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カンカンカン



 目が合った。

 引きずり込まれそうなほどに暗い碧眼と、俺の目が。


『……』


 今にも何か言いそうな、けれど何も発さないソイツは現在、未来を見ている。

 眼下にあるクマごと全部、嬉しそうに歪めている。

 作り物みたいだと思った臨世は『竹』の解除と同時にずるりと動き、顔を上げて開眼した。


「……うそ」


 消え入りそうな声で未来が呟く。


「そんな、わけない。だってまだ……節、一つで……」


 俺に握られた右手が震えてる。

 目を見開いて、奴から視線を離せないでいる。


 結論から言うと、『竹』の解除は成功した。

 天井近くから心臓を貫いていた長い竹は、枯れ枝を指で折るように簡単に割れて落ちていった。心臓に突き刺さっていた部分は砂みたいに流れて完全に消えた。

 けれど未来の様子を見れば、【むこ露草つゆくさたけ】の理屈を知らない俺でもかなり想定外のことが起きたのだとわかる。

 臨世を縛り付ける凪さんも、従える用意をしていた湊さんも、守備に回っていた他のみんなも。

 今の『竹』の壊れ方は、異常。全員わかったと思う。


 臨世に動く様子はない。けれど口がにたぁ……と笑っていて、まばたき一つしない。気味が悪い。


「なんで……」

「下がるぞ、未来」


 なんで、どうしてという言葉を繰り返し、動けないでいる未来を臨世から離そうとした。


 ──カンッ。


 突然のその音に、意識を持っていかれる。


「ぁ……」


 未来が仰け反った。片膝をついた状態から後ろに倒れるようにして、おしりを床につける。


「未来──」

「やだ……あれ・・は、いやだ」


 がたがた、がたがたと震え出す。

 臨世が出す音に怯え、顔いっぱいに恐怖を広げて俺にすがりついてくる。


 ──カンッ。


 びくっと、腕の中で大きく跳ねる。


 ──カンッ。


 ひっ、と小さな悲鳴を漏らす。


 奴は変わらず動いていない。

『紋章』による拘束と手首の枷や足の鎖。更に今は凪さんの【(いと)】によって身動きひとつできない状態。

 ただひとつ、【る】を使うために自由にさせている口が、不自然に大きく開けられている。

 そして──カンッ。

 歯と歯を合わせ、音を鳴らした。


『……』


 口角を上げてまた開く。

 それを何度も、何度も繰り返す。

 カン、カン、──……カン。


『……なんや。能力使われへんな』


 ──喋った。


「あ……」

『めーっちゃ久しぶりに自由やーって思ったんやけどなぁ……。誰? ボクの能力制御しとる奴。土屋君? 相沢ちゃん? ……弥重君はちゃうやろなぁ』


(いと)】で手一杯やろうし、と臨世は凪さんを嘲笑する。

 未来も更に体を強ばらせる。うわ言のように唇から恐怖を零す。


『手のこれかなぁ……』

「聞くな、未来」


 覆い隠すように未来を抱きしめて、臨世が視界に入らないようにした。

 トラウマを呼び起こす音はまだ続く。

 使えないとわかってるくせに、天気を味方につけようと臨世は歯を噛み合せる。

 カンッ、カンッ、カンッ!!


「うぁ……っ」

「【薄灰色グレーアウト】っ!」


 限界だ。

 息を荒らげ、嗚咽し出した未来の体へ灰色の炎を纏わせる。

『竹』の壊れ方が不自然だった以上離脱させるべきじゃないかもしれないが、それでも俺は未来の心の傷を広げさせたくない。

薄灰色グレーアウト】の内側に【なごみのほのお】も作り出す。灰色と赤色の炎で臨世と未来の切り離しを図る。


『──腫れ物扱いすんなや、土屋君』


 一際大きな歯を鳴らす音が響く。


『なにそれ? 汚ったない火。どうせ相沢ちゃんの成長の機会奪う技なんやろ。大事に大事にしてた昔みたいにさ』


 そうかもしれない。

 それでも俺は、お前と未来を関わらせたくない。


『だんまりか?』

「……」

『随分えらぁなったんやな』

「そういうお前は、もう別人みてぇだな」


 過呼吸を起こしかけていた未来の息が少しずつ整っていく。安定するまで待って、俺はそこにいる死人を睨み付けた。


「お前の元になったあいつは、俺の炎が何色でも汚いなんて言わなかったぞ」


 未来に纏わせた【薄灰色グレーアウト】。火で燃やされてできる『灰』から連想して作り出した灰色の炎は、直樹の前でも何度か使ったことがある。

 コンピュータの画面に表示された文字が薄い灰色となって、一時的にアクセスできないことを表すグレー表示と同じ効果。

 周りの音も声も聞こえる。でもつらくはない。未来の耳には入るけれど精神には干渉できない。そんな状態にする守りの炎。

 汚いと言われて当然な濁った炎を、直樹はいつだって綺麗だと笑ってくれた。


「あいつを真似て話すのはやめろ。それは直樹の記憶。お前のものじゃない」

『一緒やで、ボクもナオキも。相沢ちゃんへの想いを捨てて、でも捨てきれんくて一体化したのがボクらなんやから』


 わかってるくせに、と口もとをいやらしく歪める。

 俺は睨むだけで言葉を返すことはしない。

 何も言い返せないのだと思った臨世はより嬉しそうにした。


『東京引っ越すって……ボクに任せたのが悪かったなぁ、土屋君』


 


『土屋君が相沢ちゃんのそば離れたりせんかったら……ナオキも友だち以上の感情は芽生えんかったかもな』



『────ッ!!』


 臨世の顔の下半分が、【(いと)】によって切り落とされた。

 驚く俺の前へ、凪さんが立つ。

 形のある上唇からだらだらと血が滴り落ちた。


「もう、いいでしょう。本物か偽物かの識別には十分なはずだ」


 静かで、けれど感情を抑えられない。そんな声。

 初めて見る本気で怒っている凪さんの視線は、拘束する臨世ではなく国生先生へ向けられていた。


「な、凪さん? あの、どういう……」

「会話なんてさせるつもりはなかった。」

「……手っ取り早いんですよ。わたしたちで調べるよりも、ずっと」



「あなたのやり方は気に入らない。僕は以前にも言いました。この子たちを傷つけるなら、僕はあなたを許さないと」



「ごめんなさい、未来さん。『竹』の壊れ方が明らかにおかしかったので、臨世が偽物ではないか確かめるために誰も動かないようにしてもらっていました。……つらい思いをさせました。申し訳ありません」


 顔を上げれば、俺と未来以外の全員の顔の近くに青い文字が書かれていた。

 それは、俺たちが会話できるようにする内容。

 待機命令──端的に言うと、誰も手を出すな、という言葉だった。


「『戦略家』なんて綺麗なのは言葉だけだ。やっぱりあなたは、人として必要な部分が抜け落ちてる。」




「──『うるさい』」


 途端、臨世の口が開いたまま閉じなくなった。

 音の反響に掻き消されそうだったその声。

 静かにうるさいと言った湊さんは立ち上がって、臨世へ近付いていく。


「……凪くん、小山内くん。大丈夫そうですか?」


(いと)】を張る凪さんと足を組んで座る湊さんへ、国生先生は静かに問い掛ける。

 確認を取り合うように二人は目配せをして、数秒置いてから頷いた。


「対象と【(いと)】に問題はありません。けれど『竹』の壊れ方が気になります」

「僕も同意。未来ちゃんから聞いてた話とは随分違う、確かめた方がいいよ先生」


 指摘を受けた国生先生は細い顎へ指を添える。「気になる点は同じですね」と呟いて、結衣博士を一目見た。


「……あたしの力が必要かい? あいかちゃん」

「そのお顔はムカつきます」

「ひっどいなぁーっ!?」

「こんな時でも変わらないのは助かりますが。お力を貸してくださいますか」


 ドヤ顔とも言える自信満々の表情だった結衣博士は一度谷に落とされ萎みかけるけど、必要とされたことで復活してにこにこになった。

 空中に用意していた青いパネルをスクロールして、斎を思わせる速さでデータと本物の『竹』の齟齬を調べていく。

 その横で先生は携帯を取り出しどこかへ電話をかける。呼び出すプルルルル……という音が何度か鳴る。

 凪さんが問題ないと言ったとはいえ、二人とも臨世に近付き過ぎじゃないだろうか。


『北海道支部、────です。所属と──をお願いいたします』


 かけていたのは北海道支部らしい。さすがに全部は聞き取れないけど、誰も話していない空間だと電話口の声も大きく聞こえる。


「東京本部、特殊対応科の国生です。本日予定していた臨世の拘束解除について、急ぎ確認したいことがあります。支部長へ繋いでくださいますか」


 取り次ぎは迅速。電話の相手はすぐに支部のトップに変わり、もう一度名乗った国生先生は現状の報告とここ最近の端段市博物館の映像を送ってほしい旨を伝える。

 同時に妙なことが起きていなかったか再確認を頼み、青いパネルを宙に用意して、送付されたデータにお礼を言って通話を切る。

 今度は司令官へ電話をして情報共有。このまま【る】へ移行するメリットとデメリットを提示してから先生の見解を述べ、指示を仰ぐ。


「こういうところは……尊敬できるんだけどな」


 本部は本部でも中で分かれてるのか、と会話で思っていると、凪さんの呟きが耳を掠めた。

(いと)】を大量追加して、未来を見続ける臨世の目を隠すように巻き付ける。

『紋章』に手を置いたままの未来の左隣にしゃがんで、「ね」と微笑んでみせた。


「……仲良く、してね?」

「ふふ。できたらいいなとは思うよ」


 青い瞳が遮断され、ようやく臨世から目を離せた未来は困り顔を返した。凪さんのいつも通り加減に安心したのもあると思う。

 先生と博士は確認作業を続けている。

 タイピングのぽんぽんという音が柔らかくて、場の空気を和ませていく。見てわかるほど未来の緊張は解けていった。


「りゅーちゃんは? 平気?」


 喋らないでいたせいか、凪さんは俺の心配までしてくれた。


「平気です。ただちょっと……『竹』の解除法を俺はよく知らないんで、不安なままというか」

「」


「弥重。もういいだろ後は、ガキんちょ外に出してやろうぜ」

「また言った」

「……すんません。未来です」

「懲りないな。隆一郎、一緒に行ってあげて。外で待っててもいいし、先に旅館へ戻るでもいいから」


 流星さんの助言と凪さんの了承。

 未来はでも、と言いかけた。

 凪さんが首を横に振る。


「『竹』の解除はできてる。十分だよ」


 当初の目的は達成している未来へお礼を言った凪さんは、未来の左手をとって立ち上がる。

『紋章』に触れたままだった指が離れる。


「……本当にいいの? 私、ほとんど何もしてないよ」

「一節目はちゃんと分解されてた。経過はどうあれ、出会った以降のつらい記憶を思い出さずに済んだのなら良かったと僕は思う」


 後は僕らの仕事だから、任せてくれたらいい。

 未来を安心させるように言って、凪さんは未来だけじゃなく俺の体も半回転させて扉へ向けさせる。ほら出た出た、と言いたげに背中を押してくる。力やばい。手の形で穴があきそう。


「ちょっ、凪さんつよ、力強すぎですって!」

「あははっ。まだりゅーちゃんには負けられないからねー」

「未来みたいに優しくしてください!」

「」


 結衣博士と国生先生の守備を担当するユキさんが廊下へ続く扉を開けてくれて、暖房による暖かい空気が入ってくる。

 緊張していたのか、ここは寒かったのだと今更気付く。




 外へ出ていいか凪さんに再度確認をとって、了承を得た俺は力が抜けたままの未来を支え、扉へ向かって歩かせる。


 扉を閉める重い音に掻き消されるように、『また会おうな』と嬉しそうな声を聞いた。

『また』なんてない。

 未来が役目を終えた今、俺は二度と会わせるつもりはないし、話させたくもない。

 俺一人で会いに来ることだって絶対にないのだから、その願いが叶うはずはないだろう。

 部屋の中に凪さんたちを残して、俺は未来を連れて地下から一階へ移動した。


【フリーメモ】

『竹』の壊れ方に不安は残るものの見ていてわかるほど未来の緊張は解けていった。


 ここへ来るまでに未来から問われた内容を思い出す。

俺が恨んでいるのは、直樹か臨世か。

未来は多分、二人は別物だと既に落とし込んでいたんだろう。


「」

 グレーアウトとは、コンピュータの画面に表示された文字が薄い灰色となって、一時的にアクセスできないことを示すもの。グレー表示とも呼ばれるそれを、火で燃やされ作り出される『灰』から連想して生み出したのが、灰色の炎【薄灰色グレーアウト】だ。

 臨世の音も声も聞こえる。でもつらくはない。未来の耳には入るけれど精神には干渉できない。そんな状態にする守りの炎。

 過呼吸を起こしかけていた未来の息が少しずつ整っていく。


掟を破って、学校で炎を出して色を変えて遊んでいたことがある。それがどんなに汚いと言われそうな色でも、今未来に使っている灰色の炎でも、直樹なら言わない言葉だった。


 そうかもしれない。

 それでも俺は、お前と未来を関わらせたくない。


『だんまりか?』

「……」

『随分えらぁなったんやな』

「そういうお前は、数日で変わったみてぇだな」


 びくっと、未来の体が大きく跳ねる。


 ──カンッ。


 ひっ、と小さな悲鳴を漏らす。


連絡先は北海道支部だった。相手の声まではさすがに聞き取れないけど、取り次ぎは迅速らしい。国生先生がもう一度名乗る。


「結衣さん、お願いできますか」

「らじゃ」


 頼まれた結衣博士は空中の青いパネルをスクロールして、斎を思わせる速さでデータと本物の『竹』の齟齬を調べていく。

 その横で先生は携帯を取り出しどこかへ電話をかけた。

 呼び出す音が何度か聞こえる。

 本部や司令官ならすぐに繋がる。かけているのは別の所らしい。

 静寂が支配するこの部屋で、プルルルル……というコール音はやけに大きく思えた。


『北海道支部、────です。所属と──をお願いいたします』


 連絡先は北海道支部だった。さすがに全部は聞き取れない。


「東京本部、特殊対応科の国生です。本日予定していた臨世の拘束解除について、急ぎ確認したいことがあります。支部長へ繋いでくださいますか」


『手のこれかなぁ……』

「聞くな、未来」


「弥重。もうガキんちょ外に出してやろうぜ、いいだろ後は」


今度は司令官へ電話をする。


『──北海道支部、情報処理科です。所属と要件をお願いいたします』


 連絡先は北海道支部だった。


 本部や司令官ならすぐに繋がるから、呼び出しているのは別の所なんだろう。コール音が何度か聞こえる。


 本部ではないらしい。

 本部や司令官ならすぐに繋がるから、呼び出しているのは別の所らしい。何度かコール音が聞こえる。


『──北海道支部、情報処理科です。所属と要件をお願いいたします』


 静寂が支配する拘束部屋。相手の声がやけに大きく聞こえた。


 二人の指摘を受けた国生先生は細い顎へ指を添える。結衣博士に「お願いします」と頼んでから携帯を取り出し電話をかけた。

 その間、結衣博士は空中の青いパネルをスクロールして、斎を思わせる速さでデータと本物の『竹』の齟齬を調べ始めた。


その間、結衣博士は空中に出していた青いパネルをスクロールして、斎を思わせる速さでデータと本物の『竹』の齟齬を調べ始めた。


 臨世の目は一度も外れることなく未来を見ている。

 でも凪さんのいつも通り加減が安心材料になったのか、ようやく視線を外せた未来は困り顔を凪さんへ返した。

 ぽん、ぽんと柔らかいタイピングの音が鳴る。

 やけに静かな空間で、それは緊張を高めていく。

 臨世の目は一度も外れることなく未来を見ている。


「ガキんちょ。とりあえず下がれ、しんどいだろそこ」

「……でも」

「外でもいい、イチと楽なとこに行け。もう無理する必要なんかねぇから」


 ありがとな、と。当初の目的は達成している未来へ流星さんがお礼を言って、臨世の視線を遮るように前に立ってくれた。

 俺の横に来た凪さんも退出を促すように頷く。


「『竹』の解除はできてる。大丈夫だよ」


 結衣博士と国生先生の守備を担当するユキさんが廊下へ続く扉を開けてくれて、暖房による暖かい空気が入ってくる。

 緊張していたのか、ここは寒かったのだと今更気付く。


「出よう、未来」


 なんで、どうしてという言葉を繰り返し、動きそうにない未来を立たせようとした時だった。


臨世に視線を縫い付けていた未来。青い瞳が遮断され、凪さんのいつも通りさに安心したのかようやく目を離し、困り顔を返した。


 ぽん、ぽんと柔らかいタイピングの音が鳴る。

 やけに静かな空間で、それは緊張を高めていく。

 臨世の目は一度も外れることなく未来を見ている。


はねぇよ必要なら呼びにいってやる


「なんで……だって、まだ一節分しか……」


 似たようなことを呟いて未来は振り返ろうとする。『竹』の解除でおかしなことが起きた理由を知りたがってる。

 でも俺はこれ以上アイツを見させたくないし未来のことも見られたくもない。真後ろよりも未来が首を回した左側を歩いて、アイツが見えないようにした。

 俺のわがままだけど、


「未来を下がらせて。詳細は後で聞く」


 なんで、どうしてという言葉を繰り返し、動けないでいる未来を臨世から離そうとした。


「なんで……」

「下がるぞ、未来」


 なんで、どうしてという言葉を繰り返し、動けないでいる未来を臨世から離そうとした。


 臨世が言葉に発するようになったら未来がこうなることは想像できた。だから、せめて


「隆一郎」


 びくっとした。

 凪さんから掛けられた声に飛び上がりそうになって、目の前の存在に恐怖していたことを知る。


大阪おらんなるんやったら、ボクが全力で相沢ちゃんを守ったる。あんな約束せんかったら


コンピュータの操作画面で、表示されている入力要素が一時的に操作・選択できない状態になっていること。慣習的に薄い灰色で表示するためこのように呼ばれる。


選択肢としては存在するが、現在の状態や条件では一時的に無効になっていて選択できないことを表す。


 重要度・関連性・優先度が低いこと、無効・アクセスできないなどの状況を示すために使用される。


話させるつもりはない


臨世の音も声も聞こえなくなるように、俺は未来にだけ【】を纏わせた。


けれど【(いと)】が切れることはない。


 ぺたん、と未来が床に座り込んだ。腰が抜けたのかおしりを付けて、身体を震わせる。


『手のこれか……いや、後ろになんかんな。ソイツかなぁ……』


 人型の死人の体液は赤い。わかっているはずなのに、それが人間を思わせ、同時に『臨世』ではなく『直樹』がそこにいるのだと錯覚する。声と話し方まで直樹のもの。未来がこれまで以上に身体を震わせる。


(いと)】で手一杯やろうし、と臨世は凪さんを嘲笑する。


『……』


 口角を上げてまた開く。

 それを何度も、何度も繰り返す。

 カン、カン、──……カン。


「隆一郎」


 びくっとした。

 凪さんから掛けられた声に飛び上がりそうになって、目の前の存在に恐怖していたことを知る。


「未来を下がらせて。詳細は後で聞く」

「……っ、はい!」


 どくんどくんと脈打つ心臓を無視して、俺は動けないでいる未来を扉の方へ向かせ、背中を押して歩かせる。


「なんで……だって、まだ一節分しか……」


 似たようなことを呟いて未来は振り返ろうとする。『竹』の解除でおかしなことが起きた理由を知りたがってる。

 でも俺はこれ以上アイツを見させたくないし未来のことも見られたくもない。真後ろよりも未来が首を回した左側を歩いて、アイツが見えないようにした。

 俺のわがままだけど、


繰り返される「なんで」を聞きながら、俺はソイツから目を離せないでいる。


「……」

『竹』がなくなった臨世は今、未来を見ている。

 人形みたいだと思っていたソイツはずっと、未来を見続けている。


 繰り返される「なんで」を聞きながら、俺はソイツから目を離さず小声で凪さんに指示を仰いだ。

 凪さんは無言で『紋章』を一周する。

 少し考えるような仕草をしてから頷いた。


「いい。未来には後で聞く。だからもう外へ出してあげて」

「はい」


 どくんどくんと脈打つ心臓を無視して、俺は動けないでいる未来を引き寄せ扉へ向かわせる。

 人形みたいだと思っていた臨世は今、未来を見続けている。

『竹』が消えた途端、全く動かなかった顔がずるりと動いて。海の深いところみたいな青く暗い眼球がぎょろりと回って。

 最後に……未来を見つけて。

 眼下にあるクマごと全部、嬉しそうに歪んでいった。

 廊下に出るまでの数メートルがやけに長く感じる。

 注がれる視線に鳥肌が立つ。

 瞬きひとつせず、未来を見つめている。

『紋章』の上で固定されたままにやにやと笑って、笑って──気味が悪い。


 びりびりと、耳に胃に心臓に刺し込む激昂。

 未来が小さな悲鳴を上げて蹲る。

 耳を手で塞いでガタガタと震え出す。

 俺も呼吸がままならない状態で、未来を覆い隠すように抱きしめた。

 目を固く閉じる。


『……どこ行くん? 相沢ちゃん』


 ──話した。


「あ……」

『なんや、えらい久しぶりな気ぃすんなぁ』


『……相沢ちゃんやないの』


 ──話した。


「あ……」

『なんや、えらい久しぶりな気ぃすんなぁ』


 にた……と笑う、それ。

 作り物みたいだと思っていたそいつは今、未来を青い瞳で見つめている。

 夜の海みたいな青。

 引きずり込まれそうなほどに暗い。


 小声で指示を受けた、その瞬間。

 ──カァァァァンッッ!!

 耳に痛い、マテリアル特有の音が響き渡った。


俺から視線を外して未来を見た。


「うそ……」


 未来が呟いた。

 俺に握られた手と声が震えてる。

 目を見開いて、臨世から視線を離せないでいる。


「なんで……だって、まだ……」


 唇を震わせ、『紋章』から後ずさる未来はなんでという言葉を繰り返した。

 呻き声はなかった。痛むような様子も見せなかった。

 けれど全く動かなかった臨世の顔がずるりと動いて。

 海の深いところみたいな青く暗い眼球がぎょろりと一周して。

 最後に……未来を見つけて。

 眼下にあるクマごと全部、嬉しそうに歪んでいった。

 口が動く。


『……相沢ちゃんやないの』


 ──話した。


「あ……」

『なんや、えらい久しぶりな気ぃすんなぁ』


 にた……と笑う、それ。

 作り物みたいだと思っていたそいつは今、未来を青い瞳で見つめている。

 夜の海みたいな青。

 引きずり込まれそうなほどに暗い。


「隆一郎」

「未来、もう少し下がるぞ」


 どくんどくんと脈打つ心臓を無視して、俺は動けないでいる未来を引き寄せ距離を取らせる。

 臨世は『紋章』の上で固定されたまま。

 言葉はハッキリしているが、動けるようには見えない。

 ただにやにやと笑って、笑って──気味が悪い。


「そんな、ない。だってまだ、節、一つで……」


 何かおかしいと、未来が伝えようとしてるのはわかる。でも息の乱れが邪魔をして上手くいかない。

 結論から言うと、『竹』は解除された。

 天井近くから心臓を貫いていた長い竹は、枯れ枝を指で折るように簡単に割れて落ちていった。心臓に突き刺さっていた部分は砂みたいに流れて完全に消えた。

 けれど未来の様子を見れば、【むこ露草つゆくさたけ】の理屈を知らない俺でもかなり想定外のことが起きたのだとわかる。


 臨世を縛り付ける凪さんも、従える用意をしていた湊さんも、守備に回っていた他のみんなも。

 今の『竹』の壊れ方は、異常。全員わかったはずだ。


「凪さん」

「いい、未来には後で聞く。だからもう外へ──」


 小声で指示を受けた、その瞬間。

 ──カァァァァンッッ!!

 耳に痛い、マテリアル特有の音が響き渡った。



「うそ……」


 未来が呟いた。

 声と俺に握られた手が震えてる。

 目を見開いて、それから目を離せないでいる。


『──久しぶりやなぁ、相沢ちゃん』


 にた……と、笑う、それ。

 作り物みたいだと思っていたそいつの頭がのろりと動いて、未来を青い瞳で見つめている。

 引きずり込まれそうなほど、夜の海みたいな黒に近い青。


「あ……」

「未来、下がるぞ」


 どくんどくんと脈打つ心臓を無視して、動けないでいる未来を引き寄せ距離を取らせる。

 臨世は、『紋章』の上で固定されたままだ。

 ただにやにやと笑って、笑って──気味が悪い。


「未来……」

「そんな、ない。だってまだ、節、一つで……」


 おかしいと伝えようとしてるのはわかる。でも息の乱れが邪魔をして上手くいかない。

 結論から言うと、『竹』は解除された。

 天井近くから心臓を貫いていた長い竹は、枯れ枝を指で折るように簡単に割れて落ちていった。心臓に突き刺さっていた部分は砂みたいに流れて完全に消えた。

 けれど未来の様子を見れば、【むこ露草つゆくさたけ】の理屈を知らない俺でもかなり想定外のことが起きたのだとわかる。


 臨世を縛り付ける凪さんも、従える用意をしていた湊さんも、守備に回っていた他のみんなも。

 今の『竹』の壊れ方は、異常。全員わかったはずだ。


「凪さん」

「いい、未来には後で聞く。だからもう外へ──」


 小声で指示を受けた、その瞬間。

 ──カァァァァンッッ!!

 耳に痛い、マテリアル特有の音が響き渡った。


-------------------------かん-------------------------

【本文】


 目が合った。

 引きずり込まれそうなほどに暗い碧眼と、俺の目が。


『……』


 今にも何か言いそうな、けれど何も発さないソイツは現在、未来を見ている。

 眼下にあるクマごと全部、嬉しそうに歪めている。

 作り物みたいだと思った臨世は『竹』の解除と同時にずるりと動き、顔を上げて開眼した。


「……うそ」


 消え入りそうな声で未来が呟く。


「そんな、わけない。だってまだ……節、一つで……」


 俺に握られた右手が震えてる。

 目を見開いて、奴から視線を離せないでいる。


 結論から言うと、『竹』の解除は成功した。

 天井近くから心臓を貫いていた長い竹は、枯れ枝を指で折るように簡単に割れて落ちていった。心臓に突き刺さっていた部分は砂みたいに流れて完全に消えた。

 けれど未来の様子を見れば、【むこ露草つゆくさたけ】の理屈を知らない俺でもかなり想定外のことが起きたのだとわかる。

 臨世を縛り付ける凪さんも、従える用意をしていた湊さんも、守備に回っていた他のみんなも。

 今の『竹』の壊れ方は、異常。全員わかったと思う。


 臨世に動く様子はない。けれど口がにたぁ……と笑っていて、まばたき一つしない。気味が悪い。


「……凪くん、小山内くん。大丈夫そうですか?」


(いと)】を張る凪さんと足を組んで座る湊さんへ、国生先生は静かに問い掛ける。

 確認を取り合うように二人は目配せをして、数秒置いてから頷いた。


「対象と【(いと)】に問題はありません。けれど『竹』の壊れ方が気になります」

「僕も同意。未来ちゃんから聞いてた話とは随分違う、確かめた方がいいよ先生」


 指摘を受けた国生先生は細い顎へ指を添える。「気になる点は同じですね」と呟いて、結衣博士を一目見た。


「……あたしの力が必要かい? あいかちゃん」

「そのお顔はムカつきます」

「ひっどいなぁーっ!?」

「こんな時でも変わらないのは助かりますが。お力を貸してくださいますか」


 ドヤ顔とも言える自信満々の表情だった結衣博士は一度谷に落とされ萎みかけるけど、必要とされたことで復活してにこにこになった。

 空中に用意していた青いパネルをスクロールして、斎を思わせる速さでデータと本物の『竹』の齟齬を調べていく。

 その横で先生は携帯を取り出しどこかへ電話をかける。呼び出すプルルルル……という音が何度か鳴る。

 凪さんが問題ないと言ったとはいえ、二人とも臨世に近付き過ぎじゃないだろうか。


『北海道支部、────です。所属と──をお願いいたします』


 かけていたのは北海道支部らしい。さすがに全部は聞き取れないけど、誰も話していない空間だと電話口の声も大きく聞こえる。


「東京本部、特殊対応科の国生です。本日予定していた臨世の拘束解除について、急ぎ確認したいことがあります。支部長へ繋いでくださいますか」


 取り次ぎは迅速。電話の相手はすぐに支部のトップに変わり、もう一度名乗った国生先生は現状の報告とここ最近の端段市博物館の映像を送ってほしい旨を伝える。

 同時に妙なことが起きていなかったか再確認を頼み、青いパネルを宙に用意して、送付されたデータにお礼を言って通話を切る。

 今度は司令官へ電話をして情報共有。このまま【る】へ移行するメリットとデメリットを提示してから先生の見解を述べ、指示を仰ぐ。


「こういうところは……尊敬できるんだけどな」


 本部は本部でも中で分かれてるのか、と会話で思っていると、凪さんの呟きが耳を掠めた。

(いと)】を大量追加して、未来を見続ける臨世の目を隠すように巻き付ける。

『紋章』に手を置いたままの未来の左隣にしゃがんで、「ね」と微笑んでみせた。


「……仲良く、してね?」

「ふふ。できたらいいなとは思うよ」


 青い瞳が遮断され、ようやく臨世から目を離せた未来は困り顔を返した。凪さんのいつも通り加減に安心したのもあると思う。

 先生と博士は確認作業を続けている。

 タイピングのぽんぽんという音が柔らかくて、場の空気を和ませていく。見てわかるほど未来の緊張は解けていった。


「りゅーちゃんは? 平気?」


喋らないでいたせいか、凪さんは俺の心配までしてくれた。


「平気です。ただちょっと……『竹』の解除法を俺はよく知らないんで、不安なままというか」

「」


「弥重。もういいだろ後は、ガキんちょ外に出してやろうぜ」

「また言った」

「……すんません。未来です」

「懲りないな。隆一郎、一緒に行ってあげて。外で待っててもいいし、先に旅館へ戻るでもいいから」


 流星さんの助言と凪さんの了承。

 未来はでも、と言いかけた。

 凪さんが首を横に振る。


「『竹』の解除はできてる。十分だよ」


 当初の目的は達成している未来へお礼を言った凪さんは、未来の左手をとって立ち上がる。

『紋章』に触れたままだった指が離れる。


「……本当にいいの? 私、ほとんど何もしてないよ」

「一節目はちゃんと分解されてた。経過はどうあれ、出会った以降のつらい記憶を思い出さずに済んだのなら良かったと僕は思う」


 後は僕らの仕事だから、任せてくれたらいい。

 未来を安心させるように言って、凪さんは未来だけじゃなく俺の体も半回転させて扉へ向けさせる。ほら出た出た、と言いたげに背中を押してくる。力やばい。手の形で穴があきそう。


「ちょっ、凪さんつよ、力強すぎですって!」

「あははっ。まだりゅーちゃんには負けられないからねー」

「未来みたいに優しくしてください!」

「」


 結衣博士と国生先生の守備を担当するユキさんが廊下へ続く扉を開けてくれて、暖房による暖かい空気が入ってくる。

 緊張していたのか、ここは寒かったのだと今更気付く。


「出よう、未来」


 なんで、どうしてという言葉を繰り返し、動きそうにない未来を立たせようとした時だった。


 ──カンッ。


 突然のその音に、意識を持っていかれる。


「ぁ……」


 ぺたん、と未来が床に座った。腰が抜けたのかおしりを付けて、身体を震わせる。


「未来──」

「やだ……あれは、いやだ」


 がたがた、がたがたと。

 臨世が出す音に怯え、顔いっぱいに恐怖を広げて俺にすがりついてくる。

 館内なのに強い風が吹いて、廊下へ続く扉が衝撃とともに閉じられた。


「隆、後ろに」

「はい……!」


 急ぐ時は短く俺を呼ぶ凪さん。

 立てなくなった未来を隠すように抱き締めて、凪さんの背中側でじっとする。

 全員が戦闘態勢に入る。


 ──カンッ。


「国生さん、結衣博士。俺から離れないでくださいね」

「わぁお……。頼もしいわ、ユキちゃん」

「結衣さん危機感を持ってください。アレは奴の能力発現のトリガーですよ」


 ──カンッ。


「流星。ダメなら即排除」

「わかってる」

「湊も加減しないでいいからね」

「りょーかぁい。凪も八つ裂きにする勢いでどーぞね」


 ──カンッ。


 奴は変わらず動いていない。

『紋章』の上で膝をついたまま、手首の枷と足の鎖。更に今は凪さんの【(いと)】によって身動きひとつできない状態。

 ただひとつ、【る】を使うために自由にさせている口が、不自然に大きく開けられている。

 そして──カンッ。

 歯と歯を合わせ、音を鳴らした。


『……』


 口角を上げてまた開く。

 それを何度も、何度も繰り返す。

 カン、カン、──……カン。


『……なんや。あんま能力使われへんな』


 ──喋った。


「あ……」

『めーっちゃ久しぶりに自由やーって思ったんやけどなぁ……。誰? ボクの能力制御しとる奴。土屋君? 相沢ちゃん? ……弥重君はちゃうやろなぁ』


(いと)】で手一杯やろうし、と臨世は凪さんを嘲笑する。無理やり体を動かそうとする。

 ギギギ……と、しなる音が鳴り、●の光の糸がくい込んで血を流す。

 振り解けない臨世は動くことを諦めた。


『手のこれもやけど……ボクの後ろにおるヤツ。ソイツがいっちゃんメンドーやねんなぁ……』


 誰? と再度問いかける。

 湊さんは答えない。臨世を背後から見下ろしている。

 使えないとわかっているくせに、また口を開けては歯を噛み合せ、天気を味方につけようと音を鳴らす。

 カンッ、カンッ、カンッッ!!


「──『うるさい』」


途端、臨世の口が開いたまま閉じなくなった。

音の反響に掻き消されそうだったその声。

静かにうるさいと言った湊さんは立ち上がって、臨世へ近付いていく。




「【薄灰色グレーアウト】」


 覆い隠すように未来を抱きしめて、俺は耳元で囁いた。

 未来の体を灰色の炎が纏う。


『──腫れ物扱いすんなや、土屋君』


 一際大きな歯を鳴らす音が響く。


『なにそれ? 汚ったない火。どうせ相沢ちゃんの成長の機会奪う技なんやろ。大事に大事にしてた昔みたいにさ』

「……そうだとしても、俺はお前と未来を関わらせたくない」


 グレーアウトとは、コンピュータの画面に表示された文字が薄い灰色となって、一時的にアクセスできないことを示すもの。グレー表示とも呼ばれるそれを、火で燃やされ作り出される『灰』から連想して生み出したのが、灰色の炎【薄灰色グレーアウト】だ。

 臨世の音も声も聞こえる。でもつらくはない。未来の耳には入るけれど精神には干渉できない。そんな状態にする守りの炎。

 過呼吸を起こしかけていた未来の息が少しずつ整っていく。


「出会った頃をお前が語るな。それは直樹の記憶。お前のものじゃない」

『一緒やで、ボクもナオキも。相沢ちゃんへの恋心を捨てて、でも捨てきれんくて一体化したのがボクらなんやから』


 わかってるくせに、と口もとをいやらしく歪める。

 俺は睨むだけで言葉を返すことはしない。

 外へ出ていいか凪さんに再度確認をとって、了承を得た俺は力が抜けたままの未来を支え、扉へ向かって歩かせる。


『東京引っ越すって、ボクに任せたのが悪かったなぁ、土屋君』


 足を止めず、●戒めを背中に受ける。


『土屋君が相沢ちゃんのそば離れたりせんかったら……ナオキも友だち以上の感情は芽生えんかったかもな』


 扉を閉める重い音に掻き消されるように、『また会おうな』と嬉しそうな声を聞いた。

『また』なんてない。

 未来が役目を終えた今、俺は二度と会わせるつもりはないし、話させたくもない。

 俺一人で会いに来ることだって絶対にないのだから、その願いが叶うはずはないだろう。

 部屋の中に凪さんたちを残して、俺は未来を連れて地下から一階へ移動した。


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