第4話 隠された過去
「んんっ……」
俺は小さくうめき声を上げ、頭まですっぽりと毛布をかぶった。両腕の筋肉全体がカチカチに強張っている。
当然だ。昨夜はマッサージで余分な体力を使い、あの『氷の女王』を無事に送り届けるために三鷹から吉祥寺まで徒歩で往復しなければならなかったのだから――。
バァーーンッ!!
突然、自室のドアが壁に激突するほどの凄まじい勢いで開け放たれた。
「お兄ちゃぁぁぁぁん!! 起きなさい、この怠け者!!」
その耳をつんざくような甲高い声に、俺はベッドから飛び起きた。
ドアの敷居には、ピンク色のエプロンを身につけた妹――小春が立っていた。彼女は木べらをまるで処刑用の剣のように構え、殺意に満ちた目で俺を睨みつけていた。
「こ、小春? なんでこんな朝っぱらから叫んでるんだ……?」
「お兄ちゃんってばバカなの? 朝っぱらって何よ?! 横にある丸い時計を見てみなさいよ、このバカ兄!」
俺は目をこすり、机の方へ視線を向けた。
時計の針は午前7時45分を指していた。
「……まずい」
「まずいどころじゃないわよ! あと十五分で学校の門が閉まるんだからね! 一体何してたらこんなに遅刻ギリギリになるのよ、もう!」
「絶対昨日の夜のホームレスみたいな女の人のせいでしょ?! 深夜にあの人を家まで送っていったから疲れてるんでしょ?!」
「ホームレスじゃない、小春。あの人は北条先輩、うちの学校の『氷の女王』だ。それに、ああ、深夜二時に吉祥寺まで歩くのは確かに俺の全エネルギーを使い果たしたよ」
俺はベッドから飛び降り、クローゼットにかかっていた学校の制服をひったくると、光の速さでバスルームへ駆け込んだ――ちなみに、シャワーも光の速さで浴びた。
「もう、だらしないお兄ちゃん! 私が学校休みだからっていい気になってるわね! 朝ごはんは机の上に用意してあるから!」バスルームのドアの外から小春が叫んだ。
「悪い、小春! 朝飯食ってる時間ない! パンだけかじって道で食う!」俺は最高速度で歯を磨きながら返事をした。
「えっ?! だ、だってお兄ちゃんの好きな卵焼き作ってあげたのに……! ひどーい」
「夜に温め直して食うよ! 行ってくる、小春! 戸締まりしとけよ! じゃあな、小春!」
すねている様子の妹からのさらなる小言を無視して、俺はダイニングテーブルから食パンを一枚ひったくり、玄関で適当に靴を履いて、猛ダッシュで家を飛び出した。
◆
九月中旬の朝の風が、冷たく顔に吹きつける。
俺は息を切らしながら食パンをかじりつつ、三鷹の歩道を駆け抜けていた。
「はぁっ……はぁっ……くそ、ふくらはぎが張ってきた……」
呼吸のリズムを整えながら、俺の記憶はふと昨夜の出来事へと戻った。
正確には、北条先輩が俺のマッサージを拒否しようとした時に口にした、ある一言に。
――『知り合ったばかりの男子にマッサージされるなんて……し、深夜に……そ、それは……』
「は・は・は……知り合ったばかりの男子、か……?」俺は時間と競争するような足取りの合間に、苦笑いを浮かべた。
彼女がそう言うのも無理はない。あの『氷の女王』が、俺の本当の正体に気づかないのも当然だ。
残酷な現実を言えば、俺たち二人は決して「知り合ったばかり」などではないのだから。
私立星蘭堂高校の誰もが、北条先輩を完璧で冷たく、近寄りがたい存在だと思っている。
だが、俺が一年生で彼女が二年生だった頃、俺たちの関係は「互いに見知らぬ先輩と後輩」などという生ぬるいものではなかった。
『凛くん! 凛くん! 一緒にお昼食べよ!』
『ねえねえ、凛くん〜、歴史のノート持ってるよね? ちょっと貸してくれない?』
『あら〜凛くん、カバン重そうね? こっち貸して、一つ持ってあげる』
それは、今でも俺の頭の中で鮮明に響く、過去の北条先輩の声だ。
そう、昔の彼女はいつも俺のことを「凛くん」という親しげな呼び名で呼んでいた。
いつも俺のところにやって来て、一緒に下校し、手作りのお弁当を「あーん」して食べさせてくれた。俺に里中健二を紹介し、俺たちが今のような親友になれるきっかけを作ってくれたのも彼女だったのだ。
ではなぜ、昨夜の彼女は、コンビニで偶然出会っただけの見ず知らずの後輩に対するような態度をとったのか?
答えは簡単だ。過去の夏沢凛太郎の外見が、今とはまるで違っていたからだ。
昔の俺は、惨めな本の虫だった。
古臭い分厚い黒縁メガネをかけ、髪は真ん中分けできっちり梳かされていたが、ひどくダサかった。
自信のなさから、姿勢はいつも前かがみの猫背。
俺はただの陰気なモブキャラであり、そんな俺を魔法のようにいつも光の中へと引き上げてくれていたのが、北条舞だったのだ。
だが、二年生に進級した時、俺はある痛ましい事実に気がついてしまった。
徐々に人気を集め、演劇部部長として大きな責任を背負い始めた『氷の女王』の隣に立つことは、俺をまるで真っ白なキャンバスについた薄汚いシミのように見せていた。
他の生徒たちからの見下すような視線が、俺に身の程をわきまえさせたのだ。
「変わらなきゃ。せめて……彼女の隣に立つにふさわしい人間になるために」
それが当時の俺の愚かなモチベーションだった。
メガネを外し、コンタクトレンズに変えた。
黒髪を少し長めに伸ばし、自然に無造作な感じにセットするようにした。
そして完璧にまっすぐな姿勢に執着し始めた結果、最終的に骨格解剖学、整体、そして小顔矯正の芸術を深く追求することになったのだ。
だが皮肉なことに、外見をマシに変えることに成功した後……俺たちの距離はかえって遠ざかってしまった。
北条先輩は、演劇部と教師たちの期待にますます忙殺されるようになった。
そして彼女は、誰の目から見ても完璧な『氷の女王』へと変貌を遂げた。
一方の俺は、もうダサくはなくなったものの、彼女のイメージを守るために、自ら進んで目立たない背景キャラクターへと後退し、遠くから彼女を見守るようになったのだ。
そしてどうやら、俺の外見の変化はあまりにも劇的すぎたため、彼女は自分が知っていたあの本の虫の「凛くん」の存在を完全に忘れてしまったらしい。
今の北条先輩にとって、夏沢凛太郎はただの二年生の後輩であり、たまたま彼女を助けてくれたコンビニの店員に過ぎないのだ。
「はぁ……このままの方がいいか」
「もし俺が『凛くん』だと知られたら……絶対に状況がややこしくなる。この安全な距離感がちょうどいい」
◆
「おい、見ろよ! すっげー綺麗……」
「ああ、いつもはちょっと怖い雰囲気なのにさ」
「マジで今日のオーラ全然違うよな。天界から舞い降りた女神みたいだ!」
私立星蘭堂高校のレンガ造りの校門をくぐった瞬間、下駄箱付近に群がる生徒たちの感嘆に満ちたひそひそ話が次々と耳に飛び込んできた。
「おい、凛太郎! もう少しで当番の先生に締め出されるところだったぞ!」
健二が突然横から肩を組んできた。呼吸がまだ整っていなかった俺は、危うくひっくり返りそうになった。
「よ、よかった……なんとか……間に合った……」俺は息を切らしながら返した。
「息なんてどうでもいいから! あっち見てみろよ! 瞬きするなよ、凛太郎!」健二はそう叫びながら、俺の肩を無理やり中央廊下の方へ向けさせた。
俺は顔を上げ、健二の指さす方向を追った。
そしてその瞬間、時間が止まったかのように感じた。
そこに、学校の掲示板の前に凛と立っているのは、北条舞だった。
しかし、彼女は昨日のような青白く無理をしている『氷の女王』ではなかった。
そして昨夜、俺の家で飢えていた着古したパーカー姿の惨めな少女でもなかった。
今朝の北条先輩は……何というか、とてつもなく輝いて見えた。
昨夜施した整体とコルギ(小顔矯正)のマッサージ効果が、完璧な結果として表れているのだろう。
彼女の姿勢は完璧にまっすぐでありながら、神経の緊張は微塵もなくリラックスしていた。
血流が回復したおかげで、顔の肌は紙のような蒼白さから、非常に健康的で自然な、ほんのりと赤みを帯びた白さへと変わっていた。
目の下の黒いクマは消え去っている。腰まである長い銀髪は、廊下の窓から差し込む朝日の光を反射して、遥かに美しく煌めいて見えた。
彼女がノートのページをめくるたび、その動きは非常にしなやかで優雅であり、肉体的なコンディションがピークにある少女の気品を放っていた。
「やばい……俺たちの氷の女王、今日はマジで氷の女神に進化してないか?!」
「昨日の夜、一体何があったら今朝あんなに穏やかで綺麗になれるんだよ?」
「―――――」
「おい、凛太郎? 聞いてるか?」
「あ……あ、ああ」俺は声の震えを隠そうとしながら、小さく返事をした。「『脊柱起立筋』の働きと、血管の血液循環が……本当に完璧だろ?」
「は、はぁ? セキチュー起立――なんだって? もう、また始まったよお前は」
ああ、完璧だ。
廊下の端で白鷺先輩に挨拶する際、彼女の唇に浮かんだ薄い微笑みを見ただけで、今朝の俺の疲れはすべて消え去ってしまった。
「凛くん」としての過去を隠し続けるのは、身勝手な決断かもしれない。
だが、こうして彼女が健康的で、力強く、そしてとてつもなく美しい姿で立っているのを見られるなら……これからもずっと彼女にとっての「見ず知らずのマッサージ好きの後輩」で居続けることも、悪くないかもしれない。




