第四話 おばあちゃんのレシピ
四話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、心が温まる話です。
その日、郵便局に来たのは小さな男の子だった。
ランドセルを背負ったまま、入口の前でしばらく立っている。
中に入るかどうか迷っているようだった。
私はカウンター越しにその様子を見ていた。
やがて男の子は意を決したように扉を開ける。
小さな鈴の音が、静かな郵便局に響いた。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、男の子は少し緊張した様子で窓口の前まで歩いてくる。
「あの……」
小さな声だった。
「はい?」
私が優しく聞き返すと、男の子はランドセルを下ろし、中から一冊のノートを取り出した。
それは少し古びたノートだった。
角は丸くなり、表紙もところどころ擦れている。
男の子はそれを大事そうに両手で持っていた。
「これ……」
差し出されたノートを受け取る。
表紙には、丸い字でこう書かれていた。
『レシピノート』
「おばあちゃんのなんです」
男の子はぽつりとそう言った。
「おばあちゃん、料理がすごく上手で……」
男の子の目が少しだけ輝く。
「ぼく、よく一緒に料理してたんです」
ページを少しめくると、手書きのレシピがたくさん書かれていた。
肉じゃが
カレー
卵焼き
クッキー
どれも丁寧な文字で書かれている。
ところどころに「○○くんが好き」とメモが添えられていた。
私はそっとノートを閉じる。
「おばあちゃん、亡くなったの?」
男の子は小さくうなずいた。
「先月です」
しばらく沈黙が流れる。
男の子はポケットから封筒を取り出した。
「手紙……書いてきました」
震える手で差し出された封筒。
私はそれを受け取る。
封筒の宛先には、少し歪んだ文字でこう書かれていた。
『天国のおばあちゃんへ』
私は視線を横に向ける。
カウンターの近くの壁に寄りかかるように、あの少年が立っていた。
いつの間にか現れていたらしい。
少年は静かにこちらを見ている。
私は封筒を差し出した。
少年はそれを受け取ると、男の子に向かって優しく言った。
「ちゃんと届けるよ」
男の子は不安そうに聞いた。
「ほんとに……届くんですか?」
少年は少しだけ笑った。
「うん」
「おばあちゃん、きっと待ってる」
男の子の表情が少しやわらぐ。
「よかった……」
少年は封筒をポケットに入れる。
「じゃあ、行ってくる」
そう言った瞬間。
少年の姿は、ふっと消えた。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
男の子は驚いた顔で辺りを見回した。
「い、いま……」
私は静かに微笑む。
「大丈夫」
「ちゃんと届けてくれるから」
男の子は少し不思議そうな顔をしていたが、それ以上は何も聞かなかった。
それから少しして。
ふっと空気が揺れた。
少年が戻ってきたのだ。
男の子には見えていない。
でも、私には分かる。
「どうだった?」
私が小さく聞くと、少年は答えた。
「喜んでたよ」
少年は続ける。
「“あの子、ちゃんとご飯食べてる?”って」
私は思わず笑ってしまった。
「おばあちゃんらしいね」
少年も少し笑う。
「それからね」
「“ありがとうって言ってくれて嬉しい”って」
私は窓の外を見た。
夕方の光が、静かな町を照らしている。
男の子は帰る前にもう一度言った。
「ありがとうございました」
そしてランドセルを背負い、郵便局を出ていった。
扉の鈴が小さく鳴る。
静けさが戻る。
私はカウンターに手を置いた。
「今日も一通、届いたね」
少年は軽くうなずく。
「うん」
「ちゃんと天国まで」
夕日の光の中で、白い羽が一枚、ふわりと舞った。
この郵便局には今日もまた、
天国へ届く手紙がやってくる。




