第二話:鏡の中の面皮
POV: 犬神 栞 (Inugami Shiori)
腕の剥離痕が、包帯の下で脈打つように熱い。父が塗った「保存液」のせいで、傷口は塞がることなく、ただ濡れた肉の質感を保ち続けている。
今夜、私は再び鏡の前に座らされた。母・朱里が、私の顔をじっと見つめている。
「栞、いい顔だわ。特に、その鼻筋から頬にかけての曲線……私の今の『顔』には足りない瑞々しさがある」
母は自らの顔を指で強く押し込んだ。すると、耳の後ろの縫い目から、どろりとした透明な粘液が溢れ出した。
「なろう読者諸君。君たちの物語では、変身薬一つで姿形を変えられるんだろう? だが、現実はもっと泥臭い」
父・江戸が、今度は極薄のスカルペルを手に取った。
「栞、目を閉じなさい。少しだけ、皮膚の下に『空気』を入れるだけだ」
冷たい刃が、私の左目の目尻から潜り込んだ。
パリ、パリ、と薄い氷が割れるような音が、私の頭蓋骨の中で響く。それは、私の顔の皮膚が、筋肉組織から強制的に引き剥がされる音だった。
「あ……が……っ!」
声にならない悲鳴が漏れる。痛みを超越した、自分の存在が剥がれ落ちていくような恐怖。
父は慣れた手つきで、私の頬の皮膚を四角く切り取り、それをピンセットで持ち上げた。
それは、血の通った「生きた皮」だった。
「見て、江戸さん。なんて美しいの」
母は、自分の頬の皮膚を自らベりべりと剥がし、排水溝に捨てた。昨日まで母の顔だった「ゴミ」が、下水へと消えていく。
そして、母は私の頬から剥ぎ取ったばかりの新鮮な皮を、自分の欠損した顔面に貼り付けた。
「……ああ、温かい。栞の若さが、私の細胞に染み込んでいくわ」
鏡の中の母は、私の頬を持っていた。
半分は母の古い顔、半分は私の新しい顔。その継ぎ目から溢れる血が、母の着ている高級な着物を汚していく。
「栞、そんな悲しい顔をしないで。あなたの顔は、私の中で生き続けるのよ。……お礼に、この『古い肉』を晩餐に添えてあげるわ」
父が、母が捨てたはずの「古びた顔の皮」をボウルの中で細かく刻み始めた。
「なろうの読者諸君。君たちが夢見る『永遠の若さ』の味を、教えてやろうか?」
俺は、自分の顔の半分が失われ、剥き出しの肉が空気に触れて震えるのを感じながら、ただ鏡の中の化け物を見つめていた。
他人の顔を自分のものにする感覚……想像できるかい? 君が今鏡で見ているその顔、本当に君自身のものかな? もしかしたら、夜中に誰かが『微調整』しに来ているかもしれないよ。……あ、今、頬のあたりがむず痒くないかい? それ、皮が剥がれかかっている合図だよ。クソ食らえ、異世界の夢想家諸君。




