第十五章 小回廊
その日から、世界の養生が始まった。
各キャンプから、養生材が集められた。
毛布、布、藁、苔、繊維。山地では薄い樹皮、湿地では葦の束、岩肌の多い地方では砕けた石屑が、それぞれの土地で、それぞれの言葉で「養生材」と呼ばれて積み上げられていった。
言葉が、ひとつになっていく過程は、不思議だった。
「養生」という二音が、土地ごとに、違うイントネーションで発音された。北部では「ようじょう」が長く伸び、南部では二音目が高く跳ね、東部では喉の奥で軽く擦れた。けれど、どの土地でも、その二音は、必ずひとつの動作を指していた。
俺は百八のセクターのそれぞれに、現場主任を立てた。
元商隊の隊長。元軍の輜重兵。元荷馬車の御者。ただの百姓だった人。ただの母親だった人。ただの料理人だった人。
彼らは、養生のやり方を、もう知っていた。俺がこの数ヶ月で、彼らに教えた手順だった。教えながら学んだことのほうがたぶん多かった。
料理人だった主任は、養生材の敷き方を、煮込みの鍋の油の浮かせ方に喩えて、現場の若者に教えていた。母親だった主任は、隅当ての当て方を、子どもの寝かせ方に喩えていた。御者の主任は、運搬車の積載を、馬の背の温度の話から始めていた。
養生は、ぜんぶの仕事と、地続きだった。
地続きの言葉に、「養生」の二音が、潜って、繋いでいた。
百八人が、それぞれの土地で、動き始めた。
大陸全体が、ひとつの巨大な引越し現場に変わった。
俺は中央の小さな天幕で、配車表を更新し続けた。寝る時間はほとんどなかった。けれど、眠れないことに、もう焦りはなかった。
夜、エリィの代わりに、若い女性が粥を運んでくれた。彼女は、エリィのことを「ご無事を信じて待ちましょう」と短く言った。彼女自身、家族の半分を失った人だった。それでも、誰かを信じて待つ姿勢が、自然にできていた。
俺は頷いた。粥は、温かかった。
粥の塩加減が、エリィのときよりも、すこしだけ薄かった。彼女が、粥を炊きながら、自分の家族のことを思っていた、そのときの心持ちが、塩の加減に、出ていた。
俺は薄い塩を、噛みしめるように、呑んだ。
帝国の中で、空気は、変わり始めていた。
黒田准将の発表した「養生計画」は、最初の数週間こそ通行料を稼いだ。けれど、実行段階で、現場で人がよく死んだ。彼が改竄した数字が、現場の数字と合っていなかったからだ。彼は、配車表を、自分の手柄に見える形に書き換えた。書き換えれば書き換えるほど、現場では人が損なわれた。
通行料を払えず、回廊の入口で凍えた家族の話が、帝国軍の若い兵士の口から、別の若い兵士の口へ移っていった。
アグは、ある夜黒田の机の上から、まだ改竄されていない配車表の一枚を抜いた。懐に押し込み、夜陰に紛れて天幕を出た。
駆ける先は、旧王国残党のキャンプ。彼の足はもう迷わなかった。
ガレシウス公は、議会の名簿を、こっそり書き換えていた。黒田に与する者の名を消し、ミサキに協力する者の名を加えた。
「あの男の計画を、せめて邪魔だけはしないようにする」
彼の独り言は、誰にも聞かれなかった。
窓の外で、二つの月のうち、赤い方が、ゆっくり傾いた。
大移動の刻限が近づくにつれ、黒田准将は、苛立ちを増した。
通行料の収入は、急激に減った。難民たちはもう結界回廊を目指さなかった。彼らは、各地の小回廊で、自分たちのルートを使って、淡々と渡り始めていた。
黒田は、結界回廊の入口に部隊を集結させた。千を超える帝国軍。弓兵、騎兵、火薬兵。彼の知る現代知識を全部詰め込んだつもりの陣形だった。
「ミサキ、来るなら来やがれ」
彼の呟きは、結界回廊の岩肌に、虚しく反響した。
俺たちは、来なかった。
俺たちは、別の道を、別の方法で渡っていた。
南峠の小回廊。山道は、夏の終わりの草が枯れ始め、岩肌に薄い霜が浮いていた。俺たちは数日かけて、毛布、藁、苔、繊維を、何重にも敷き詰めた。岩の角という角に、隅当ての代わりに、編んだ草を巻いた。
草を編んだのは、村のおばあさんたちだった。彼女たちの指は、歳のわりに、よく動いた。編み方は、若い頃に祖母から教わった、ただの草籠の編み方だ、と彼女たちは言った。籠を編む手と、世界を養生する手は、根本のところで、同じ手だった。
養生材の上を、難民たちが、整然と渡り始めた。
順序は、配車表通り。先頭から子ども、老人、妊婦、病人、成人、最後尾に若い兵士。ピストン作業の応用で、上りと下りの隊列を、時間差で組み合わせた。
たった三日で、二万人が、新しい大地へ渡った。
黒田准将は、結界回廊の入口で、来ない敵を待ち続けた。
その間に、各地の小回廊で、難民は、ほぼ通過し終えていた。
彼の部下たちは、各地の小回廊を見つけ次第駆けつけたが、現地に到着したときには、すでに養生材だけが残されていた。彼らは、空回りした。




