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8/9

リリアーナ様、破滅フラグいくつあるんですか!?

 朝の空気は澄んでいるはずなのに、胸の奥だけが妙に騒がしかった。

 校舎へ向かう足取りは一定なのに、思考だけが落ち着かない。


(……思い出したからだ)


 昨夜の夢。

 前世の記憶。

 そして、この世界が“物語の中”であるという確信。

 断片ではなく、一本の線として繋がった今、逃げ道はもうなかった。


(ここは物語の中で、私はモブで)


 そして。


(私の最推しだったリリアーナは、破滅する)


 それを知っている。

 知ってしまった。


 だから——


(関わらない、は無理ね)


 今さら距離を取る方が、不自然だ。


 だったら。


(ちゃんと関わる)


 そう結論を出した瞬間、不思議と足取りが軽くなる。

 迷いが消えたからだ。


 教室の扉を開ける。

 いつも通りのざわめき。視線の流れ。

 そして、その中心にいない“中心”。

 いつも通り窓際の席で、誰とも距離を取ったまま、本を読んでいる少女。


(……いた)


 リリアーナ・フォン・アルヴィン。

 今日も変わらず、近寄りがたい。


 けれど。


(あの人は、ああ見えるだけ)


 昨日の出来事を思い出す。


 無駄のない判断。

 感情に流されない対応。

 そして、最後まで崩れなかった姿。

 あれは“冷たい”のではない。


(強いんだ)


 だから私は、足を止めなかった。

 まっすぐ歩き、その席の前で立ち止まる。


「……あの!」


 声をかける。


 リリアーナの視線が上がる。

 青い瞳が、静かにこちらを捉える。

 驚きはない。ただ、“予想外”を測る目。


「何かしら」


 表情とは裏腹に、淡々とした声。

 保たれた距離はそのまま。

 それでも、引く理由にはならない。


「昨日の件で、少しお話したいことがございます」


 一拍の間。

 彼女の指先が、ほんのわずかに止まる。


「必要性を感じないわね」


 即答。


 けれど、その反応は想定内だった。


「承知しております」


 否定しない。

 その上で続ける。


「ですが私は、話す必要があると考えています」


 周囲のざわめきが、わずかに揺れる。

 視線が集まり始めるのを感じる。

 それでも、言葉は途切れない。


 リリアーナは数秒だけこちらを見つめたあと、本を閉じた。


「……手短に」


 許可だった。


 小さく息を吸う。

 頭の中で言葉を整える。

 けれど今回は、“思いつき”ではなく、“伝えるための言葉”として。


「リリアーナ様は、周囲の方々に誤解されていると思います」


 その一言で、空気が変わる。

 それでも構わない。


「口数が少なく、他者と距離を取っていらっしゃるように見えるため、冷たい印象を持たれがちです」

「ですが、それは感情で判断していないからです」


 視線を逸らさずに続ける。


「状況を正確に把握し、その場で必要な行動だけを選んでいらっしゃる。無駄を省いているからこそ、結果だけを見ると冷淡に見えてしまうのだと思います」


 教室が静まり返る。

 それでも、止めない。


「本来それは、“合理的である”ということです」

「責任ある立場にある方に求められる、極めて重要な資質ではありませんか?」


 言葉が、落ちる。

 誰も口を挟まない。

 周囲の視線なぞ気にせず、私は続ける。


「昨日の件も同様です」


 わずかに声に力が入る。


「通常であれば、あの状況では言い訳をするか、あるいは責任を他者に転嫁するはずです」

「ですがリリアーナ様は、それをなさらなかった」


 胸の奥が、じわりと熱を持つ。


「事実のみを伝え、それ以上を語らなかった。それは冷淡さではなく、“自分の立場と状況を理解した上での選択”です」


 一拍。

 最後の言葉を、静かに置く。


「私は、その姿を見て……誠実だと感じました」


 沈黙が落ち、視線が集まる。

 けれど、不思議と怖くはなかった。

 リリアーナは何も言わない。

 ただ、じっとこちらを見ている。


「……ですから、“冷たい方”だとは思いません」


 そう結んだ瞬間。

 空気が完全に止まった。


「——あなた、少し出過ぎではなくて?」


 横から、鋭い声が差し込む。

 振り向けば、数人の令嬢たち。

 整った笑み。 けれど隠しきれない警戒。


「アルヴィン様に対して、あまりにもなれなれしいのではありませんか?」


 明確な牽制だった。

 私は一度だけ瞬きをして、その言葉を受け止める。


「ご指摘はもっともだと思います」


 まず、否定はしない。

 それだけで、相手の動きが一瞬止まる。


「ですが私は、軽んじているつもりはございません」


 静かに、しかし明確に続ける。


「むしろ逆です。正しく評価されていないと感じたため、言葉にしました」


 わずかに視線を上げる。


「表面的な印象だけで距離を取ることと、理解した上で距離を選ぶことは、まったく別の行為だと思います」


 空気が揺れる。


「もし前者であるなら、それは評価ではなく印象に過ぎません」


 言い切った後、数秒の沈黙が広がる。

 誰も言葉を返せない。


 そのとき——


「……なるほど」


 静かな声。

 振り向く。


 リリアーナがこちらを見ていた。

 わずかに目を細めている。

 それは“拒絶”ではなく、“評価”に近い視線だった。


「少なくとも、軽い言葉ではないわね」


 一歩、彼女が近づく。

 場の空気が変わる。


「エリシア、と言ったかしら」

「はい」

「……あなたの見方は、嫌いではないわ」


 その一言で、すべてが決まる。

 取り巻きたちが視線を交わす。

 そして、やがて一人が口を開いた。


「……アルヴィン様がそうおっしゃるのであれば」


 一拍。


「今後は、同じ側として振る舞っていただいてもよろしいかしら」


 遠回しな許可。

 私は小さく息を吐き、頷いた。


「至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」


 形式的な挨拶。しかし、カーテシーを返しながらも、その視線は揺れない。

 もちろん。その意味は明確だった。


 私は——“内側”に入った。


 その日の昼休み。


 教室内に大きな変化はない。

 けれど確実に、空気が違う。


 視線の質。

 距離感。

 立ち位置。


 そのすべてが、わずかに変わっていた。


(……でも)


 ある日、ふとした瞬間。


 記憶が引っかかった。

 華やかな光景。

 ざわめく会場。 


 そして——


(社交界)


 その単語と同時に、はっきりと思い出す。


 事件。


 偶然に見せかけた“仕組まれた失敗”。

 そして、それによって決定づけられる評価。


(……破滅フラグの一つじゃん)


 背筋が冷える。

 日付を思い出し、照らし合わせる。


(……あと一週間)


 確定した瞬間、思考が一気に冴える。

 やることは、決まっていた。


(表には出ない)


 取り巻きとして。

 違和感なく。

 自然に。


 そして——


(裏で全部潰す)


 視線を上げる。

 少し離れた場所で、リリアーナが他の令嬢と会話している。

 その姿は、変わらず堂々としている。


 けれど。


(あの結末には、絶対にさせない)


 私は静かに息を吐いた。

 拳を軽く握る。


 これは偶然じゃない。

 もう無自覚でもない。


 意思だ。


(取り巻きとして、完璧に支える)


 表では目立たず。

 裏では確実に。


(次のフラグも——折る)


 静かに、しかし確かな決意を胸に。

 私はその場に立っていた。

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