表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/9

もうわかっている破滅フラグなんて、へし折ってやるわ!

 ——息が、詰まったように目が覚めた。


 胸の奥で心臓が早鐘を打っている。静まり返った部屋の中で、その音だけがやけに大きく響いていた。


 ゆっくりと視線を巡らせる。


 見慣れた天蓋。

 整えられた室内。

 差し込む淡い光。


 けれど、そのどれもが、ほんの一瞬だけ現実味を失って見えた。


「……夢……」


 呟いた声は、まだどこか現実に追いついていない。


 けれど、ただの夢で片付けるには——あまりにも鮮明すぎた。

 暗いオフィスの空気も、目に刺さる白い画面も、指先に残る疲労も。

 そして、あの電話のやり取りまで、ひどく現実的に思い出せる。


「……お母さん……」


 ぽつりと漏れたその言葉をきっかけに、胸の奥で何かが静かに軋んだ。

 違和感が、形を持ち始める。


 ゆっくりと息を吸う。


 頭の奥がじんわりと熱を帯びていく感覚があった。痛みではない。ただ、閉じていた扉が少しずつ開いていくような——そんな感覚。


「……恋愛小説……」


 その単語を口にした瞬間だった。

 ぱちり、と。

 何かが、確かに繋がった。


「あ」


 思わず息が止まる。


 次の瞬間、これまで断片でしかなかった記憶が、一気に輪郭を持って押し寄せてきた。

 ただのイメージではない。

 流れとして、意味を持って、確かな“物語”として蘇る。


 かつて読んだ、一冊の小説。

 華やかな学園を舞台にした、恋愛物語。

 その中心にいたのは、誰からも愛されるヒロインと——


 そして、彼女に敵対する“悪役令嬢”。

 リリアーナ・フォン・アルヴィン。


 その名前を思い出した瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。


「……っ」


 無意識に、シーツを握りしめる。

 指先に力がこもる。


(思い出した……)


 ゆっくりと、しかし確実に理解する。

 ここはただの異世界ではない。

 自分が知っている“物語の中”だ。


 そして、自分はその中で——主役でも、重要人物でもない。ただの取り巻き令嬢、エリシア・リー・ベルンハルト。


 名前すらろくに語られない、背景の一部。

 そこまでは、もうとっくに気づいていた。


 けれど。


(それだけじゃ、なかった)


 思考がさらに深く潜る。

 記憶の奥に沈んでいた感情が、ゆっくりと浮かび上がる。

 あの物語を読んでいた頃の、自分の気持ち。

 ページをめくるたびに揺れていた感情。


 そして——最後まで、どうしても納得できなかった結末。


(リリアーナは……)


 思い出す。

 断罪の場面。


 多くの人々に囲まれ、罪を突きつけられながらも、彼女は最後まで崩れなかった。


 弁解もしない。

 誰にも縋らない。


 ただ静かに、すべてを受け入れるように立っていた。


(あの終わり方……)


 胸の奥が、じわりと痛む。

 あのとき感じた違和感は、今でもはっきりと残っている。

 どうして誰も気づかなかったのか。

 どうして彼女は、あそこまで追い詰められなければならなかったのか。


 どうして——誰も、手を差し伸べなかったのか。


「……嫌だった」


 思わず、声が漏れる。


 あの結末は、納得なんてできなかった。

 ただの勧善懲悪では片付けられない、どうしようもない歪さがあった。


 だから——


(思ってた)


 もし、自分があの物語の中にいたなら。

 もし、ほんの少しでも関われる立場だったなら。


(絶対に、あの結末だけは変えるって)


 その瞬間だった


 今までの出来事が、一本の線で繋がる。

 

 出所のわからない噂話。

 噂とは別物のリリアーナ。

 温室での事故。


(……偶然じゃない)


 静かに、確信する。


 あれはすべて、自分が“避けていた”結果だ。

 意識していなくても、身体が覚えていた。

 “この先に何が起こるのか”を。


「……そっか」


 小さく息を吐く。


 不思議と、混乱はなかった。

 むしろ、すべてが腑に落ちたことで、心が静かに整っていく。


「私、最初から……関わってたんだ」


 干渉しないつもりだった。


 目立たないように、物語の外側にいるつもりだった。

 けれど、それは無理な話だったのだ。


(だって)


 自然と、言葉が浮かぶ。


「——推しなんだから」


 その一言に、妙な実感が伴う。

 リリアーナ・フォン・アルヴィン。

 悪役令嬢として語られる彼女。

 けれど、自分にとっては違う。


(最推し、だった)


 あの不器用さも、孤立も、強がりも。

 全部含めて、どうしようもなく目が離せなかった存在。


 だからこそ——放っておけるはずがない。


 ゆっくりとベッドから降りる。

 足の裏に伝わる感触が、現実をはっきりと教えてくる。


(ストーリーは、まだ終わってない)


 断罪に至るまでの流れも、起きるはずの出来事も、すべて断片的に思い出せる。

 小さな出来事の積み重ね。

 見過ごされる違和感。


 それらが繋がって、あの結末になる。


(なら)


 考えるまでもなかった。


(全部、止めればいい)


 曖昧なままじゃない。

 偶然に任せるわけでもない。

 これからは、はっきりと理解した上で動く。


(未来を知ってるなら)


 静かに、拳を握る。


(使わない理由なんてない)


 窓の外を見る。

 夜が、ゆっくりと朝に変わり始めている。

 その境目の光が、やけに鮮明に見えた。


(物語通りには、させない)


 あの結末を知っているからこそ、選べる行動がある。


「——リリアーナの破滅フラグ、全部へし折る」


 小さく、しかしはっきりとした声で告げる。


 それは誰に聞かせるでもない、自分自身への宣言だった。


 もう偶然ではない。

 もう無自覚でもない。


 これは——意思だ。


 そしてそのとき、エリシアは初めて理解する。

 自分が“物語の外側”に立つ存在ではいられないことを。

 すでに物語は動いていて。

 その流れの中に、自分は確かに組み込まれているのだと。


 ——それでも。


 ほんのわずかに、運命をずらすことができるのなら。そのために動くことを、もう迷う理由はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ