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親子の会話

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)



 ◇


 ──では……さん。俺はこれで。

 ──ええ。……ございます、……くん。


 声が聞こえる。

 静かに、寝ている子どもを起こさないように気をつけるような、囁き声。


 ──無理はしないでくださいね。言ってもらえたら、俺が代わりに付き添いますから。

 ──ご心配なく。わたしはもう平気ですよ。


 声がハッキリしてきて、薄らと目を開ける。

 ぼやけた視界に映る、白い天井。

 小窓からは夕暮れの光。


「目が覚めましたか? 凪くん」


 ぼやけた頭は、声の主へと急速に意識を移していった。


「……国生さん」

「入れ違いでしたね。少し前に雪翔くんが出て行ったところでした」



 目を開けたら、不思議な紋様が飛び込んできた。

 何が起きたのだろうと考えながら、凪はその素晴らしい素材をぼんやりと見る。

 りゅうの和風


 蕎麦殻枕。独特なざら……という音が心地いい。

 ぼやけた意識のまま少し頭を右向きに傾ける。

 見覚えのある、アッシュの三つ編みが近くにあった。


「……国生さん」


 聞けば、ゆったりと彼女はこちらを向く。

 凪が寝ているベッドに背を預け、彼女は静かに仕事をしていた。


「目が覚めましたか」

「……何がありました」

「シャットダウンですよ。膨大な量の情報に体がついていかず、体が強制的に意識を遮断したんです」


つまり、気絶したわけだ。

負荷に耐えられず、あの瞼の重さに抗えなかったということ。

他人の心配をしていたくせに自分が倒れるなんて情けない。


「シャットダウンですよ。膨大な量の新規情報に頭がいっぱいになって、そこから無理をして映像に起こしたゆえの」


 つまり、オーバーワークで気絶したわけだ。あいかに続いて、自分も。


「まったく……。無理しがちなのはあなたも一緒ですよ、本当に」


 あいかは広げていた青いパネルを上書き保存してから消す。

 凪が起き上がろうとすると、くら……と目が回った。

 力が入らず勝手にベッドへ体が吸い込まれていく。

 こんなことは初めてだった。


「まだ横になっていてください。すぐ改善するようなものではありませんし」

「……国生さんは大丈夫なんですか」

「言ったでしょう、わたしは自分の能力です。普段から【る】を使っていることもあって慣れているんですよ」


 あれだけの量を取り入れることはあまりありませんが。そう続けたあいかは凪が横たわるベッドに腰掛ける。

 距離が近くなって、気まずい。

 少々無理をして体を動かし、壁側に向いた。あいかに背を見せる形で。


「凪くん、ありがとうございます」

「……何のことです」

「あなたが分担を許可してくれなければ、わたしもこんなにすぐには回復できませんでした。手伝ってくださったことへのお礼です」


「あなたが察してくれなければ、こういった負担を皆さんにもかけることになっていたかもしれない。分担すると言ってくださったことへのお礼です」


 別にいい。

 その点については司令官でもきっとわからなかった。キューブを使わない体の──素体へ無理に技を使うという行為の危険さをよく知る凪が、必要以上に怖がっただけだ。

 使用者であるあいかが止めずに行おうとしたことからも、凪の静止は必要ない程度の負荷だったとわかる。


「……国生さん」

「はい」

「流星は、大丈夫ですか」


 ここにいないチームメイトの安否が気になった。


「大丈夫ですよ。彼も少し前に起きて、例のジュースで回復しました」

「長谷川薬店の?」

「はい。『長谷川薬店のお助けジュース』。体の調子を一・五倍にするという、あれです」


今はピンピンしているらしい。

会議の最終まとめを提出すべく、会議室に戻って書き足しているそう。

さすが、自分の業務はきちんとこなす。

あとでお礼を言わなくては。


「司令官は?」

「あなたが倒れて激しく動揺されていました。元気になったら声をきかせてあげてください」

「結衣博士は──」

「先に旅館へ戻られています。部屋ここへ入れないようにするの苦労したんですよ?」


 全員について聞くと察した彼女は先に答えを教えていく。

 万里の指示で今いる部屋、救護室に運ばれたこと。その彼女もとても心配してくれているが、ドジな彼女がここにいると色々と厄介だからと結衣同様入れてもらえないこと。

 博物館に残してきた湊と雪翔についても補足される。


「そうですか、今は湊だけで……」

「雪翔くんが大丈夫と判断したなら常時展開も安定しているのでしょう。紫音くんやリィさんマユさんも一緒にいるとのことですし、今晩は今の四人体制で臨世の見張りですね」


 雪翔の弟、そして伴侶の二人がそばにいてくれる。

 常時展開の師がいなくとも心強い三人がそばに控えているなら安心できた。


「もう寝てください。あなたは色々と考えすぎです」


そう言われても、考えることは山ほどあって落ち着かない。

「……少し、触れてもいいですか」


 なぜ。そう聞く前に、あいかの手が自分のおでこに当てられる。優しい手つきが気に食わない。


「……熱も、下がったようですね」

「発熱までしていましたか」

「九州遠征に行った日からろくに休んでなかったでしょう。疲れと寝不足、そこに極限まで無理をしては体も壊します」


 一時的なもので安心しました。そう続けたあいかの手が離れ、ほっとしたのも束の間。

 今度は頭を撫でられる。


「……やめてください。子ども扱いしないで」


 覇気のない自分の声。体調のせいか、それとも普段は踏み込ませないような距離に苦手な人がいるせいか。跳ね除ける気力も湧かない。

 あいかのくすっと笑う声が聞こえた。


「子どもですよ。わたしから見れば、あなたはいつまで経っても子どもです」


 優しい手と、優しい声。

 言わないだけで母親も疲れが残っているのか、いつもの距離を感じない。


「……僕は、どれくらい寝ていましたか」

「五時間ほど……ですかね。会議を始めたのがお昼で、今が十七時なので」


 その返事を聞いて、ガバッと起き上がった。


「ちょっと……!」

「まずい……。あの子たちに夕方には帰ると言ってしまった」

「隆一郎くんや未来さんですか? どうしてそんなギリギリの時間を──」

「サプライズで人を呼ぶつもりだったんです。東京へ迎えに行くのを十六時と約束していたので。間に合わせなきゃと思って……」


 やってしまった。すぐに帰ろうと掛け布団を畳む。

 けれど、くらくらする。

 立ち上がれそうにないほど視界が回る。

 体が言うことをきかない。

 動くな。そう言われているようでムカついた。


「だいぶ無理をしましたね、あなた」

「うるさいな……」

「ちなみにですが。あなたと流星くんの様子を見て厳しそうだと判断し、勝手ながら渡す内容を制限させていただきました」


 は? と、素っ頓狂な声が出る。

 あいかは淡々と続ける。


「流星くんには三十日。凪くんにはバレるかもしれないと思い、四十五日分を流しました」

「……あれで、予定の半分?」

「ええ。そうです」

「残りは国生さんが?」

「はい。貰い受けました」


 あっさりと答えられ、凪は言葉を失った。

 つまり●日分。それを受け止めたあいかは先に目覚め、元気になり、凪の様子を見るためにここで仕事をしていた。

 自分はというとそれだけ少ない日数しか受け取っていないにも関わらず何もできないほど体力も気力も失われている。そして立ち上がれない。


(うそ……)


 桁外れの体力。

 一応自分のキューブが展開したままであるか確認すべく袖を捲る。山吹色の『光』のキューブはそこに張り付いたまま。ならば、臨世を縛る【(いと)】も健在だろう。


「……ありがとうございます」


 事態を認識して、素直に言葉が出た。


「いいえ。こちらこそありがとうございます」

「国生さんは本当に大丈夫なんですか」

「今のあなたに心配されるほどではありませんよ」


「ほら」とおでこを押され、抵抗できずにベッドへ倒された。せっかく畳んだ布団を乱暴に掛けられる。

 あいかの口角にいたずらっぽい笑みが乗る。


「弱ったあなたは可愛いですね」

「……うざいな」

「達者なのは言葉だけ。怖くないですよ」


 ふふ、と笑って、あいかはまたベッドを背もたれ代わりにして床に座った。仕事の続きを始めるらしい。


「それと、そのお迎えについては流星くんが代理で向かってくれています。サプライズであることは知りませんでしたけど、東京へ一旦戻ると言っていたので」


「だからもう少しゆっくりしてから帰りましょう。大切な子たちにだらしない姿なんて見られたくないでしょうし」

「……今なら勝てると思ってませんか」

「実際勝てますよ。無傷の先導者さん」


ころん、と何かが布団の上に置かれる。

茶色のコーヒー缶。ミルク入り。


「……負けました。いただきます」

「はい、どうぞ」


いつの間に好みを把握したのか。

言い争いをする元気もないため素直に受け取って飲む。

甘さとコクが喉に優しい。


「二十分経ったら、起こしてもらえますか」

「あら。もう少し休まなくて大丈夫ですか?」

「約束の時間を過ぎてしまっているので、それでどうにか調整します」


遠征の時は少しの休憩で活動しているのだから、あまり長い休みはいらない。目眩だけ治まれば動けるはずだ。


「一度倒れたら……ちょっとは考えも変わるかと思ったんですけどね」


お互い様だろう。そう心の中で呟いて、返事はせずに目を閉じた。


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