、ゆっくりしていきなさい」


「そうさせてもらうわ」


 姉が俺へ視線を向ける。


「それで、あなたは何日くらい残るの?」


「まだ決めていない。《桜舞》の基礎をどこまで身につけられるか次第だ」


「今日の様子だと、随分とかかりそうね」


「見てもいないのに、なぜ分かる」


「あなたの歩き方を見れば、脚が疲れていることくらい分かるわ」


 言われて、自分の足元を見る。

 普段どおりに歩いているつもりだったが、姉には気づかれていたらしい。


「明日も同じ修練をするぞ」


 祖父が料理へ箸を伸ばしながら告げる。


「はい、祖父上」


「帰ってきたばかりなのに、相変わらずね」

 姉が呆れたように言う。


「休めるときに休まないと、身体が持たないわよ」


「今日はもう終わった」


「夕食の後に一人で振るつもりでしょう?」


「……日課だからな」


「ほら」


「今日くらいは休みなさい」

 母まで姉に加わる。


「ですが――」


「歩法については、今夜一人で繰り返すな」

 祖父が俺の言葉を遮る。


「誤った形を身体へ覚えさせるだけだ」


「分かりました」


「珍しく素直ね」


「祖父上に言われたからだ」


「私が言ったときも、そのくらい素直に聞きなさい」


「内容による」


「レグルス」


 姉の目が細くなる。

 母が楽しそうに笑い、父は何も聞こえなかったように料理を口へ運んでいる。


『賑やかね』

 セレスの声が、俺にだけ届く。


「ああ」


 祖母の席は、今も空いている。

 兄も帝国に残ったままだ。

 全員ではない。

 それでも、俺が帰ってきた夜より多くの声が、食卓を満たしていた。

 久しぶりにこの家へ、家族の時間が戻っていた。

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