転生するなら普通ヒロインか悪役令嬢の2択じゃないの?
——私は、ただの“背景”だったはずだ。
「お嬢様、朝でございます」
「……あぁ、うん」
聞き慣れない声に返事をしながら、ぼんやりと目を開ける。
柔らかい光。
やけに広い天井。
やたら高そうなカーテン。
(……どこここ)
身体を起こすと、違和感が一気に押し寄せる。
手が小さい。
部屋が広い。
服が妙に重い。
「お嬢様? まだお疲れですか?」
「……いや、違うの、大丈夫よ。」
(疲れてるとかじゃない)
(記憶が“知らない人のもの”になってる)
名前が、頭の奥に浮かぶ。
エリシア・リー・ベルンハルト。
(えっと…誰…)
(え、本当に誰???)
思わず声が出る。
「私、誰?」
メイド達が一瞬固まり、困惑の表情を見せる。
「お嬢様はお嬢様でございますが……」
「いやそうじゃなくて」
(そうじゃなくて!)
(「お嬢様」じゃあわかんないわよ!)
ズキッ…
裂けるような感覚で途端に頭が痛くなり、頭を押さえる。
じわじわと、“別の情報”が流れ込んでくる。
貴族。
伯爵家。
社交界。
学園。
(……あぁ、これ)
(詰んだやつだ)
数分後。
ようやく状況が整理できてきた。
(転生、してる)
(しかも貴族令嬢)
(で、問題は——)
鏡に映る自分を見る。
淡い金髪。
整った顔立ち。
でもどこか“背景っぽい”印象。
(あー……これ)
(主役じゃない顔だわ)
その瞬間、なぜか納得してしまう自分がいた。
(取り巻きモブだ)
(完全に)
(前世はエナドリが恋人だったから?転生するなら普通ヒロインか悪役令嬢でしょ…)
(取り巻きモブって何よ…)
「お嬢様、本日は学園へ初登校でございます」
「学園……?」
その単語で、胸の奥が妙にざわついた。
(学園)
(なんか嫌な予感する単語ランキング上位なんですけど)
馬車に揺られながら、窓の外を見る。
整った街並み。
貴族の屋敷が並ぶ区画。
遠くに見える白い建物。
(あれが学園か)
ぼんやりと眺めていると、周囲の会話が耳に入る。
「ねえ、聞いた?アルヴィン家のご令嬢」
「また我儘を言っているらしいわよ」
「婚約者も大変ね」
(……は?)
思わず窓の外を見る。
(アルヴィン?)
(誰それ)
でもなぜか、その名前に引っかかる。
胸の奥が、ちくりとする。
(いやいやいや)
(関係ないでしょ私モブだし)
(今の私はエリシア・リー・ベルンハルトだし)
(え、でもアルヴィンってなんか……)
頭の中でノイズみたいに記憶が浮かぶ。
——高慢な少女。
——完璧な立ち姿。
——周囲から浮く孤高の存在。
(……誰?)
(なんでそんな映像出てくるの?)
馬車が止まる。
降ろされた私は学園の少し手前程の位置から、歩き出す。
学園門が見えた瞬間。
空気が変わった。
周囲のざわつきに、一箇所に集まる視線。
期待と警戒。
(あ、これ“物語の場所”だ)
そう理解した瞬間だった。
「またアルヴィン嬢の話?」
「怖いけど綺麗よね」
「でも近づきたくないわ」
(……アルヴィン、アルヴィン、アルヴィン)
(さっきからそればっかじゃん)
足が止まる。
(いや待って)
(まだ何も始まってないよね?)
(なんでそんなに悪評出てるの?)
胸の奥がざわつく。
「……なんか、おかしくない?」
思わず声が漏れる。
誰も答えない。
ただ、学園の喧騒だけが続く。
(モブとして生きる予定だったのに)
(なんでこんなに“物語の匂い”するの)
(てか私前世乙女ゲームとかもしてないし…小説とかも読んでなかったよ?)
気づけば、校舎の前に立っていた。
鐘の音が鳴る。
新しい生活の始まりを告げるように。
(……まぁいいか)
小さく息を吐く。
(とりあえず、授業受けて)
(平穏にモブとして生きて)
(帰って寝る)
そう思った、その瞬間だった。
(……あれ?)
(今、なんか“忘れてる”気がする……)
胸の奥が、ざわつく。
知らないはずの誰かの顔が、脳裏をかすめる。
高慢で。
美しくて。
孤高で。
(また……誰?)
(なんでこんなに気になるの)
鐘が鳴る。
学園の扉が開く。
——まだ何も始まっていないはずの世界が。
少しだけ、歪んで見えた。




