第六話 父に言えなかった言葉
【第六話 前書き】
第六話を読んでいただきありがとうございます。
今回の物語は「父に言えなかった言葉」です。
家族だからこそ、素直に言えない言葉があるのかもしれません。
伝えられなかった想いは、本当に届かないままなのでしょうか。
そんなことを考えながら書いたお話です。
それでは、第六話をお楽しみください。
第六話 父に言えなかった言葉
その日、郵便局に来たのは高校生くらいの男の子だった。
制服を着ている。
けれどネクタイは少し曲がっていて、髪も整っていない。
扉を開けるとき、男の子は少しだけためらっていた。
カラン、と鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ」
私が声をかけると、男の子は小さく会釈をした。
そして窓口の前まで歩いてくる。
「あの……」
男の子はポケットから封筒を取り出した。
「ここって」
少し言いづらそうに言う。
「天国に手紙を送れるんですよね」
その言葉を聞いて、私は視線を横に向ける。
壁の近くに、少年が立っていた。
いつものように静かな顔でこちらを見ている。
私は男の子にうなずいた。
「はい」
「宛先はどなたですか?」
男の子は少しだけ下を向いた。
「父です」
それだけ言うと、黙ってしまった。
私は封筒を受け取る。
宛名にはこう書かれていた。
『天国のお父さんへ』
男の子はゆっくり話し始める。
「父……去年、病気で死んだんです」
声は落ち着いているが、どこか固い。
「ずっと入院してて」
「俺、あんまり病院行かなかったんです」
男の子は拳を握る。
「なんか……」
「気まずくて」
私は静かに聞いていた。
男の子は続ける。
「最後に会ったときも」
「ちゃんと話さなかった」
郵便局の中に静かな空気が流れる。
男の子は言った。
「父、最後に“頑張れよ”って言ったんです」
「でも俺……」
男の子の声が少し震えた。
「何も返事しなかった」
封筒を見つめる。
「だから……」
「今さらですけど」
「言いたくて」
そのとき、少年が近づいてきた。
男の子には見えていない。
少年は私の手から封筒を受け取る。
「届けてくる」
私は小さくうなずいた。
「お願い」
少年は封筒をポケットに入れる。
「行ってくる」
次の瞬間。
少年の姿はふっと消えた。
男の子は驚いたように辺りを見た。
「今……」
私は優しく言う。
「大丈夫」
「ちゃんと届きます」
男の子は静かに椅子に座った。
窓の外では、夕方の光が町を照らしている。
しばらくして。
ふっと空気が揺れた。
少年が戻ってきた。
「どうだった?」
私が小さく聞く。
少年は少し笑った。
「怒ってなかった」
私はほっと息をつく。
少年は続けた。
「むしろ嬉しそうだった」
「“あいつらしいな”って」
私は思わず微笑む。
少年はさらに言う。
「それからね」
「“ちゃんと聞こえてた”って」
私は首をかしげる。
「聞こえてた?」
少年は男の子を見る。
「病室でさ」
「帰るとき、小さく“ありがとう”って言ったでしょ?」
男の子の目が大きく開いた。
「……え?」
私は静かに言う。
「届きましたよ」
男の子の目に涙が浮かぶ。
「本当に……?」
私はうなずいた。
「ええ」
男の子はしばらく黙っていたが、やがて涙をぬぐった。
「そっか……」
小さく笑う。
「よかった」
男の子は立ち上がる。
「ありがとうございました」
そして郵便局を出ていった。
扉の鈴が小さく鳴る。
静かな空気が戻る。
私は少年を見る。
「言葉って不思議だね」
少年は肩をすくめる。
「うん」
そして小さく言った。
「言えなかった言葉でも」
「ちゃんと届いてること、あるから」
夕日の光が、郵便局をやさしく照らしていた。
今日もまた一通、
天国へ向かう手紙が届けられた。
【第六話 あとがき】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今回の話は、父と息子の関係をテーマにしたエピソードでした。
身近な人ほど、照れくさくて言葉にできないことがありますよね。
もし言えなかった言葉があるなら、
手紙にしてみるのも一つの形なのかもしれません。
次回は「四十九日の終わり」です。
この郵便局のルールにも少し関わってくるお話になります。
よろしければ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。




