第10話 冒険者ギルド
ベルグラードの朝は早い。
商人たちの呼び声。
荷馬車の音。
露店から漂う焼きたてのパンの香り。
街が目覚め始めている。
その中心部に、一際大きな建物があった。
冒険者ギルド。
石造りの二階建て。
大きな看板には剣と盾の紋章が刻まれている。
レグルスは建物を見上げた。
「ついに来たな」
幼い頃から憧れていた場所だった。
強者たちが集う場所。
世界へ繋がる入口。
そして。
自分が強くなるための第一歩。
「緊張してるの?」
腰のセレスが笑う。
「少しだけな」
「意外ね」
「うるさい」
深呼吸を一つ。
レグルスは扉を押し開けた。
ギィッ。
木製の扉が開く。
中から賑やかな声が溢れてきた。
依頼について話す冒険者。
酒を飲む男たち。
受付に並ぶ人々。
朝だというのに活気がある。
「思ったより人が多いわね」
セレスが言う。
「これでも地方都市だぞ」
確かに王都ほどではない。
それでもレグルスにとっては十分な人数だった。
視線を向ける。
受付には二人の女性が座っていた。
一人は茶色の髪を肩まで伸ばした優しそうな女性。
もう一人は黒髪をきっちりまとめた少し冷たい印象の女性だった。
「どっちに行くの?」
「聞くまでもないだろ」
レグルスは優しそうな受付へ向かった。
当然である。
「おはようございます」
女性が笑顔を向ける。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録をお願いします」
その言葉に受付嬢は目を丸くした。
「登録ですね。かしこまりました」
柔らかな笑顔。
少しだけ緊張が解ける。
「お名前をお願いします」
「レグルス・クレハルトです」
「クレハルト家の方ですか?」
「はい」
その瞬間。
周囲の冒険者たちが少し反応した。
クレハルト家。
辺境ではそれなりに知られた家名だ。
代々冒険者や騎士を輩出している。
姉は天才、兄も有望株。
だが。
レグルス自身は違う。
「レグルス……?」
「確か末っ子だったか?」
「剣の才能は普通って聞いたぞ」
小声が聞こえる。
レグルスは慣れていた。
昔からそうだった。
兄と姉が優秀すぎた。
比較されることにも慣れている。
だが。
今は以前ほど気にならない。
地下遺跡を生き抜いた、ゴブリンとも戦った。
以前の自分とは違う。
「では登録試験を行います」
受付嬢が言った。
ベルグラードのギルドでは新人登録時に最低限の確認を行う。
実力不足のまま魔物討伐へ向かえば死ぬからだ。
「裏庭の訓練場へお願いします」
案内される。
そこには木人形が並んでいた。
冒険者たちも興味深そうに集まってくる。
「新人か」
「クレハルト家の末っ子らしいぞ」
「へぇ」
視線が集まる。
レグルスは木刀を受け取った。
そして木人の前へ立つ。
『基本行為:切る』
ステータス板が脳裏に浮かぶ。
誰にも見えない表示。
契約者だけの世界。
レグルスは静かに息を吐いた。
構える。
毎日続けてきた構え、身体が自然と整う。
重心。
足運び。
握り。
呼吸。
全てが噛み合う。
「始め!」
声が響く。
レグルスは踏み込んだ。
木刀が走る。
乾いた音。
木人の胸部へ正確な一撃が決まった。
周囲が静まる。
「今の……」
「綺麗だったな」
冒険者の一人が呟く。
派手さはない。
だが無駄もない。
長年鍛えた者だけが持つ剣筋だった。
レグルス自身も驚いていた。
以前ならここまで綺麗には振れなかった。
『身体最適化』
『基本行為補正』
システムの声が響く。
レグルスは小さく笑った。
なるほど。
こういうことか。
受付嬢は書類へ何かを書き込む。
そして微笑んだ。
「合格です」
「おめでとうございます、レグルスさん」
その言葉と同時に一枚のカードが差し出された。
銅色の冒険者証。
ランクはF、最下位。
だが。
レグルスにとっては違う、これは始まりだ。
ようやく立てたスタートライン。
カードを受け取る。
少しだけ重い。
だが心地良い重さだった。
その時。
掲示板の一角に貼られた依頼書が目に入る。
薬草採取、荷物運搬、害獣駆除。
そして――
『森のゴブリン討伐』
その文字を見た瞬間。
レグルスの目が止まった。
地下遺跡で戦った相手。
自分が初めて命を懸けて斬った魔物。
「面白そうな顔をしているわね」
セレスが笑う。
レグルスも口元を緩めた。
冒険者になった。
なら次は決まっている。
初依頼だ。
そしてその先には、もっと強い敵が待っている。
レグルスはまだ知らない。
この小さな依頼が、彼の基本行為【切る】をさらに成長させることを。




