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死んだ人に手紙を送れる郵便局の話  作者: ハル


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ある手紙の物語(後編)

番外編 ある手紙の物語(後編)


雨はすっかり止んでいた。


窓の外では、街灯の光が濡れた道路を照らしている。

郵便局の中には、静かな夜の空気が流れていた。


女性は、まだカウンターの前に座っていた。


「不思議ですね」


ぽつりとつぶやく。


「ここに来てから、胸の奥が少しだけ軽くなった気がします」


私は静かにうなずいた。


「それはきっと、手紙を書いたからですよ」


女性は少し笑う。


「そうかもしれませんね」


そのとき、少年が小さく息を吐いた。


「……うん」


私は少年を見る。


「どうしたの?」


少年はカウンターに肘をついて、少し考えるように言った。


「結衣ちゃんさ」


「すごく元気だった」


私は微笑む。


「そうなんだ」


少年は続ける。


「天国ってさ、思ってるより普通なんだよ」


「公園もあるし」


「学校みたいなところもある」


私はくすっと笑った。


「それは初めて聞いた」


少年は肩をすくめる。


「ほんとだよ」


少しだけ間を置いて、言った。


「結衣ちゃん、友達と遊んでた」


私はふと女性を見る。


女性は湯のみを持ったまま、静かに目を閉じていた。


まるで何かを感じ取っているようだった。


「ねえ」


少年が私に聞く。


「伝えていい?」


私は少し考えてから答えた。


「全部はだめ」


「でも」


「少しくらいなら」


少年はうなずいた。


それから、女性のほうを見た。


「ねえ」


女性が顔を上げる。


もちろん、少年の姿は見えていない。


でもなぜか、女性は少年の声のほうを見た。


「どうしました?」


少年は静かに言う。


「さっきの手紙」


「ちゃんと届きました」


女性は驚いた顔をした。


「え?」


少年は続ける。


「娘さん、笑ってました」


その言葉を聞いた瞬間、女性の目に涙が浮かんだ。


「……本当に?」


少年はうなずく。


「うん」


「あとね」


少しだけ照れくさそうに笑う。


「ママ、まだ泣いてるの?って」


女性は涙を流しながら笑った。


「そっか」


「見られてたんですね」


しばらく、静かな時間が流れた。


女性はハンカチで目を拭く。


そして言った。


「実は」


「まだ一つだけ、後悔があるんです」


私は顔を上げた。


女性は続ける。


「事故の日」


「朝、結衣と少しだけ喧嘩をしたんです」


声はとても静かだった。


「くだらないことで」


「保育園に行きたくないって言って」


「私が怒ってしまって」


女性の手が震える。


「“わがまま言わないの!”って」


「強く言ってしまって」


目を閉じる。


「そのまま……」


「謝れませんでした」


郵便局の中の空気が静かになる。


少年は小さくつぶやいた。


「……あー」


私は少年を見る。


少年は苦笑いしていた。


「それ、結衣ちゃん言ってた」


女性が顔を上げる。


「え?」


少年は言う。


「全然気にしてないって」


女性の目が大きく開く。


少年は続ける。


「だってさ」


「ママいつも優しかったもんって」


女性の涙がこぼれた。


「ほんとに……?」


少年はうなずく。


「あとね」


少しだけ笑った。


「ママの作るオムライス、また食べたいって」


女性は思わず笑った。


涙を流しながら笑う。


「好きだったんです」


「オムライス」


「ケチャップでハートを描くと喜んで」


少年は嬉しそうに言った。


「うん、覚えてたよ」


女性は深く息を吸う。


そして言った。


「ありがとうございます」


その言葉は、少年ではなく、この場所に向けられているようだった。


「十年間」


「ずっと胸の中に石みたいなものがあったんです」


「でも」


「少しだけ軽くなりました」


女性は立ち上がる。


コートを手に取る。


「そろそろ帰ります」


私はうなずいた。


「はい」


女性はドアの前で立ち止まる。


振り返って言った。


「もし」


「また手紙を書いたら」


「ここに送ってもいいですか?」


私は笑った。


「もちろんです」


女性は深くお辞儀をする。


「本当にありがとうございました」


ドアが開く。


夜の空気が入り込む。


そして女性は、静かな街へと歩いていった。


鈴が、カランと鳴る。


ドアが閉まる。


郵便局の中に、再び静けさが戻った。


少年は椅子に座りながら言った。


「いい手紙だったね」


私はうなずく。


「そうだね」


少年は天井を見上げる。


「結衣ちゃん、最後に言ってた」


私は聞く。


「なんて?」


少年は少しだけ笑った。


「ママにありがとうって」


郵便局の窓の外で、雲の隙間から月が見えた。


少年は立ち上がる。


「ねえ」


「この郵便局さ」


私は答える。


「なに?」


少年は言う。


「なくならないよね」


私は少し考えてから答えた。


「きっと大丈夫」


少年は安心したように笑う。


「よかった」


そして、カウンターの上を見る。


そこには、女性が置いていった小さな紙があった。


娘の手紙。


『まま

おしごとがんばってね

ゆいより』


少年はそれを見て、小さくつぶやく。


「ちゃんと届いてるよ」


夜の郵便局には、

まだたくさんの手紙が届く。


言えなかった言葉。


伝えたかった想い。


そしてきっと、これからも――


誰かの手紙が、天国へ向かっていく。

【番外編 あとがき】


番外編を読んでいただき、本当にありがとうございます。


この物語では、

「十年間書けなかった手紙」というテーマを描きました。


大切な人を失ったとき、

時間が経てば気持ちは整理されると言われることがあります。


けれど本当は、

時間が経っても消えない想いもあります。


むしろ、時間が経ったからこそ

やっと言葉にできる想いもあるのかもしれません。


この郵便局には、

これからもたくさんの手紙が届きます。


それぞれの手紙には、

それぞれの人生と、

それぞれの「伝えたかった言葉」があります。


また別の手紙の物語で、

お会いできたら嬉しいです。

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