第三話 雷雨の公園
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第三話 雷雨の公園
少年が扉を出ていったあと、郵便局には静けさが戻っていた。
机の上には、もう何もない。
さっきまでそこにあったはずの手紙は、消えている。
あの高校生の手紙だ。
私は窓の外を見た。
少年の姿はもうない。
本当に届けに行ったのだろうか。
ルールを破ってまで。
この郵便局には決まりがある。
四十九日を過ぎた手紙は送れない。
それは守らなければならないルールだ。
けれど彼は、あっさりと言った。
「僕なら届けられるよ」
私は椅子に座り、天井を見上げた。
「本当に……行ったの?」
もちろん返事はない。
あの子は、いつも突然いなくなる。
そして突然戻ってくる。
まるで、最初からそこにいたみたいな顔で。
――初めて会ったときも、そうだった。
十五年前。
あの日も、雨が降っていた。
祖父が亡くなった日。
私は公園にいた。
祖父の家から逃げるように外へ出て、気づけばブランコの下に座り込んでいた。
空は暗く、雨はどんどん強くなっていく。
私は膝を抱えて泣いていた。
祖父がいない世界が、怖かった。
そのときだった。
「ねぇ」
後ろから声がした。
振り向くと、男の子が立っていた。
見たことのない子だった。
でも、なぜか怖くはなかった。
「なんで泣いてるの?」
私は慌てて涙を拭いた。
「……別に」
男の子は少し困った顔をした。
「嘘だね」
私は無理やり笑った。
「大丈夫だから」
男の子は少し考えてから言った。
「でも、もしおじいちゃんに伝えられるんだったら……」
私は思わず顔を上げた。
「おじいちゃんに伝えたいこと?」
「うん」
私は少し黙ってから、ぽつりと言った。
「……ありがとうって」
「大好きだよって」
「ずっといっしょが良かった」
涙がまたあふれてくる。
男の子は静かに聞いていた。
それから、優しく問いかけた。
「おじいちゃんはどこにいるの?」
私は空を見上げた。
男の子は少しだけ笑った。
「じゃあさ」
「今言うのが無理なら、俺が会って伝えるよ」
その瞬間だった。
空が真っ白になった。
激しい雷鳴。
私は思わず目を閉じた。
そして――
目を開けたときには、男の子はいなかった。
雨の公園には、私一人だけが残っていた。
ずっと不思議だった。
あの子は誰だったのか。
そして。
どうして、あんなことを言ったのか。
でも。
今なら分かる。
「どうしたの?」
声がした。
私は振り向く。
カウンターの上に、少年が座っていた。
いつものように。
まるで最初からそこにいたみたいに。
「……早かったのね」
「近かったから」
少年は肩をすくめた。
「ちゃんと届けてきたよ」
私は思わず立ち上がった。
「本当に?」
「うん」
少年は少し笑った。
「泣いてた」
「え?」
「高校生の方」
彼は窓の外を見ながら言った。
「お母さん、ちゃんと聞いてくれてたよ」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
私は小さく息を吐いた。
「……よかった」
少年は少し私を見た。
「君、昔も同じ顔してた」
「え?」
「あれ、そうだった気がするんだけど」
私は言葉を失った。
「公園で泣いてたはず」
「でも初めて会ったのは……」
外で雷が鳴った。
私はゆっくり息を飲む。
あの日の公園。
雨。
そして――
少年は少し笑った。
「君、すごく泣いてたんだ」
胸が締めつけられる。
この子は、本当に覚えているのだろうか。
少年は続けた。
「確か、君が言ったんだよ」
私は息を止めた。
少年は軽く肩をすくめた。
「君の願いを叶えただけ」
その瞬間、私は気づく。
この郵便局は。
死んだ人に手紙を送れる、この奇跡は。
全部。
あの日の願いから始まっていた。
少年は立ち上がった。
「じゃ、また配達行ってくる」
「え?」
「今日は忙しい」
扉に向かいながら言う。
「四十九日、もうすぐ終わる人多いから」
私はふと聞いた。
「あなたは……いつ天国に行くの?」
少年は少し止まった。
そして振り返る。
少しだけ寂しそうに笑った。
「それ、僕も知りたい」
少し間をおいて、ぽつりと言う。
「でもさ」
少年は扉を開けながら続けた。
「俺には、役割があるんだろうな」
「ここにいる、ちゃんとした理由も」
カラン、と鈴が鳴る。
少年の姿が消える。
雷の音が、遠くで小さく響いていた。
ありがとうございました!
10話程で区切りをつけたいと思ってます。
公開されたら是非7、8話を読んでください




