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死んだ人に手紙を送れる郵便局の話  作者: ハル


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第七話 四十九日の終わり

【前書き】


第7話「四十九日の終わり」を読んでいただきありがとうございます。


この物語の中で、手紙を送ることができるのは「亡くなってから四十九日まで」という決まりがあります。

それは残された人にとって、想いを伝えられる最後の時間でもあります。


今回のお話は、その「最後の日」に訪れた一通の手紙の物語です。

大切な人を想う気持ちは、言葉にするのがとても難しいものだと思います。

だからこそ、手紙という形で残された想いには、特別な重さがあるのかもしれません。


静かな雨の中で届けられる、最後の手紙。

少しでも皆さんの心に残るお話になれば嬉しいです。

 その日は、朝から空が低かった。

 雲は厚く、今にも雨が降りそうな色をしている。


 郵便局の中は静かだった。


 古い木の机。

 窓から差し込む、薄い光。


 少年は今日も、いつもの席に座っていた。


 机の上には、いくつかの手紙が並んでいる。


 誰かが誰かを想って書いた手紙。


 この場所には、そんな手紙が集まる。


 郵便局員の女性は、窓の外を見ていた。


「……今日は、少ないね」


 彼女がぽつりと言う。


 少年は小さくうなずいた。


「そうですね」


 それだけだった。


 この郵便局では、無理に言葉を探す必要はない。


 沈黙もまた、ここでは自然なものだった。


 


 しばらくして、扉の鈴が鳴った。


 からん、と静かな音。


 少年と女性は同時に顔を上げる。


 入口に立っていたのは、ひとりの男性だった。


 四十代くらいだろうか。

 少し疲れた顔をしている。


 男性はゆっくりと中に入ってきた。


「……ここで、手紙を送れると聞いて」


 女性が優しくうなずく。


「はい。どなた宛てでしょうか」


 男性は少し迷うようにしてから言った。


「妻です」


 その言葉だけで、空気が少しだけ変わる。


 女性は静かに尋ねる。


「亡くなられてから、どれくらいですか?」


 男性は視線を落とした。


「……今日で、四十九日です」


 少年はその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せた。


 この郵便局のルール。


 手紙は――

 亡くなってから四十九日までしか送れない。


 つまり。


 今日が、最後だった。


 


 男性はポケットから封筒を取り出した。


 少しだけ、しわになっている。


「ずっと書けなかったんです」


 男性は苦笑した。


「書こうと思うたびに……言葉が出なくて」


 机の上に封筒を置く。


「でも、今日が最後だって聞いて」


 男性はゆっくり言った。


「ようやく書けました」


 


 少年はその手紙を受け取る。


 封筒は少し重かった。


 中に入っているのは、手紙だけではない。


「これは?」


 少年が聞くと、男性は答えた。


「指輪です」


 少年は少し驚いた顔をする。


 男性は苦笑した。


「若い頃に買ったんです」


「高いものじゃないけど……」


「妻は、ずっと大事にしてくれていました」


 男性は静かに続ける。


「亡くなったあと、指から外したんです」


「……一緒に送ってやりたくて」


 


 女性が静かに言った。


「大切な品ですね」


 男性はうなずいた。


「はい」


 


 少年は封筒を見つめた。


 四十九日。


 この手紙は、送ることができる。


 でも――


 今日が最後。


 


 少年は静かに言う。


「お預かりします」


 


 男性は少し安心したように息を吐いた。


「……ありがとうございます」


 


 しばらくして、男性は帰っていった。


 扉の鈴が、もう一度鳴る。


 郵便局の中は、また静かになった。


 


 女性がぽつりと言う。


「間に合ったね」


 


 少年はうなずいた。


「そうだね」


 


 机の上の封筒を見つめる。


 この手紙は、今日届けなければならない。


 四十九日が終わる前に。


 


 外では、ついに雨が降り始めていた。


 静かな雨。


 

少年は封筒を大切そうに持つ。


 そして立ち上がった。


 


 女性が言う。


「行くの?」


 


 少年はうなずく。


「行くよ、届けなきゃね」


 


 女性は少しだけ微笑んだ。


「気をつけて」


 


 少年は帽子を軽く押さえる。


「行ってきます」


 


 扉を開ける。


 雨の匂いが広がる。


 


 少年は一歩、外に出た。


 


 空は暗い。


 でも。


 少年はまっすぐ前を見ていた。


 


 四十九日が終わる前に。


 この手紙を届けるために。


 


 それが、彼の仕事だった。


 


 そして。


 それが終わるとき――


 この郵便局の物語も、少しずつ動き始める。

雨は、静かに降り続いていた。


 強い雨ではない。

 けれど、空は重く、街全体が少しだけ沈んでいるように見える。


 少年は傘をささずに歩いていた。


 郵便局から少し離れた道。

 濡れたアスファルトに、街灯の光がぼんやりと映っている。


 手の中には、あの封筒。


 中には、手紙と指輪。


 少年はそれを大事そうに胸元に抱えていた。


 


 しばらく歩くと、少年は小さな橋の前で立ち止まった。


 橋の下を流れる川は、雨で少しだけ水かさが増えている。


 少年は空を見上げた。


 雲は厚い。


 もうすぐ夜になる。


 


 四十九日。


 それは、人がこの世にいられる最後の時間だと言われている。


 この郵便局の手紙も、同じだった。


 四十九日を過ぎれば、もう届かない。


 


 少年は橋を渡り、少しだけ奥まった道へと進む。


 そこには小さな公園があった。


 昼間は子どもたちが遊ぶ場所。


 けれど今は、誰もいない。


 雨音だけが響いている。


 


 少年は公園のベンチの前で立ち止まった。


 ゆっくりと封筒を取り出す。


 


「……奥さんへ」


 


 小さくつぶやく。


 


 少年は目を閉じた。


 


 すると。


 ほんの一瞬だけ、風が吹いた。


 雨の中なのに、どこか暖かい風だった。


 


 少年は静かに言葉を続ける。


 


「あなたのご主人からです」


 


 その声は、誰かに聞かせるようで、

 でも、とても優しかった。


 


 少年は封筒を開き、手紙を取り出す。


 中には、少し震えた文字が並んでいた。


 


 少年は、ゆっくりと読み始める。


 


「……久しぶりだな」


 


 静かな声。


 


「手紙なんて、若い頃以来かもしれない」


 


 雨音の中に、言葉が溶けていく。


 


「本当は、もっと早く書くつもりだった」


「でも、書けなかった」


 


 少年の声は穏やかだった。


 


「君がいない家が、まだ信じられなくて」


 


 公園は静かだった。


 


 けれど。


 少年は、そこに誰かがいるように話し続ける。


 


「君がいなくなってから、料理が全然うまくできない」


「味噌汁も、同じ味にならない」


 


 少年の声が少しだけ優しくなる。


 


「君はいつも、笑ってたよな」


 


 雨が少し強くなった。


 


「俺が不器用でも」


「怒らないで」


「ただ笑ってた」


 


 少年は少しだけ間を置く。


 


 そして、最後の文章を読む。


 


「ありがとう」


 


 その一言だけだった。


 


 少年は手紙を閉じる。


 


 すると。


 


 雨の中で、ほんの一瞬だけ。


 


 誰かが微笑んだような気がした。


 


 少年は静かにポケットから指輪を取り出す。


 


「これも、預かっています」


 


 小さな声。


 


 そして、そっとベンチの上に置いた。


 


 風がまた、少しだけ吹いた。


 


 指輪はそのまま、静かに光っている。


 


 少年は少しだけ微笑んだ。


 


「届きました」


 


 その言葉だけだった。


 


 雨は、いつの間にか弱くなっていた。


 


 少年はベンチをもう一度見てから、ゆっくりと歩き出す。



 郵便局に戻る道。


 


 四十九日が終わる。


 

 今日が過ぎれば、この手紙も、もう送れない。


 

 けれど。


 少年は知っていた。


 

 手紙は、時々。



 ちゃんと届く。



 たとえ、もう会えない人でも。


 

 想いがある限り。


「四十九日を過ぎても、また俺は届けてちゃうんだろうな」


「ルールを破って」

 

 その夜。


 

 郵便局の窓には、いつもより少し長く灯りがついていた。


 

 そして。

 


 少年は、机の上にある

 一通の手紙に気づく。


 

 差出人の名前は、書かれていない。


 

 宛先は――


 

 「配達の少年へ」


 

 少年は、少しだけ目を見開いた。


 

 それが。


 

彼自身に届いた、郵便局ができて以来の最初の手紙だった。

【あとがき】


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


第7話では「四十九日」という、この物語の大きなルールのひとつを改めて描いてみました。

大切な人に想いを伝えられる時間には限りがあります。

だからこそ、人はその最後の言葉を探し続けるのかもしれません。


そして物語の最後には、少年宛ての手紙が登場しました。

これまで誰かの手紙を届けてきた少年ですが、これから少しずつ「彼自身の物語」も動き始めます。


次回、第8話は「少年宛の手紙」。

この物語の中でも、少し大きな意味を持つ回になる予定です。


よろしければ、これからも見守っていただけると嬉しいです。

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