第一話:最初の剥離演習
POV: 犬神 栞 (Inugami Shiori)
夕食(晩餐)の後、私は地下にある「施術室」へ連れて行かれた。そこは京町家の風情ある外観からは想像もつかない、タイル張りの冷たい空間だ。
中央には、使い古された解剖台が鎮座している。
「栞、台に上がりなさい。今日は、あなたの右腕の『表皮』を少しだけ整えるわ」
母・朱里の声は、まるで絹糸を引くように優雅だが、その目は獲物を定める爬虫類のようだ。
父・江戸が、錆び一つない特殊な彫刻刀を取り出す。2012年の医療技術ではなく、犬神家に伝わる「剥ぎの技法」だ。
「なろう読者諸君。君たちが異世界で浴びる『回復魔法』の光は、こんなにも眩しいのか?」
父が彫刻刀の刃先を私の腕に当てる。
「残念ながら、この刃がもたらすのは光ではない。ただの現実だ」
父の指が私の肌を押し広げる。麻酔は効いているはずなのに、皮膚が組織から引き剥がされる「ピチピチ」という粘着質な音が、脳髄に直接響く。父は、私の前腕の皮を、熟した果実の皮を剥くように、慎重に、そして美しく剥いでいく。
「見て、栞。この真皮の輝き。これこそが、次の『朱里』の土台になるのよ」
母が、剥がされたばかりの私の皮をピンセットで持ち上げた。それは半透明で、まだ私の体温を宿している。母はその皮を、自分の頬にある「綻び」に当て、うっとりと目を細めた。
「……あ、あが……」
私の口から漏れたのは、言葉ではない。喉の奥からせり上がってくる、酸っぱい胃液の味だ。
「栞、吐くのはもったいないわよ。その不快感さえも、美しさのための養分なんだから」
父は剥ぎ取った私の皮の裏側を、丁寧にスカルペルで削ぎ落としていく。
削られた「肉のカス」が、床の排水溝に吸い込まれていく。
それは、つい数分前まで私の一部だったものだ。
「さて、今日はここまでだ。……次は、君の『顔』の一部を、母さんに譲ってもらうよ」
俺は、自分の剥き出しになった筋肉の赤色を見つめながら、意識が遠のくのを感じた。
壁の鏡に映った俺の姿は、もはや人間ではなく、ただの「素材」に成り下がっていた。
自分の皮膚が、ゆっくりと剥がされる感覚……想像できたかい? 君が今触っているその肌も、もしかしたら誰かの注文品かもしれない。……あ、今、腕のあたりがヒリヒリしないかい? それ、剥離の合図だよ。クソ食らえ、平和ボケした読者諸君。




