襲撃シリーズ
「なあ、今日ぐらいゆっくり行こうぜ……どうせ遅刻確定なんだからよぉ」
「だーめ。ニュース一緒に見たでしょ? ちょっと早めに凛ちゃんに話聞きに行きたいの」
……確かに、それは俺も気になっていることだ。
昨日の夜、北海道の遠征が終わって、本来なら残りの4日ぐらいは向こうに滞在する予定だった俺たち。
なのにその足で今急ぎ足で学校に行っているのには、ある理由のせいだった。
(長谷川薬店襲撃……)
今朝、向こうのテレビで見たニュースの内容を鮮明に思い出す。
画面に映る、見慣れた長谷川の家の薬売り場。
そこが、以前の光景が思い出せないほどにめちゃくちゃに荒らされているのをレポーターが必死に伝えていた。
その場に長谷川はいなかったけど、あの様子を見るに、恐らくだが……売り物になっていた薬のほとんどがダメになったはずだ。つまるところ、全ての瓶が床に叩き割られていた。
朝イチで長谷川に連絡は取っていて、彼女とその家族が無事であることの確認はできている。だけど、その声にはいつもの張りはなく、もう、どうしたらいいかわからないと、その重苦しいトーンが告げていた。
「……学校着いたら、とりあえず一時間目の授業の最中ぐらいだろ。聞くのはそれからだぞ」
「わかってる。でも、心配だから」
話せるわけでもないことは知っていても、早まる足を止められない未来に注意をしながら、俺はその後ろをついていった。
長谷川に、なんて声を掛けようかと悩みながら。
そんな悩みが吹っ飛ぶのは、時間の問題だった。
見えてきた学校、その前の交差点を渡って、靴を履き替えて階段を駆け上がる。俺たちのクラスがあるはずの二階は、不思議なほどに静かだった。
なんだ、この、異様な気配は。
「未来、おかしくないか」
「やっぱりそう思う? 私もおかしい気がする」
何とも言えないおかしな空気。
一見、皆が集中して授業を受けているようにも感じられた。確か、この日のこの時間、俺達のクラスは数学で、先生はプリントを渡して自主学習させるような人だったから。
だけど他のクラスは?
他のクラスまでここまで静かなのは、流石に変だろう。
「隆、何か変なことがあったら内線して。何でもなくてただ静かならそれでいいから」
「わかった」
制服の、ズボンのポケットに入れているイヤーカフ状の小型通信機を素早く耳にかけた時──
悲鳴。
「奥だ!!」
未来に短く、悲鳴の上がった位置がお前のクラスだということを告げる。
「隆は自分のクラスに行って! そっちにも何かあるかもしれないから! 私はそのまま乗り込む!!」
「気ぃつけろよ!」
保険にズボンのベルトに着けたキューブに手を伸ばし、教室へと走りながら展開する。
奥にある三年一組のクラスへと走る未来の指示に従って、自分のクラスの教室のドアを勢いよくスライドした。
目に飛び込んでくるのは、いつもの日常とかけ離れた、人のいない教室。──を、覆い隠す目前に迫った誰かの拳。
「いっ……!?」
咄嗟に顔を左にひねることで難を逃れるも、追撃で下から足が振り上げられ、鳩尾を直撃した。
「──っ、あ……!」
息が詰まって、前に倒れ込むのを堪えて拳を握る。
いや、倒れ込もうとしたのは、どちらかというと演技に近い。
「【炎拳】!」
炎を纏わせた烈火の拳を、油断していた目の前のデカい図体の男、その強面を顎下から殴り上げた。
下の歯が上の歯に有無を言わさず噛み付いて、骨の──歯と顎の──折れる音が鳴る。
「が、あぁああっ!!」
顎に手を当て、初めて声を上げた目の前の大きな男にとどめの一撃。肋骨をへし折るぐらいの勢いで殴り飛ばす。やたらと大きい、強靭な肉体の腹元を。
突撃した瞬間にわかったからだ。こいつらが一般人でないことが。
「土屋っ!」
誰かが俺を呼んだ。
「大丈夫だ。少し待ってろ!」
クラスの端にかたまったクラスメイト達の前で、青い顔をして丸い何かを作っている斎に断言して、未来に通信する。
「未来、敵襲! 二メートル越え剛体、男! 恐らくマダー!」
通信機からは、ザザっと砂嵐の音。
「未来?」
時折聞こえる、誰かの叫び声。
「おい、未来!?」
毅然と自らのクラスへ向かった幼なじみの声は、一向に返ってこない。
──まさか、未来に何か。
俺の目の前で腹に手を当てかがみ込む男を睨みつける。
「あんた、誰だ。何しに来やがった」
ねねねね
巨体が吹き飛んで教壇に背をぶつけたその瞬間、自分の拳にまで妙な感覚が走った。
違和感。
指の、関節部分の違和感。
(ダメだ、今は気にするな!)
「他のクラスにも、何かしやがったのか!?」
それの正体は内心気付いていた。
それでも、そこに意識を向けてしまったら戦えなくなることがわかっていた。
今は、それに気が付いてしまってはいけない。
「くくく……」
何人か応戦
俺達のーーが喜ばれる!
「相沢未来。今頃こっぱ微塵だろうよぉ」
通信機からは、未だ未来の声は返ってこない。
未来──!
◇
「未来ちゃん!! 未来ちゃん、ねぇ未来ちゃん!!」
誰かの声に、一瞬意識が飛んでしまっていた未来は目を覚ます。いや、目を覚ましたと言っても瞼は閉じたままで、なんとか意識が戻ってきたと言うべきか。
泣き叫ぶ彼女の声を聞きながら、その微かな意識を必死に手繰り寄せる。
悲鳴が聞こえた瞬間走り出し、クラスの扉を開いた直後、何があったのか懸命に思い出した。
クラスに何かがあったのだと急いでいたとはいえ、キューブを展開しながら突撃したのは未来らしくない判断だった。本来なら彼女は、何が起きているのかを瞬時に判断してから一番より良い方法で戦闘に臨むはずだった。だが、扉の硝子部分から一瞬だけ見えた、教室内の光景に『今すぐ助けに入らなくては』という気持ちが先行してしまった。
混乱してクラスメイトが逃げ回る中、頭に大きな怪我をして伏した凛子と、彼女を守るように加藤が覆いかぶさっていた。その彼も、瞬時にわかるほど顔面から出血していて、更にその彼を殴りかかろうとしているところだった。
マダーが怪我をするような相手に、柔道の経験があるとはいえ生身の、しかも一般の人間が立ち向かって無事で済むわけが無い。下手をすれば死んでしまう。
そんなことあってはならないと、こちらに意識を向けさせることだけを考えて、キューブが展開仕切らないまま扉を開けた。
だけど──それが奴らの狙いだったのだろう。
(斎に言ったら……どうにかしてくれるかな)
床に横向きで倒れ込んだまま、重たい瞼を必死に開けて、霞んだ目で教室を見上げた。
目の前に広がる赤い赤い液体。かなりの量がそこに広がっているのを見て、結構吐血したのだと知る。
その少し横では必死に未来を呼ぶ加奈子の姿があり、泣いて、震えていた。
心配をかけてはいけない。
どうにかしなければ。
痛む全身に、少しずつ力を入れていく。
指は動く。腕は? 腕も動く。では足は?
確認をしていきながら、手に持っている四角くないキューブを握り締めた。
突撃した際、待ち伏せをしていた残りの二人から、同時にキューブを破壊されてしまっていた。
展開している最中だとしても、キューブは決して脆くはない。衝撃があったからとはいえ直ぐに壊れるような代物ではないはずだったが、一撃、弾丸のようなものが飛んできて、着弾した瞬間、バラけて壊れてしまった。
その動揺した一瞬の隙に、片一方の筋肉隆々な男から凄まじい拳をモロに食らい、マテリアルでできた教室の壁に体を打ち付けられて気を失っていたのだ。
「加奈子……っ凛ちゃん、は」
腕に力を入れてなんとか体を起き上がらせる。
「未来ちゃんと同じ……っく、殴られて何回も床に叩きつけられて……ひっく」
「わかった。泣かないで、凛ちゃんの回復と、加藤君の手当と皆の保護」
あまりの事態にパニックになってしまっている加奈子に淡々と指示をして、恐怖で立ち尽くしているクラスメイトを教室の隅で守らせた。耳に着けた通信機に向かって、必死に隆一郎へ呼びかけた。
「隆、負傷者二名、凛ちゃん加藤君。そっちが片付き次第応援が欲しい」
けれども未来の声には何も返答は無く、ザザザという砂嵐の音が鳴り響いていた。殴られた際の衝撃で壊れてしまっていたのだ。
「……あんまり、皆の前で使いたくなかったんだけどなぁ」
諦めたように、ふと笑った未来は、制服のポケットに入れている丸い物体を五つ取り出す。違いは全くないように見えるその丸い物体は、彼女にだけはわかる。それは、死人を倒した時にできる、粉々になって収束する死人の魂……ガラス玉。
こちらが準備するのを待っていたかのように、ゆっくりと歩み寄ってくる三人の巨大な男の前に、未来は皆を庇うように立ち上がる。
「また、死人じゃないって弁解するの、大変そうだ」
悲しく言いながら、その全てのガラス玉を床へと投げつけ砕く。粒子が舞い、未来の体の周りへと渦巻いて、バチバチと火花が散る。
暫く使うことのなかった、『死人の力を扱う力』
キューブが使えない今、彼女はその力に頼るしかなかったのだ。
これを扱うことで、彼女の碧眼は更にその色を増す。
見開かれた青い瞳は、死人と遜色無いと言っても過言ではなかった。
それでも、守るために。
◇
未来戦ってる最中から入る
二人は倒した状態
「素体のままでよくやる」
「殺すなとは言われている。だが」
「痛め付けるなとは言われていないからなぁ!!」
気を失わせようと跳んで首を蹴りつけた
だが
ビキッと、嫌な音と
「どうした? これっぽっちも痛くねぇんだが?」
足掴まれる
「蹴るってのはさぁ」
「こうするんだよぉぉぉっ!!」
頭と体を押さえつけられ、膝蹴りが鳩尾を
「がはっ……!」
(なに、これ)
「で、殴るっつうのは」
「こうやるんだよぉ!!」
机と椅子をなぎ倒しながら壁に
「いやぁああ!」
「ぁ……、っあ……!」
ニヤリと口角を上げて、未来を嘲笑うかのようなその顔は、消されたはずのあの人の顔を思い出させる。
恐怖に飲まれ始める自分の怯えた顔が、敵の瞳に映ったような錯覚を抱いた。
「がはは! その力は面白い。だけどなぁ」
「死人を殺すことができるのがキューブでありマダーだと言うことを忘れるなよ?」
机に未来押さえつけられ、刀
隆、助けに入る
「手ぇ出してんじゃねーよ!!」
「【炎拳】!!」
ぶっ飛ぶ
「未来、大丈夫か!?」
「斎、秀。未来を頼む!」
「あ、ああ!」
「わかった」
「相沢、しっかりして」
秀が未来の体を支え、斎が未来の傷を確認していく。
そこで、彼女の左腕にキューブが着いていないことに気付く。
「相沢、お前……」
そこで未来の意識は途絶え、秀に体を預けたまま眠りに落ちた。
◇




