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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者: ゆ
第八章 帰郷、武の原点
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第105話 盤上の剣

 澄んだ金属音が、一つだけ響いた。

 ブラノールの模擬剣は、祖父へ届いていなかった。

 祖父の模擬刀がわずかに持ち上がり、その鎬が剣の腹へ触れている。

 力を込めて受け止めたようには見えない。

 ただ触れ、指一本分だけ軌道を外へ変えた。


 ブラノールの剣が祖父の肩口を通り過ぎる。

 刃はない。

 それでも、剣の先から放たれたものが祖父の背後へ走った。

 一拍遅れて、大地が裂ける。

 鋭い音とともに、十歩以上先まで一直線の斬痕が刻まれた。


「これが……」


 剣が地面へ触れたわけではない。

 刀身へ収束された魔力と気が、剣気となって大地を斬ったのだ。

 祖父の模擬刀が返る。

 ブラノールの脇腹へ向かう横薙ぎ。

 ブラノールは振り切らなかった剣を手首だけで返し、祖父の刀へ重ねた。


 再び、澄んだ音が響く。

 大きな衝撃はなかった。

 二人の身体も動いていない。

 しかし、二人を中心に空気が裂けた。

 枝から落ちかけていた葉が、空中で二つに分かれる。

 さらに別の剣気が交差し、二つに分かれた葉を四つへ斬った。

 細かな葉の欠片が、二人の間へ静かに降り注ぐ。


 祖父とブラノールが、同時に一歩離れた。

 それだけで、最初の攻防が終わった。


『静かね』


「ああ」


 俺と母が戦ったときのような轟音も、吹き荒れる魔力波もない。

 二人とも、身体から魔力や気を溢れさせていなかった。

 すべてを身体と武器の内側へ収めている。

 それにもかかわらず、地面には深い斬痕が残り、周囲を舞う葉は細かく斬り刻まれていた。


『静かなのに、あなたたちの手合わせより危険に見えるわ』


「実際に危険だ」


 斬っているのは刃ではない。

 模擬剣と模擬刀へ重ねられた、二人の魔力と気だ。

 刃がついていないことなど、この二人の前ではほとんど意味をなしていない。


 ブラノールが右へ一歩動く。

 祖父は動かない。

 剣の切っ先だけが、わずかに祖父の左肩へ向いた。

 祖父の左足が、地面を滑るように半歩下がる。

 今度はブラノールが止まった。

 どちらも剣を振らない。

 ただ向かい合っている。

 それでも、先ほどまでよりも二人の間へ入り込むことが難しくなったように感じた。


「ブラノール殿が中央を取った」


 審判を務める父が、二人から視線を外さずに言った。


「中央?」


「あの切っ先だ。父上が正面へ踏み込む道を塞いでいる」


 ブラノールの剣は、祖父の身体へ直接向けられているように見える。

 だが、本当に狙っているのは祖父が進もうとする場所なのか。


「でも、お義父様も、ただ退いたわけではないわ」

 母が父の言葉を引き継ぐ。


「ブラノール殿が左へ回る道を、刀の切っ先で塞いでいる」


 祖父の模擬刀は、力なく下げられていた。

 構えているようにさえ見えない。

 それでも、ブラノールは左へ動かない。

 動けば祖父の刀が届く。

 互いに一歩動いただけで、それぞれが選べる道を一つずつ奪っていた。


 ブラノールが前へ出る。

 大きく踏み込んだわけではない。

 足音すら聞こえなかった。

 それでも、祖父との距離が一息で消える。


 模擬剣が下から斜めに斬り上げられた。

 祖父が刀を寝かせる。

 二つの武器が滑るように触れ合った。

 ブラノールの剣が外へ流される。

 そのまま祖父の切っ先が、ブラノールの右手首へ向かった。

 ブラノールは剣から片手を離し、身体を半歩だけ左へずらす。

 祖父の刀が、その胸元を通り過ぎた。


 剣気が走る。

 ブラノールの背後にある地面が、斜めに斬り裂かれた。

 地面を斬った音が響くより早く、ブラノールの剣が祖父の喉元へ戻っている。

 祖父は刀の柄をわずかに持ち上げた。

 柄頭が剣の腹へ当たる。

 ブラノールの切っ先が上へ逸れた。


 同時に、祖父が身体を回す。

 模擬刀が背後からブラノールの肩へ向かう。

 ブラノールは、上へ逸らされた剣をそのまま頭上から振り下ろした。

 剣と刀が交差する。


 金属音。

 空気が裂けた。

 二人の周囲へ薄い線が幾つも走り、浮かび上がっていた砂粒が真っ二つになる。

 離れた木々の葉にも切れ目が入り、一斉に枝から落ちた。

 祖父が一歩下がる。

 ブラノールも追わず、剣を正面へ戻した。


 再び、動きが止まる。


『一度ずつしか振っていないように見えるのに、何度も斬り合っているみたいね』


「振る前に、使える技を潰し合っている」


 ブラノールは祖父の正面を斬っただけではない。

 祖父が避けようとする場所へも、次の剣を置いていた。

 祖父も同じだ。

 一太刀を防ぎながら、ブラノールが続けようとしていた攻撃を崩している。

 目の前の刃だけを防いでいるのではない。


 その次。

 さらに次。

 まだ形になっていない攻撃まで、互いの刃で奪い合っていた。


 ブラノールが剣をわずかに下げる。

 祖父の目が細くなった。

 先ほどまで正面を守っていた切っ先が外れ、祖父へ向かう道が空く。


 誘っている。

 そう分かっていても、祖父は前へ出た。

 右足が地面へつく。

 模擬刀が、ブラノールの胴へ走る。

 ブラノールの剣が下から跳ね上がり、祖父の刀を受ける。

 だが、祖父の一撃は止まらなかった。

 剣に触れた瞬間、刀身が滑る。

 ブラノールの剣を撫でるように進み、その手元へ迫った。

 ブラノールが一歩下がる。

 祖父も同じだけ前へ出る。

 二人の剣と刀は、触れ合ったまま離れない。


 押し合っている様子はなかった。

 互いの武器が、相手の隙間へ入り込もうと静かに動いている。

 ブラノールが手首を返す。

 祖父の刀が外へ流れる。

 その隙間を通り、剣の切っ先が祖父の胸へ迫った。


 祖父は身体を横へ向ける。

 剣が胸元を通り過ぎた。

 祖父の上着へは触れていない。

 それでも胸元の布へ、細い切れ目が入った。


 剣気だけで斬ったのだ。

 祖父の刀が下から返る。

 ブラノールが首を僅かに傾ける。

 刀の切っ先が、頬の横を通り過ぎた。


 その背後で、地面が深く裂けた。

 互いの攻撃は届いていない。

 それなのに、少しでも判断が遅れれば身体を斬られていた。


「素晴らしい」

 ブラノールが静かに言った。


「こちらが剣を返そうとする場所へ、すでに刀が置かれている」


「お前の剣もな」

 祖父は楽しそうに笑っていた。


「受けた後に返しているのではない。私が振る前から、返す場所を決めている」


「それでも、一太刀も届いておりません」


「届かせないために、こちらも振っているのでな」


 二人が再び構える。

 ブラノールが剣を正面へ立てる。

 祖父は刀を腰の高さまで下げた。

 高く構えるブラノールと、低く構える祖父。

 二つの切っ先の間に、目には見えない線が幾つも張り巡らされているようだった。


 ブラノールが一歩進む。

 祖父が半歩下がる。

 剣の角度が変わる。

 祖父が右へ動こうとする前に、ブラノールの切っ先がその場所を塞ぐ。

 祖父が左へ動く。

 ブラノールも位置を変える。


 どちらかが一歩進めば、もう一方も一歩動く。

 相手の正面から外れようとすれば、その先へ切っ先が向けられる。

 足を止めれば、今度は距離を詰められる。

 まるで盤上で、互いの駒を一つずつ進めているようだった。


『戦っているというより、一手ずつ駒を置いているみたいね』


「置いているだけじゃない」


 ブラノールの切っ先が、祖父の右肩へ向く。

 祖父が左足を引く。

 その動きを見て、ブラノールが半歩前へ出た。


「刃を動かすたび、相手が選べる次の手を減らしている」


 祖父が前へ出れば、ブラノールの剣が届く。

 右へ動けば、切っ先の正面へ入る。

 左へ動けば、ブラノールの踏み込みで追いつかれる。

 祖父に残された道は、後ろだけだった。

 祖父が一歩下がる。

 ブラノールが同じだけ進む。


「祖父上が、押されているのですか?」


 俺の問いに、父はすぐには答えなかった。

 二人の足元と、互いの切っ先を見比べている。


「ブラノール殿が前へ出るたび、父上が退いている。それは間違いない」


「では――」


「だが、父上はまだブラノール殿の剣を見ている」


「見ている?」


「勝つための構えではない」

 父の目が細くなる。


「相手が何をするのか、どこまで剣を置けるのか。それを確かめている」


 祖父は退きながらも、ブラノールの目と剣から視線を外していない。

 追い詰められている者の顔ではなかった。

 新しい技を教わるときのように、相手の動きを楽しそうに見ている。

 それでも、ブラノールの剣が甘いわけではない。

 一手でも間違えれば、本当に祖父へ届く。


 ブラノールが、さらに一歩進んだ。

 祖父の背後には、先ほど剣気で刻まれた斬痕がある。

 足を取られるほど深くはない。

 それでも、踏み込む際には僅かな乱れが生じる。

 ブラノールも、それを見ている。

 祖父の退路が狭まっていた。

 ブラノールが剣を振る。

 祖父の肩を狙った袈裟斬り。

 祖父は刀を斜めに立てて受けた。

 剣と刀が触れ合う。

 ブラノールが力を加えるより早く、祖父は刀を傾けた。


 剣が外へ滑る。

 そのまま祖父が横へ抜けようとする。

 だが、ブラノールの剣は途中で止まっていた。

 流された勢いへ逆らわず、剣の軌道を横薙ぎへ変える。

 祖父が進もうとした場所を、剣が先に通った。

 祖父の足が止まる。


 その一瞬。

 ブラノールの剣気が、祖父の袖口をかすめた。

 布が細く裂ける。

 切り落とされた袖の端が、地面へ落ちた。

 ブラノールの剣は、祖父の身体には触れていない。

 それでも、初めて祖父から何かを奪った。


「取られたな」


 祖父が、自分の袖へ目を向ける。

 表情に悔しさはない。

 むしろ、嬉しそうに笑っていた。


「ようやく一つです」

 ブラノールも微笑む。


「ですが、次は袖だけでは済ませられないでしょう」


「そうでなければ、手合わせを頼んだ甲斐がない」


 二人が再び離れる。

 ブラノールの後ろで、付き添いの騎士たちが息を呑んでいた。

 王国騎士団長が、祖父を押している。


 そう見える。

 実際、祖父の袖は斬られた。

 ブラノールはまだ衣服すら乱れていない。

 それでも、胸の奥へ妙な違和感が残った。

 祖父は先ほどまで、後ろへしか下がれなかった。

 そのはずなのに、今はブラノールの右側へ立っている。

 袖を取られた代わりに、位置を変えていた。


「父上」


「ああ」


 母も気づいたらしい。


「お義父様は、避けられなかったのかしら?」


「いや。避けるだけなら、できたはずだ」

 父が答える。


「だが、避ければブラノール殿は別の手を選ぶ。袖を差し出すことで、次の一手を絞った」


「それでも、あそこまで正確に袖を取れる剣でなければ、使えない手ね」


「ああ。父上に一つ捨てさせた。それだけでも、ブラノール殿が並の剣士ではないことは分かる」


 ブラノールが剣を正面へ戻す。

 祖父の切っ先も静かに下がる。

 二人の間へ、再び沈黙が落ちた。

 そのとき、ブラノールの眼帯の奥で、魔力が脈打った。


 目に見える光はない。

 だが、眼帯の下から向けられる圧力が変わった。

 覆われているはずの目が、祖父の呼吸や魔力、気の流れまで見通しているように感じる。

 ブラノールの剣へ、さらに濃い魔力と気が巡っていく。

 外へは漏れない。

 剣の周囲に光も生まれない。

 ただ、刀身の輪郭だけが先ほどまでより鋭く見えた。

 祖父がブラノールの眼帯へ視線を向ける。


「なるほど」

 小さく呟く。


 祖父は模擬刀を握り直した。

 それまで片手を添えるだけだった柄を、両手で握る。

 下げられていた切っ先が静かに上がり、ブラノールの正面へ向けられた。

 構えとしては、何の変哲もない。

 魔力も気も、外へは一切漏れていない。

 それでも、祖父が構えた瞬間、二人の間に張られていた無数の線がすべて消えたように感じた。


 違う。

 消えたのではない。

 祖父の刀へ、すべて集められたのだ。


「ここからだ」

 父の声が低くなる。


「何がですか?」


「父上が、初めて勝ちにいく」


 祖父の目から、相手の剣を楽しむ色が消えていた。

 代わりにあるのは、ただ静かな意志。

 ブラノールも変化を感じ取っている。

 剣を構えたまま、呼吸を一つ整えた。


「ようやく、こちらを向いていただけましたか」


「待たせたな」


「いいえ」

 ブラノールの口元へ笑みが浮かぶ。


「その構えを見たくて、ここまで来たのです」


 ブラノールが前へ出た。

 先ほどまでと同じ、音のない踏み込み。

 だが、速さも鋭さも比較にならない。

 剣が真っ直ぐに祖父の胸へ向かう。

 祖父は退かなかった。

 半歩だけ前へ出る。

 ブラノールの剣が届くより先に、祖父の刀がその内側へ入った。


 剣と刀が触れ合う。

 澄んだ音。

 ブラノールの切っ先が、祖父の胸から僅かに外れる。

 祖父は力で弾いていない。

 ブラノールの剣が最も弱くなる一点へ刀を重ね、自ら進む力で軌道を変えた。

 ブラノールが手首を返す。

 外れた剣を、そのまま斬り上げへ変える。


 祖父の刀が剣の腹を滑った。

 切っ先が、ブラノールの手元へ向かう。

 ブラノールが右足を引く。

 祖父の左足が、引かれるより先にその場所へ入った。


「中央を……」


 ブラノールが取っていた場所に、祖父が立っている。

 たった一度、剣と刀を合わせただけだった。

 それだけで、盤面の中央が祖父へ移っていた。

 ブラノールは体勢を崩していない。

 すぐに剣を正面へ戻す。

 だが、祖父の切っ先はすでにブラノールの右肩へ向けられている。

 右へは動けない。

 祖父の足が、ブラノールの左側へ僅かに向く。

 左へ動けば、先に回り込まれる。

 ブラノールが後ろへ一歩下がる。

 祖父は追わない。

 刀の角度を僅かに変えただけだった。

 それでも、ブラノールが次に踏み込もうとした足が止まる。


『さっきまでと、逆になったわ』


「ああ」


 先ほどまで、ブラノールは一手ごとに祖父の道を奪っていた。

 今は祖父が、一つ動くだけでブラノールの道を二つ、三つと消している。

 使っている力が増えたわけではない。

 速さも大きく変わっていない。

 ただ、置かれる刀の位置が違う。

 祖父の一手が、ブラノールの何手も先へ置かれていた。


 ブラノールの眼帯の奥で、魔力がさらに強く脈打つ。

 剣を両手で握り、腰を落とす。

 正面。右。左。

 祖父の刀が塞いでいる場所を見極め、残された一本の道へ踏み込む。

 剣が横薙ぎに振られた。

 祖父の胴を狙う、流麗な一閃。

 祖父は刀を立てる。

 剣と刀が重なる。

 小さな音が響いた。

 直後、ブラノールの剣気が祖父の背後へ抜ける。


 大地が斬り裂かれた。

 深い斬痕が、演武場の端まで走る。

 それでも、祖父は一歩も動いていない。

 ブラノールが剣を引く。

 祖父の刀が追う。

 剣を戻す場所へ、すでに切っ先が置かれていた。

 ブラノールは剣を戻せない。

 そのまま身体を回し、逆方向から祖父の肩へ斬り込む。


 祖父が刀を寝かせる。

 二つの武器が滑るように触れ合った。

 祖父の刀が、ブラノールの剣を下へ導く。

 ブラノールは逆らわない。

 沈んだ剣を足元から斬り上げ、祖父の顎へ向ける。

 祖父の刀が、小さな円を描いた。

 ブラノールの剣が円の外へ流れる。


 祖父が一歩進む。

 ブラノールは下がる。


 一歩。

 もう一歩。

 先ほどまで祖父を追っていたブラノールが、今は祖父の刀に導かれるように後退している。

 祖父は攻め立てていない。

 刀も大きく振っていない。

 それでも、ブラノールは立つ場所を一つずつ奪われていた。


「団長が……」

 付き添いの騎士の一人が、息を呑む。


「何もできていないわけではない」

 父が静かに言った。


「ブラノール殿は、残された道を正確に選んでいる。普通なら、父上の刀を受けながら三手も耐えられん」


「三手……」


「だが、父上はそのすべてを見たうえで、次の場所へ刀を置いている」


 ブラノールが足を止める。

 背後には、剣気によって刻まれた斬痕がある。

 その左右も、祖父の切っ先と足の向きに塞がれていた。

 残された道は正面だけ。

 ブラノールは笑った。


「見事です」


 剣を上段へ構える。


「ですが、残してくださった道があるのなら、進むしかありません」


「来い」


 ブラノールが地面を蹴る。

 土は砕けない。

 足音もない。

 ただ、その姿だけが一息で祖父の前へ現れた。

 上段から剣が振り下ろされる。

 真っ直ぐで、重さを感じさせないほど流麗な斬撃。

 その剣に込められた魔力と気は、これまでで最も濃い。


 祖父が模擬刀を振る。

 何の技もない、ただの斬り上げ。

 剣と刀が交差した。

 耳を澄まさなければ聞き逃すほど、小さな音が響く。


 次の瞬間、空気が細かく斬り裂かれた。

 周囲を舞っていた葉が一斉に分かれ、細かな断片となって降り注ぐ。

 ブラノールの剣気が、祖父の後方へ抜けた。

 大地へ太い斬痕が刻まれる。

 演武場の端まで走り、そこで止まった。


 祖父の剣気も、ブラノールの背後へ抜ける。

 初めは、何も起きなかった。

 一拍遅れて、地面へ髪の毛ほど細い線が浮かぶ。

 その線が、音もなく開いた。

 斬痕は演武場を越え、その先にある岩まで真っ直ぐに伸びている。

 岩の上半分が、僅かにずれた。

 滑らかな断面を見せながら地面へ落ちる。


 重い音が、遅れて響いた。

 同じように魔力と気を込めた一撃。

 同じように、刃のない模擬武器から放たれた剣気。

 だが、届いた距離も、斬った深さも違っていた。

 何より、祖父の剣気は細い線から少しも外れていない。


 ブラノールの目が、僅かに見開かれる。

 それでも剣を止めない。

 交差した剣を返し、祖父の胸へ突き出す。

 祖父は刀を下げた。

 一見すれば、ブラノールの剣の方が先に届く。

 切っ先と祖父の胸の間には、手のひら一枚ほどの距離しかない。


 だが、ブラノールの剣は止まった。

 祖父の刀は低く下げられている。

 その切っ先は、ブラノールの剣を握る手首の内側へ向いていた。

 このまま剣を押し込めば、祖父の刀が下から上がる。

 剣を引けば、祖父が一歩踏み込む。

 右へ動けば手首を取られ、左へ動けば刀の間合いへ入る。

 後ろには先ほど自分が踏み越えた斬痕がある。

 足場を変える僅かな時間さえ、祖父は与えていない。

 ブラノールの剣は、祖父へ迫っている。

 しかし、その先へ進む一手が残されていなかった。


 長い沈黙が落ちる。

 ブラノールの目が、自分の剣から祖父の刀へ移る。

 次に祖父の足元。

 最後に、周囲へ刻まれた斬痕を見る。


「……参りました」

 ブラノールが静かに告げる。


 祖父の刀が下がる。

 ブラノールも剣を引き、構えを解いた。


「そこまで!」

 父の声が響く。


「勝者、ラウル・クレハルト」


 張り詰めていた空気が緩む。

 付き添いの騎士の一人が、信じられないものを見るようにブラノールを見つめていた。


「団長が……」


「勝敗だけを見るな」

 ブラノールが振り返らずに言う。


「私が何を奪われ、どこで動けなくなったのかを見ておけ」


「は、はい!」


 ブラノールが剣を下ろし、深く息を吐く。

 その顔には悔しさよりも、長年求めていた答えを得た者のような満足が浮かんでいた。


「私は、ラウル殿に勝つために全力で剣を振っていました」

 ブラノールが祖父を見る。


「ですが、あなたは最後まで、私の剣を見定めていた」


「途中からは、私も勝ちにいったぞ」


「ええ」

 ブラノールが苦笑する。


「眼帯の奥まで使った後、最後の数手だけでしょう」


 祖父は何も答えない。

 否定しないことが、そのまま答えになっていた。

 ブラノールの視線が、大地へ刻まれた二つの斬痕へ向く。

 自分の剣気が残した、太く深い斬痕。

 その隣には、演武場の外にある岩まで断った、祖父の細い斬痕が伸びている。


「王国に刀仙あり――」

 ブラノールが静かに口にする。


「長く聞いてきた言葉ですが、噂はむしろ控えめだったようですね」

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