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タイトル未定2025/08/22 23:33

「冗談じゃねぇ。見た目に何もねぇのに重体とか、こんなのどう手当てしろってんだよ」

 医務室の近くまで来ると、中から星ちゃんの緊迫した声が聞こえてきた。

「無理を言ってるのはわかってる。でも、キューブを展開していなかった以上、僕の【ヒール】は使えない。未来にも連絡はしたけど、あの子の【治癒(ノコギリソウ)】だって僕と同じだ。流星なら素体にだって影響できるでしょ」

【ヒール】は、凪が私の右腕を治すために使った治癒の技。でもあの日以降、もう使ってないと聞く。

「そりゃ……輸血や点滴なんかは普通の医療で使われてるもんだからよ、素体にだって使えなくはねぇよ。かといってこんなんじゃ……」

 そろそろと、医務室の引き戸を開けた。血のにおいはしない。けれど、いざ布団に寝かされている幼なじみを見た私は絶句した。

 隆の頭と胸に星ちゃんが手を当てて、その横で、凪が隆の脱力した手を強く握っている。隆の目は見開いて、天井の一点を見て動かない。閉じ切らない口からは吐血の跡があった。顔も土色だ。

「とりあえず、やってみっけどよ。出来んのは血流ちっと弄るくれぇだから、あんま期待すんなよ」

 二人の話す内容も頭に入ってこない。星ちゃんから「どけ」と言われる。無意識に隆の体をゆすっていたらしい。少し押されただけなのに私は尻もちをついた。

「弥重も離れてくれ。集中する」

「うん。……お願い」

 凪が私の隣に来て、半ば引きずるように隆と距離を取らされる。バタバタと、外から人のかけてくる音がした。

「私です。開けますよ」

 静かに声をかけて中に入ってきたあいか先生と、その後ろに結衣博士、雪翔さんが続けて入ってくる。凪がすかさず人差し指を口に添える。それだけで、今がどういった状況か、みんな察したようだった。

「何があった」

 小声で、雪翔さんが凪に聞いた。

「……産月にやられた」

 途端、凪の頬がひび割れた。大きな声を出しそうになって、私は慌てて自分の口を手で塞いだ。

「僕の【(おぼろ)げ】を使われた。原理はわからない。とにかく、何でもできる僕の【(おぼろ)げ】を使って、隆一郎の頭の中に『死』を連想させた。身体は無傷なのに、隆一郎の脳内では自分は死んだものだと思ってる。精神が影響して、血圧がどんどん下がってる。その下がった血流の分を、今、流星が補ってくれてる」

 状況を聞いた結衣博士の行動は迅速だった。いつも持ち歩いている死人の研究ストックの中から一つの小瓶を取り出して、血の流れに集中する星ちゃんのそばへ行き、説明をしている。どうやらそれは、これまでの死人の体液から作り出したものらしい。体内に死人を一時的に入れる。それを気つけ役にして、隆に正気が戻り次第、星ちゃんが周辺の血液ごと回収する――。話は聞こえるけど、言葉の意味はやっぱり今は理解できない。

「土屋君、負けないでよ」

 結衣博士の声が、これまで聞いたどんな声よりも切実で、真剣な顔をしていた。

 隆はまだ、ぼんやりと宙を見ている。


 何もできないまま時間だけが過ぎていく。

 女将さんが医者を呼んでくれたものの、星ちゃんと同じくどうしていいかわからない様子だった。結局、邪魔だと睨まれえて退出していった。すみませんと謝ってる大人たち。

「……ねぇ。イチの手、少し動いてる」

 宙に浮いて、隆の視線が動かないかずっと見ていた紫音くんが言った。

「なんか、探してるみたいな。ほら、右手」

 落ち着くようにと、私の両隣を温めてくれていたリイ、マユから離れ、隆の右手へ近づく。指が、痙攣したかのよな動きをしながら、布団から外へ少しずつ出てきていた。

「……隆」

 その手を私は優しく握った。痙攣はまだ続く。手はあまりにも熱かった。きっと隆は、生きようとしている。大怪我を負ったときに熱が出るように、今、向かう死に抗っている。

「生きて、隆。お願いだから……」

 涙がずっと止まらなかった。もうずっと目も鼻も痛くてヒリヒリしていた。だから、

「――力、入った」


私の手を、微かにだけど握り返してくる隆に、さらに泣いていた。

 私はそのまま握り続けた。

 星ちゃんは何も言わずに血を送り続ける。

 隆の額に置いた濡れタオルをあいか先生が何度も替える。

 隆をこんなにしたやつがまた襲いに来ても大丈夫なようにと、宿に守りを固めに行っていた凪と雪翔さんが帰ってくる。

 安心させるように、凪が私の頭に手を乗せた。

「大丈夫。未来を置いていくほど、この子は馬鹿じゃない」

 気持ちの問題じゃないだろうに、それでも今は、隆の気力に頼るしかないのだと思った。


 隣に座って、懸命な処置を続けてもう数時間。ずっと隆に尽くしてくれている星ちゃんは疲労が滲んでいた。

 でもその甲斐あって、ここに運び込まれてきた時よりも、隆の呼吸はかなり自然なものになっていた。

 瞬きもするようになった。充血したままではあるけど、乾燥していただろう目に潤いが戻ってくる。しばらく目を閉じ続けることもあった。眠っているのかもしれない、と結衣博士は言う。

 寝て、起きてを繰り返して、厳重な警備体制のもと、隆の回復を待った。


 気つけに使っていた死人の体液を星ちゃんが回収したのは、ここに運び込まれてきてから実に六時間――夕方になってからだった。

「おし……。あとは、目ぇ覚めんの待つだけだ」

 顔にいっぱいになっていた汗を拭い、うげぇと顔を顰めている。

「ありがとう流星。流星がいてくれて本当によかった」

「おうよ。湊にも俺の実力見せたかったぜ」

 こんなときまで湊さんと張り合うのかと、みんなから呆れたため息が出る。私はまだ、その会話に入る頭はない。

「つっても……、頑張ったのはイチだからな。俺ができたのはせいぜい数時間の延命治療だし、それもハカセの気つけ薬あってのことだ」

「一応と思って持ってきてて良かったわ」

「ありがとうございます、結衣博士」

 凪さんが深々と腰をおる。こんな時でも結衣博士は変わらない。顔を上げるように言って、イケメンが台無しだからと顔を蕩けさせている。隆の回復が確定した途端にこれだ。


   

「ええ、ついさっき目が覚めて。今は女将さんが呼んでくださった先生から検査と問診を受けています。……はい。いえ、熱はまだ引いてなくて、起き上がることもままならないといった様子で――」

 廊下の方から司令官に連絡する凪の声が聞こえる。隆がここに運ばれて来たとき、私が戻ってくるより前に、隆がやられたとあいか先生から報告をしていたらしい。その詳細を知っているはずの凪から、直接現状と経緯を通達している。

 検査を終えた医者が出て行ったと入れ替わりに凪が部屋に入ってくる。

「隆一郎が出てからすぐに追いかけたものの、途中死人に襲われました。地形に変化を起こさせるタイプの能力を備えていて、時間を食いました。おおかた、隆一郎が単身で突っ込んでくると予想していたと思われます。仲間が追いかけてくるだろうことも。おかげで聞くべき会話を聞きそびれました」

 少し待ってもらうよう司令官に一言添えてから、凪は隆の枕元に正座をして小声で話しかける。

 隆はゆっくりと頷いて、凪から携帯電話を受け取った。司令官が一言、二言話したくらいの間が空く。隆は「はい」と掠れた声を出した。

「勝手に動いて……すみませんでした」

 携帯が凪に渡る。続いて、私にも渡される。鼻声のまま応答する。

「一番」

 いつもと変わらない厳かな声が、私を呼ぶ。

「自分を責めるんじゃないぞ。責めるべきは、事前に防げなかった私だ」

 ――違う。

「四十一番の行為は、これからを見据えて起こしたものだ。お前のためだけではない。一人で背負いこむなよ」

 違うよ、司令官。私は、自分が死ねばいいと思ってるだけ。

「大丈夫です。ちゃんと、わかってます」

 隆が起こした行為が、これからを見据えたものだとしても。こうなってしまった原因は私だ。

 ――変な子。ハズレなんて呼ばれてるとも知らずに。

 ――ハズレを殺せ。そう命じられたからさ。

 私を指す名称、ハズレ。私は産月にとって嫌なことを、その上にいる『あのお方』にとって嫌なことを、無意識にしてしまったのかもそれない。殺したくなるレベルの、憎悪に染まるほどの何かを。

 電話を切って、凪に返そうとする。凪は隆と顔を近づけて、負担にならないよう話している。


「センセーがイチに【()る】を使うこともできねぇの?」

「わたしもそれを考えていたのですが……」

「あたしがやめろって言ったの。土屋君の治療中、そんな話をあいかが振ってきたからね」

 ダメだからね、とダメ押しするように結衣博士はあいか先生を睨む。

「あたしはあいかが大事。悪いけど、ここにいる誰よりも大事なの。土屋君がボロるだけなら別にいい。けど、まじないの影響が【()る】を通してあいかにわたる可能性だってあるじゃん。そしたら、あいかはゼーッタイまた誰かに伝えようとする。で、あいかもバラバラになる。やだよ、そんなの。あたしの大事なパートナーを殺さないで」

 じゅうぶん可能性のある未来を、結衣博士は語る。

 先生は肩をすくめた。腰につけたキューブに手を添える。結衣博士から死角になる位置。あ、と思ったときにはもう、凪の【(いと)】があいか先生のキューブを取り上げていた。

「……目ざといですね」

「母譲りですよ」

「返してください」

「明日まで返しません。こっそり使われて、この子に万一のことがあったら僕はあなたを許せなくなる」

 凪は、あいか先生のキューブを自分のキューブの収納庫へ入れた。

「【()る】を体感して、あなたの印象がやっと変わってきたところなんです。だからどうか、僕の恨みを買うようなことはしないでください」

 凪のキューブが、変色していくのが見えた。斎の研究所で見たときには角だけが黒くなっていたのに、今どれだけ進んだのか、六面のうち一面が真っ黒になっている。

 キューブを取り返そうと前のめりになっていたあいか先生がビクッと手を引っ込めた。その様子に怪訝な表情を見せた凪が、先生の視線を追う。黒が増したキューブに、わかっていたかのように微笑んで、黒い面を手で隠しながらポケットに入れる。私がその一部始終を見ていたことに、凪は気づいただろうか。

「ねー。隊長とあいかさん、前になんかあったの?」


 

「隆が何のためにそこまでしてくれるのか、ちゃんとわかってるつもりだよ」

 優しいあなたは、私が傷つくのを見たくないという。命を狙われたままと知ったらその相手を見つけ出して、そうならないよう動く。これは予想でしかないけど、今日の怪我もそのせいだ。

「でもね、これだけはわかってほしい」

 我慢していた涙が溢れる。目が熱い。

「これを、ありがとうって素直に受け取れるほど……私は強くないよ」


凪は隆と顔を近づけて、負担にならないよう話している。

 宿には臨世に使ったのと同じ結界を張ってあること。雪翔さんの人形(ドール)たちもめいっぱい使わせてもらってること。司令官からの指示――東京に帰る予定の延長。産月がすぐそばにいるのなら、私を精鋭部隊から離すべきではない。臨世とのやりとりが終わって、全員での帰還を待つこと。

「お前が眠っている間に、もう一度あそこへ行ってきた。もぬけの殻だった。やつはもう、あそこにはいない」

「そんなの……周囲に怪しまれる」

「平気なんだろう。家族にしてやったのと同じように、都合よく書き換えればいい話だ」

 隆と凪は、私の知らない何かを共有してるらしい。

 私のせいなのに、私の知らない話。

 私に言えない、私を取り巻く人の努力と、痛み――。

「私は……何をしてるの」

 二人が真剣に話し合う後ろで、私は小声で自分を戒める。

 誰もが動いてくれてる中で、私は。


 時間が経つとともに、隆の熱は少しずつ引いていった。顔色も血の気がしっかり戻ってきて、背中を軽く支えていれば自力で起き上がるようにもなった。

 隆はご飯を三杯もおかわりした。体に負担をかけることはしないようにと医者に言われていたのに、早く体力を戻すんだと聞かなかった。そして案の定、胃が悲鳴をあげて、薬の世話になる。

 疲れ果てていた星ちゃんの気力が戻って、隆の体調も六割程度は復活したかと感じた、夜十時ごろ。

「予想はしてたけど……、まじないの影響がかなり深刻だね」

 崩した三角座りで凪が額に手を当てた。

 隆が座る布団を囲うようにして集まって、何を見たのか、聞いたのか、それとも何もないまま急に襲われたのか。あいか先生が話をリードしながら今日の出来事を聞いていった。けれどまじないによるひび割れの前兆の音が聞こえてきて、そのたびに質問が変えられていく。そのまま、結局何も答えることなくあいか先生の質問が終わった。

「昨日の隆君の様子からしても、内容を共有できないのは当然か」

 雪翔さんは隆にお礼を言って、寝かせようとする。隆は持てる限りの力で抵抗した。

「待って、ください。絶対、言っとかないとやばいことが……」

「言葉にできないのだろう。それで無理をして、またまじないが発動したらどうする。これ以上流星に負担をかけるつもりか」

 ハッとした隆は、雪翔さんを押し除けようとする大勢のまま星ちゃんに顔を向けた。星ちゃんはあぐらをかいて腕を組んでいる。特に何も言いはしない。けれど、少なくとも、今日これ以上隆の治療をしてもらうのは誰も前向きには考えられないと思う。

 星ちゃんは後頭部を掻きながら唸った。

「あれだな。湊が臨世につきっきりになってなきゃ、【拘泥(こうでい)】でまじないの中和とかできそうなもんだけど」

「ううん、それができないことは事前にわかってるんだ」

「なんで?」

「『喜びの死人』なら全て話せると隆一郎から伝え聞いたとき、僕は真っ先にリイやマユに協力を依頼してる。二人は『喜び』ではないとわかったあとで、同じ提案を湊と一緒にしたんだよ。でも……」

 凪は説明しながら、雪翔さんの後ろに控えるようにして座っていたリイ、マユに視線を向ける。リイが、怖がるようにマユの懐に顔を埋めた。

『……まじないとは、死人の根幹に触れる内容を口にできなくするための、死人全てが持って生まれてくる鎖ですわ』

 マユが説明を引き継いだ。ぷるぷると震え始めるリイの様子は、尋常ではない。

『いかにキューブが万能の武器であろうとも、それを上回る強固な鎖が、まずわたくしたちの身体を蝕みます。一言、二言くらいなら朽ちる前に言えるかもしれませんけれど……口にしたら最後。灰になってしまう。昨日の隆一郎のように、言いかける程度で終わるのとは違うのですわ』

 リイの頭を撫でながら、マユは大丈夫ですわと安心させようとする。リイがマユの白い着物と同化して見える。

「なるほどな。そんじゃ、湊が頑張れたとしても結果はかわんねぇってこった」

「そう。まじないの力のほうが遥かに大きい」


帰り道、死人の気配がした。獲物を見つけたとばかりに降りてくる鳥型の死人は、俺が持っている紙袋を見るなり急停止した。

 それでも去ろうとはしないところを見て、試しにマフラーを袋から取り出して、首に巻く。両端に縫われた雪の結晶を見るなり、その死人はすぐに飛び去っていった。まるで、関わるもんかと血相を変えて逃げていくように。

「死人が巣食う町で、人が住んでる理由……」

 ――季冬君の手作り小物は縁起がいいからねぇ。なんせ、この店の商品を身につけていたら死人に襲われないとか。

 客が言っていた通りだった。

 この町の人々は、師走によって死人から守られている。


 全てを清算し終えてから、未来はごめんねとまた謝ってきた。

「ごめん、隆。痛かったのも、しんどいのも、ごめんなさい」

「それこそ未来が謝ることじゃねーだろ」

 未来は色んなことを謝ってくる。必要以上に、謝罪の言葉を繰り返す。俺は止めなかった。謝ることで楽になる部分があるって、なんとなく知ってる。無意識かもしれないけど、未来は自分を許すために自分が関わる俺の被害を謝罪している。全てを吐き出して、謝って、未来が抱える重みを少しでも軽くできるのなら、未来が自分のせいだと抑え込むもの全てを聞いて受け止めようと思った。

 一層強く抱きしめる。未来はまだ泣いている。

「こんな思い詰めてるって気づかなかった。ごめんな」

 言葉が途切れ始めたタイミングを見計らって、覆い隠すように抱きしめた。

「謝んないでって……」

「謝るべきだ。ごめん」

 目の際から流れ続ける涙が、俺の服を濡らしていく。泣いて、泣いて、もうぐっしょりだ。

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