孤高の悪役令嬢様はペアにすら心を開いてくれないんですが?
学園の扉をくぐった瞬間、空気の質が変わった。
華やかで整えられたはずの空間なのに、どこか張りつめた緊張が混ざっている。視線が交錯し、その中心には必ず一人の存在があった。
アルヴィン嬢。
転生して、目が覚めてからというもの、街で幾度となく話題に上がっていたその名前だけが、やけに耳に残る。
私は意識して廊下の端を歩いた。
目立たない位置を選び、周囲との接触を避ける。自分の立ち位置は理解しているつもりだった。この世界での私は物語の外側にいる、ただの背景にすぎない。
そのはずだった。
「そこ、邪魔よ」
声は予想以上に静かだった。感情を抑え込んだような冷たさがあるように見えたのは、きっと私の気のせいだろう。
顔を上げた先にいたのは、一人の少女だった。
金の髪は光を受けても眩しさよりも冷たさを強調し、整った顔立ちは美しいという言葉よりも先に距離を感じさせる。青い瞳はまっすぐこちらを見ているのに、そこに感情の揺れはほとんどない。
彼女がアルヴィン嬢だと直感的に理解した瞬間、頭の奥が軽く痺れた。
視界の奥で何かがずれたような感覚があった。
続いて、説明のつかない映像が流れ込む。豪奢な広間、ざわつく人々、視線を浴びながら孤立する少女。周囲の言葉は断片的で、断罪や拒絶といった単語だけが妙に鮮明だった。
それが彼女だと理解した瞬間、胸の奥に嫌な重さが沈む。
アルヴィン嬢は私を一瞥すると、それ以上興味を失ったように視線を外し、そのまま歩き去った。すれ違いざまに落とされた言葉だけが、やけに明確に残る。
「いつもいつも…くだらない」
その一言で、周囲の空気がわずかに緊張したのがわかった。
誰もが彼女を見ているのに、誰も近づかない。その距離感だけが、この学園における彼女の立ち位置を物語っていた。
(関わるべきじゃない)
本能的にそう判断してしまった。
けれど同時に、先ほど見えた映像の残滓が頭から離れなかった。あれが何なのかはわからない。ただ、彼女の未来に何かが起こるという確信だけが残っている。
午後の講義室は、窓からの光が白く差し込んでいた。
私は一番後ろの席を選んだ。視界の端で全体を把握できる位置。誰とも関わらずに済む場所。
始業の鐘がなり、途端に教師の声が教室に響く。
「今回の課題はペアで提出すること」
その瞬間、教室の空気が変わるのがわかった。
生徒たちの視線が互いに動き始める。誰と組むかという選別が静かに始まり、その流れの中で一つの空白だけが残されていた。
またも、アルヴィン嬢。
彼女の周囲だけが、意図的に避けられているようだった。
そのとき、教師が淡々と告げる。
「まだペアが決まっていないものは…エリシア・リー・ベルンハルト。アルヴィン嬢と組みなさい」
(まずい、出遅れた…!)
教室の視線が一斉にこちらへ向く。その重圧が遅れて意識にのしかかる。
(流石に最低限の交流は大切ね…でも…)
「……私が、ですか」
思わず口に出てしまった。
教師は表情を変えずに頷いた。
「変更はない」
拒否する余地はなさそうに見える。
視線を上げると、アルヴィン嬢がこちらを見ていた。
彼女の目は静かだった。拒絶でも興味でもない。ただ状況を確認するだけの目だった。
その瞬間、軽い痛みとともにまた頭の奥で何かが揺れる。
今度は先ほどよりもはっきりとした映像だった。
崩れた装飾、泣き叫ぶ声、混乱の中で一人立つ少女の姿。その中心にいるのは、間違いなく彼女だった。
そして、その光景の先には“断罪”という結末の気配があった。
(これは偶然じゃない)
確信だけが静かに積み上がる。
アルヴィン嬢が席を立つ。歩く動作は無駄がなく、周囲の視線を一切意に介さない。
彼女は私の前に立ち、短く言った。
「行くわよ」
その一言に迷いはなかった。
従うしかない状況だった。
廊下に出ると、外の喧騒が遠くに感じられた。人の気配はあるのに、彼女の周囲だけが切り取られたように静かだった。
そして、その静けさの中で気づく。
誰かの視線が遠くからこちらを見ている。
意図を持った視線。
その存在を認識した瞬間、胸の奥に冷たい違和感が落ちた。
何かが、すでに始まっている。
まだ形になっていないそれが、確実に動き出している。
そして私は、それに巻き込まれる位置に立っていた。




