パラレル・温泉
【治癒】による怪我の治療を受けて、俺が完全復活したのち。
何でも元に戻せる未来の【再生】に鍛錬場の修繕を任せ、戦闘の反省会をしていると、凪さんに声をかけられた。
意外なことに、後ろに国生先生を連れて。
お風呂に行こうかって誘われて、今まで自由にしてた俺たちが言うのもあれだけど、大丈夫なんですかって聞いた。
みんな帰ってきたって言われたから。
目を覚ました臨世を博物館に置いて、危なくないのかと。
──今日のところは大丈夫。国生さんの【知る】を使えるのも明日になるから、何も気にせずゆっくりしよう。
俺と未来を安心させるように言って、温泉へ誘導しながら凪さんは続けた。
奴が動かないのは、動けないよう催眠をかけられているからだと。未来が模擬大会の時に会ったあの男の子の仕業らしい。
鈴と言われて自然に想像するのか、チリン……と軽い音が耳の奥で鳴る。
そいつが何者かはわからない。だけど毎日臨世の夢の中に現れては、何も言わずにじっと見つめているらしい。
何を意味するのか知りたいが、明日の朝まで催眠の効果が続くと結衣博士が断言したとのことだった。
今晩は何もできない代わりに何も起きない。だから急いだり焦ったりせず、のんびり過ごそうと凪さんは笑う。
──司令官が後で連絡するって言ってたけど、待てないでしょ?
先に教えてくれる凪さんはさすがだった。
何も手伝えなくて、と下を向いた未来に対しても、凪さんは迷わず言葉をかける。
未来があの場に立ってくれたから、少しずつ進められてるんだよと。
未来が恐怖に打ち勝って『紋章』に触れてくれたから。直樹との過去を思い出す覚悟をしてくれたから。
そうでなければ、何ひとつ知れなかったんだからね。
まるで未来が言う言葉を予想していたかのように。
自分を責める傾向にある未来を、当たり前みたいに前向きにしてくれる。
凪さんはやっぱり、すごい人だと思う。
ただ、それを横で聞いていた国生先生がニヤニヤしてたのが気になったけど。
「格好つけて……」って小声で言ってたような気がしないでもないけど、それについては触れないようにした。
だって睨まれてたもん、国生先生。寸前までにこにこだった凪さんに。
(睨んではいたけど……なんか、雰囲気は丸かったな)
北海道に来るまでの距離感とか、ピリピリしてた感じが和らいでいた。
心境の変化とか、臨世の調査の関係であったのかな。
頭、体、顔も全部ゴシゴシ洗う。
水滴がめちゃくちゃ細かいシャワーで流していく。お高そうだな、とか思いながら、ザバザバ流してほしい俺からすると少々物足りない。
サウナの前は温泉には浸からず洗うだけにしていたから
「あっ、たかぁーー……」
ごちゃごちゃ考えてたことが全部吹っ飛んだ。
温泉、すごい。
お前は身心安楽の神なのか?
「あぁーー……」
「イチ、すっごい顔緩んでるよ」
「いんだよ別にー……紫音も入ればわかるって……」
「汚れないから僕はいいよ。温かいのもよくわかんないし」
洗うのもめんどくさい、と。ほとんど幽体のこいつならではの返答。
普通の人と違う体を気にしてたみたいだけど、だからといって悩みまくっているというわけではないらしい。本人はあくまで便利だと言っている。
だから俺もあまり気をつけて話したりしないことにした。気を使われすぎるのもそれはそれで疲れるだろうし。
「なぁ。それ凪さんのマフラーじゃねぇの」
「そうだよ。昨日隊長に貰った」
「寒くないんじゃ?」
「いいじゃん別に。アイデンティティだよ」
人の物でアイデンティティとか言うなよな。
未来との手合せにて完全敗北した俺。
若干へこんでいたものの、このあったか幸せ温泉に浸かればどんよりモードは簡単に吹っ飛んでしまった。
温泉、すごい。
お前は身心安楽の神なのか?
「あぁー……」
「りゅーちゃん。沈んでる」
「海底で会いましょう凪さん……」
「ここは海でもないしのぼせちゃうからやめておきなさい」
ふふ、と笑って制される。
緩み切ってる俺とは反対に、隣でぽかぽかしてる凪さんはいつも通りだった。
でも白い肌が赤らんでいて、さらさらの髪も今は濡れている。ガッツリ鍛え上げられた体はいつ見ても顔に似合わないけど……マジで、羨ましいと感じる。
ついじっと見てしまう。
「……なに?」
「いや……。大人の魅力、いいなーと思って」
「大人って。二つしか変わらないでしょ」
「それが問題なんですよ」
俺が凪さんの歳になったってこんな色気は出せそうにない。二歳差だなんていつまで経っても信じられないのだ。
洗い場の方からわいわい楽しそうな声が聞こえてくる。
「半目〜」とか、「よぼよぼ星ちゃーん」とか、寝起きらしい流星さんを湊さんが弄ってる。
いつもなら言い返して突っかかったり星ちゃん言うなって怒りそうなところだけど。全然反応せずぼんやり眼で体を洗ってるところをみるにめちゃくちゃ眠いんだと思う。
その無反応さを面白がって、湊さんの言葉を復唱する紫音。
あと……なんでいるんだろうな。ユキさんの契約した死人。伴侶らしい、リイとマユ。
「やいやーい、流星の半目〜」
「『『半目ーっ!』』」
「よぼよぼ〜」
「『『よぼよぼーっ!』』」
可哀想になってきた。
「ねぇ凪さん。あいつらなんで男風呂にいるんですか?」
「ふふ。伴侶だからね」
「女の子ですよ?」
「死人だから──」
「女の子ですよ?」
なんで受け入れてるんですかおししょーさま。
おキクはちゃんと女風呂に行きましたよ?
「湊。そっとしておいてやれ」
ひょいっと、伴侶二人を摘み上げたユキさんが言った。
『きゃああっ』て女の子二人の叫び声にかき消されそうだったけど。
「あははぁ〜。ユキも一緒にする? 流星がいつキレるかゲーム」
「今日一日キレないだろう。かなりおつかれだ」
コンディショナーを五プッシュくらい出してる流星さんに声をかけてくれるユキさん。
大丈夫かと聞いても「ん」と頷くだけだった。
「……大丈夫ですか、流星さん」
いつも元気で意地悪な先輩マダーがこうも静かだと、心配になる。
「だいぶ体に負担が掛かったからね。心配ないって国生さんは言ってた」
「【知る】を使ったんですよね」
「うん。」
「はーん。イチ、いい体になったじゃねーか」
「……イチ。育ったな」
「ちゃんと鍛えてるんで。もうちょっとこの辺絞れるかなって思……」
「……どこ見てんですか!!」
「男同士だろーが、恥ずかしがんなよ」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
「男湯は……楽しそうですねぇ」
あいかと未来は
あちらでそういう話をしているからかもしれない。未来の意思に反して、隣にいる女性の身体へ視線が吸い寄せられる。
そうして、数秒固まったのち自分のものと見比べた。
「まだ気にするような歳ではないですよ?」
「うっ」
あいかからの指摘に思わず肩を跳ねさせる。
溢れんばかりにあるあいかの双丘は、湯に浮かんでさらにその大きさを目立たせていて、
未来は三角座りの膝を引き寄せて隠すような仕草をした。
そして思う。服は着方しだいなのだと。
──ぱしゃっ。
足を温めてくれる天然の湯に、長細いシルエットが入る。
「……おキク。温泉大丈夫?」
死人だから問題ないのだろうけれど、それなりに温度があって水質も違うだろうそこに喜んで入ってしまった元ヘビのおキク。
頭につけた丸い花の飾りは濡らさないようにてっぺんを出して、おキクはゆらゆらと泳ぎ出す。
気にするな、と言いたげに『きゅぅっ』と鳴いた。
「……不思議だよね」
「だな。また成長したか?」
「東京出る前に測ったよ。七十二センチ」
「でっか……。少し前まで六十だったろ。何食わせた」
「食べてないよ。おキクはケトと違って食べ物に興味が無いみたいだからね」
「先生の考えは、変わりませんか。死人が、力で抑えずとも一緒にいることはできない、そうお考えですか」
「……ええ、変わりません」
「若さゆえに、その道を真っ直ぐに行ける。……わたしは、そうはできません。すぐ目の前に迫る恐怖を、必死な研究員や一般人を。あなた方よりもずっと見てきていますから」
「マダーになったのも千番ととても遅かったわたしは……あなたたちのように、『死人を大事にしたい』という気は、全く起きないのですよ」
「それが、あなたの愛するお友だちでもね」と
「結衣博士も言っていました。可能性のある方を選ぶだけだと」
「彼女は最後の最後まで、死人と友だちになりたいというあなたの思いを汲んでくださいます」
「仲良く共存したいなら、わたしが何も言えないくらい、最後まであがくことですね」
「使っていいんですか?」
「はい。ここは雪翔様の療養兼鍛錬場ですから、そういった場所もしっかり兼ねております」
ユキさんの?
俺と未来がキョトンとしていると、女将さんは「うふふ」と手を口に当てた。
「『湧水』は本来、雪翔様専用の療養施設としてお父上が作られました。遠慮なさって、最終的には旅館になりましたが」
聞かれたら言っていい、と言われているそうで、教えてくれた女将さんによると。
雪翔さんの家は由緒正しき●で、簡単に言えば、お金持ち……ということだった。
「まるまる土地を買い取って、療養施設……」
「しかもマダーだからって専用の鍛錬場?」
未来と再度顔を合わせる。
品のいい人だとは思ってた。だけどそれは日本舞踊をしているからだと思ってて、それもあるのかもしれないけど、新たな印象が追加された。
「ユキさん、はんぱねぇ……」
「うん……」
くしゃみをしたら噂されてるんじゃない? とかいう都市伝説。ユキさんには当てはまらない気がして、今も丁寧な動きで●してるように思えた。
せんれんのま、雪翔の持ち物
「総理は知らないだろう。これも縁だよ」
旅館へ行こうとする。
未来が慌てて呼び止めた。
「あの、会議……どうだった?」
ずっと気にしていたことを、とにかく早く聞きたがった。
真剣な眼差しを向ける未来へ、凪さんは柔らかく微笑む。
「事態は把握した。急いでどうにかなることじゃない、明日の朝まで僕らはのんびり過ごせるよ」
「……やばい、ことじゃない?」
「最初に決めた通りに流れとしては進んでる。問題ないよ」
細かいことは司令官が説明する。昨日と同じくらいの時間にまた連絡が来るからと、凪さんは未来と俺に説明して、力を抜くよう促した。
会議に行っていたみんなが帰ってきてる。
多分、本当に今は力を抜いていいんだろう。




