第二話-エピローグ
第二話最終です。
「おはようございますぅ。あ、東条せんぱ~い、なんかオーラ、ダダ漏れですぅ」
ぎゃーっっっっ。
真理ちゃんの言葉に、赤面になりつつ月曜の職場の朝は始まった。
*********
朝礼前なので、まだ総務には人が少ない。
岬さんがオフィスに入ってきた。私に気付いて「おはよ」と手をあげる。私も駆け寄る。
「おはようございます、昨日ありがとうございました!」
私があいさつすると。
「ん、それはいいんだけど…東条さん…」
「はい?」
岬さんが、ちょっと小さめの声で私に話しかけたけれど、近づいたところで、すこし視線を動かして、
「あ…、大丈夫だったみたいね」
とつぶやいた。
「なにが、ですか?」
「アドレス交換してたし旦那さん怒ってないかしらって、心配もすこししたんだけど…いいわ、大丈夫なのがわかったから」
「へ??」
「……ふふ、コンシーラ、持ってる?」
「え???」
私と岬さんの会話に、真理ちゃんがひょいっと入ってきた。
「あ、岬さんも気づきました?うまくつけましたよね、東条さんの旦那さん。前からだとわかりませんしね」
「昨日は子犬みたいに見えたのに…案外、策士なのかしら?東条さんが、仕事中はシュシュで結うのを前提につけてるわよね」
岬さんと真理ちゃんが、小声でかわしている話についていけない。
そんな私に、岬さんが。
「耳後ろからうなじに…ついてるわよ、キスマーク」
うぎゃぁぁ!
私は涙目になる。
そして思いだした。
朝、出勤するときに、数巳が言った言葉を。
『…あ、理紗…ごめんね。今日は早めに出勤してさ、岬さんに、ちゃんと朝一番にあいさつした方がいいね』
どうして、最初にあやまるのかな?って思ったんだ…。
まさか「岬さんにあいさつ」っていうのも、昨日のオフ会のお礼じゃなくて、キスマークに気付いてもらうため!?
「あら、私、頼りにされてるのかしらね?ほらほら、無いならコンシーラ貸してあげるから、行くわよ、化粧室」
「コンシーラの上から、このファンデでカバーしたらほとんど見えませんよ~」
真理ちゃんがポーチを取り出してくる。
頼りになる先輩と後輩をもって…し、しあわせです、私。(涙目)
ざわざわと声がして「おはよう」と上司も出勤してきたようだった。
ま、まずい……。
「課長、おはようございますぅ~。先週あずかった案件なんですがぁ~」
真理ちゃんが、上司に駆け寄っていって話題をふり、時間を稼いでくれる。
その間に「おはようございます」と挨拶だけして、早々に岬さんと化粧室へ急ぐ。
とほほほ……。
もう、数巳……。
鏡の前で私が肩を落とすと、岬さんが言った。
「ほらほら、旦那さんは痕を残したいくらいの気持ちがあったんでしょ。でも、東条さんのために、隠してもあげたかったから…私の話題をふったんでしょ」
「……」
「どちらの気持ちも、パートナーの気持ちなんだから、ね?」
「は…い」
「これが、リアルの良さだと思うわよ」
紅い花の痕を岬さんがうまく消していってくれながら、言った。
鏡越しに、岬さんと目が合う。
「だって、ひとつに割り切れるわけじゃないもの。このマークみたいに、ここにあるけれど隠されたり、今はついているけれど時間とともに消えたりね」
「……」
「だけど、ここに痕を残したっていう現実と、それを起こした気持ちはたしかに在るの。それがリアル」
私はうなづいた。
「これが、あなたの居場所でしょ?――……ほら、見えなくなったわよ」
私は顔をあげて、鏡越しじゃなく、本物の岬さんの目を見つめた。
「ありがとうございます」
「ふふふ、ほんと、東条さん、キスマークだけでうろたえるなんて可愛いわ。そもそもこんなにつけられても気付かないくらいに、東条さんの意識がなかったっていうのも熱いわよねぇ」
「岬さん!言葉が真理ちゃん寄りになってます!」
「あら?そう?」
笑ってこたえて、岬さんはひらひらと「帰るわよ~」と手を振って仕事場に戻っていった。
私は後を追いつつ、そっと左手薬指の結婚指輪をなぜた。
それから、その結婚指輪のはめた手で、ブラウスの襟もとを抑える。
キスマーク……数巳の言う、所有印。
岬さんが隠してくれたのは、みんなの見える場所。
そして、いま私が薬指で服越しにふれているのは――……鎖骨につけられた、数巳にしか見えないマーク。
私と数巳の秘密のマークがここにある。
――……隠すキスマークに、見えないキスマーク。
見えるもの、見えないもの。
暴かれるもの、隠されるもの。
虚構と現実。
ネットとリアル。
いろんなことが重なり合ってる。
でも、どれも、ここにある気持ちは本当。
数巳と私の…気持ちが交わった関係は事実。
私は、数巳が大好きで。
恋をして。
結婚をして。
ちょっとすれ違って、でもやっぱり大好きで……。
――……愛されて、愛したいって思ってる。
私はここで生きることに「夢中」になる、数巳と共に。
それが、私のリアルなんだ。
「ほら、東条さん、もうすぐ始業チャイム鳴るわよ~」
先を行く岬さんに声をかけられて、私は笑顔で「はい!」っと返事をしてかけ出した。
私のリアルに暮らしていく道を。
fin.




