表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだ人に手紙を送れる郵便局の話  作者: ハル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

ある手紙の物語(中編)

番外編 ある手紙の物語(中編)


少年が消えたあと、郵便局の中はしばらく静まり返っていた。


雨の音だけが、窓をやさしく叩いている。


女性は、まだ窓口の前に立っていた。


「……今の子は?」


少し不思議そうに聞く。


私はいつものように答える。


「配達員です」


女性は小さくうなずいた。


それ以上は何も聞かなかった。


ここに来る人は、だいたいどこかで分かっている。

普通ではない場所だということを。


私は女性に温かいお茶を出した。


女性は両手で湯のみを包み込むように持つ。


「ありがとうございます」


しばらくしてから、ぽつりと話し始めた。


「娘の名前は、ゆいって言うんです」


やさしい声だった。


「結ぶって書いて、結衣」


私はその名前を心の中で繰り返した。


結衣。


女性は窓の外を見ながら続ける。


「小さいころから、よく笑う子でした」


「転んでもすぐ笑うんです」


少しだけ笑う。


「泣くより笑うほうが多い子でした」


郵便局の時計が、コツンと小さく音を立てる。


女性はゆっくりと言葉を選ぶように話していた。


「事故の日も……」


その言葉で、空気が少しだけ変わる。


女性は続ける。


「私は仕事で、帰りが遅くて」


「保育園のお迎えを、祖母に頼んでいました」


雨が少し強くなった。


女性の声は落ち着いている。


けれど、その奥にあるものは簡単には消えない。


「帰り道で」


「車に……」


そこで言葉が止まった。


女性は湯のみを強く握る。


「もし」


「もし私が迎えに行っていたら」


私は静かに首を振った。


「そう思うのは自然です」


女性は小さく笑った。


「十年間、毎日思いました」


その言葉は、とても静かだった。


「私のせいだったんじゃないかって」


窓の外では、雨が街灯に照らされている。


女性は言う。


「娘の部屋は、まだそのままなんです」


私は少し驚いた。


「ぬいぐるみも」


「絵本も」


「ランドセルも」


女性は笑う。


「七歳のまま」


その言葉に、胸が少し締めつけられる。


「時間が止まったみたいで」


女性は続けた。


「でも今日」


「部屋を掃除していたら」


バッグから、もう一枚の紙を取り出した。


それは小さなメモだった。


子供の字で書かれている。


私はそれを見る。


そこには、たどたどしい文字でこう書かれていた。


『ままへ』


女性は言う。


「娘が書いた手紙でした」


私はそっと紙を受け取る。


短い手紙だった。


『まま

おしごとがんばってね

ゆいより』


文字は少し曲がっている。


でも一生懸命書いたのが分かる。


女性は笑った。


「これを見たら」


「やっと書けたんです」


「私も」


「娘に手紙を」


そのときだった。


郵便局の奥で、ふっと空気が揺れる。


少年が戻ってきた。


髪から水滴が落ちている。


まるで本当に雨の中を歩いてきたみたいだった。


「おかえり」


私が言う。


少年はゆっくりうなずいた。


「……うん」


女性には見えていない。


少年はカウンターに封筒を置く。


その表情は、いつもより少しだけ静かだった。


「会えたの?」


私が聞く。


少年は少しだけ笑った。


「うん」


「ちゃんと届いたよ」


私はほっと息をつく。


少年は続けた。


「結衣ちゃん、言ってた」


私は思わず聞く。


「なんて?」


少年は窓の外を見た。


雨はもう、弱くなっている。


そして、静かに言った。


「ママに伝えてって」


「ちゃんと聞こえてるよって」


その言葉を聞いた瞬間、


女性がふっと顔を上げた。


まるで何かを感じたように。


「……あれ?」


女性は小さく言う。


「今」


胸に手を当てた。


「なんだか」


少し涙ぐみながら笑う。


「結衣が近くにいる気がしました」


少年は小さくつぶやいた。


「いるよ」


「ずっと」


郵便局の外では、雨が止み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ