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3/9

孤高の悪役令嬢様はペアにすら心を開いてくれないんですが?

 学園の扉をくぐった瞬間、空気の質が変わった。


 華やかで整えられたはずの空間なのに、どこか張りつめた緊張が混ざっている。視線が交錯し、その中心には必ず一人の存在があった。


 アルヴィン嬢。


 転生して、目が覚めてからというもの、街で幾度となく話題に上がっていたその名前だけが、やけに耳に残る。

 私は意識して廊下の端を歩いた。

 目立たない位置を選び、周囲との接触を避ける。自分の立ち位置は理解しているつもりだった。この世界での私は物語の外側にいる、ただの背景にすぎない。


 そのはずだった。


「そこ、邪魔よ」


 声は予想以上に静かだった。感情を抑え込んだような冷たさがあるように見えたのは、きっと私の気のせいだろう。

 顔を上げた先にいたのは、一人の少女だった。


 金の髪は光を受けても眩しさよりも冷たさを強調し、整った顔立ちは美しいという言葉よりも先に距離を感じさせる。青い瞳はまっすぐこちらを見ているのに、そこに感情の揺れはほとんどない。


 彼女がアルヴィン嬢だと直感的に理解した瞬間、頭の奥が軽く痺れた。

 視界の奥で何かがずれたような感覚があった。


 続いて、説明のつかない映像が流れ込む。豪奢な広間、ざわつく人々、視線を浴びながら孤立する少女。周囲の言葉は断片的で、断罪や拒絶といった単語だけが妙に鮮明だった。


 それが彼女だと理解した瞬間、胸の奥に嫌な重さが沈む。

 アルヴィン嬢は私を一瞥すると、それ以上興味を失ったように視線を外し、そのまま歩き去った。すれ違いざまに落とされた言葉だけが、やけに明確に残る。


「いつもいつも…くだらない」


 その一言で、周囲の空気がわずかに緊張したのがわかった。

 誰もが彼女を見ているのに、誰も近づかない。その距離感だけが、この学園における彼女の立ち位置を物語っていた。


(関わるべきじゃない)


 本能的にそう判断してしまった。

 けれど同時に、先ほど見えた映像の残滓が頭から離れなかった。あれが何なのかはわからない。ただ、彼女の未来に何かが起こるという確信だけが残っている。



 午後の講義室は、窓からの光が白く差し込んでいた。

 私は一番後ろの席を選んだ。視界の端で全体を把握できる位置。誰とも関わらずに済む場所。

 始業の鐘がなり、途端に教師の声が教室に響く。


「今回の課題はペアで提出すること」


 その瞬間、教室の空気が変わるのがわかった。

 生徒たちの視線が互いに動き始める。誰と組むかという選別が静かに始まり、その流れの中で一つの空白だけが残されていた。


 またも、アルヴィン嬢。


 彼女の周囲だけが、意図的に避けられているようだった。

 そのとき、教師が淡々と告げる。


「まだペアが決まっていないものは…エリシア・リー・ベルンハルト。アルヴィン嬢と組みなさい」


(まずい、出遅れた…!)


 教室の視線が一斉にこちらへ向く。その重圧が遅れて意識にのしかかる。


(流石に最低限の交流は大切ね…でも…)


「……私が、ですか」


 思わず口に出てしまった。

 教師は表情を変えずに頷いた。


「変更はない」


 拒否する余地はなさそうに見える。

 視線を上げると、アルヴィン嬢がこちらを見ていた。

 彼女の目は静かだった。拒絶でも興味でもない。ただ状況を確認するだけの目だった。

 その瞬間、軽い痛みとともにまた頭の奥で何かが揺れる。

 今度は先ほどよりもはっきりとした映像だった。


 崩れた装飾、泣き叫ぶ声、混乱の中で一人立つ少女の姿。その中心にいるのは、間違いなく彼女だった。

 そして、その光景の先には“断罪”という結末の気配があった。


(これは偶然じゃない)


 確信だけが静かに積み上がる。


 アルヴィン嬢が席を立つ。歩く動作は無駄がなく、周囲の視線を一切意に介さない。

 彼女は私の前に立ち、短く言った。


「行くわよ」


 その一言に迷いはなかった。

 従うしかない状況だった。

 廊下に出ると、外の喧騒が遠くに感じられた。人の気配はあるのに、彼女の周囲だけが切り取られたように静かだった。


 そして、その静けさの中で気づく。

 誰かの視線が遠くからこちらを見ている。

 意図を持った視線。

 その存在を認識した瞬間、胸の奥に冷たい違和感が落ちた。


 何かが、すでに始まっている。

 まだ形になっていないそれが、確実に動き出している。

 そして私は、それに巻き込まれる位置に立っていた。

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