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第二一七話 元

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


万里ばんり。お前はそそっかしいから座っておけ』

「でもぉ〜っ!」

『茶なら秘書がやるだろう。お前が動くとろくな事にならん、じっとしていろ』

「酷いよ四十万谷しじまや君〜……」


 里と四十谷。数字繋がりで二人は仲がいい。

 三十台の彼女と五十台の司令官は親子ほど歳の差があるが、それを感じさせないやり取りだった。

 堅苦しい関係を好まない彼らしいな、と凪は笑う。


 北海道には遠征で度々お邪魔するので彼女のおっちょこちょいは凪も流星もよく知っている。支部で勤務する人たちもわかっているので、秘書含め全員、万里を走らせないよう考えながら動くらしい。

 ちなみに彼女、仕事だけはできる。なので今回の監視についても不備があるとは思えなかった。


 司令官が映る画面の両隣り。一つ、二つと新たに出現する。

 片方には結衣、もう一方にはあいかの顔が表示される。

 三面鏡のような形になった。


『やっほー凪君。聞こえるー?』


 ひらひらと手を振られる。


「はい、結衣博士。こちらの声は大丈夫ですか」

『問題なしよーん。うふふっ、画面越しでもあなたはイケメンねぇ〜』


『はぁん……』と手を頬に当てとろけた顔をする結衣。

 申し訳ないけれど、凪は無視を決め込んだ。


「国生さんも、聞こえますか」

『ええ、問題なく。司令官はいかがですか』

『こちらも大丈夫だ。先に基本データの照合から始めたい。まさかこんなところまで弄られてはいないだろうが、手垢が見つかるかもしれん。全員準備しておいてくれ』


 そのつもりだったため、凪は会話をしながら直樹について記したパネルを手前にしていた。

 万里が涙目で机を操作する。真っ青だった板は半透明になり、本日の日付と時刻──2037/06/02/11:51と右下に白抜きされた動画が十二個映し出される。それは臨世を監視するために設置されたカメラの映像。

 背後にいる湊と雪翔も画面に入っていた。


(臨世だけじゃなく部屋全体が見える。死角は……やっぱりなさそうかな)


 現在の彼は【(いと)】で目を隠され拘束されたまま、口もとだけをニヤニヤと笑わせている。

 変わらず動きそうにない。

 数字が等間隔で刻まれていく。

 あいかが『では』と言って画面から消える。代わりに先程結衣が見せてくれた青い文字が表示された。

 ボコボコとした岩壁をバックにして書き出され、こちらからも見やすくなっている。

 万里の秘書が落ち着いた動きでお茶を持ってきてくれたので、お礼を言って凪と流星は椅子に腰を下ろした。


『弥重。一番は、どうだった』


 ずっと気にしていたのだろう。

 コーヒーカップを口へ運んだ司令官は、話し合いを始める前に問うてきた。


「『竹』が壊れた後、隠すように泣いていました」

『……そうか』

「色んな感情が縺れた結果だと思います。怖かっただろうし、つらかったはず。……その中に少しでも、終わったんだという安心があったなら。そうであればいいなと、僕は思います」


 これ以上関わらせたくない。そんな気持ちを隠さず言葉に乗せ、凪は一礼した。

 流星が何も書いていない青いパネルを目の前に持ってきて、右端をトントンと二回叩く。半透明のペンが浮き出てくる。


「記録いるだろ。やるからお前は話し合い担当な」


 遠征から帰った際はいつもこうして支部と本部で情報を纏めながら話し、誰かが記録をする。最近ではもっぱら流星の役割だった。


「いつもありがとね。わかりやすいから流星のまとめ方好きだよ」

「湊よりキレーにやるっていつも思ってっから。アイツには負けねー」


 何を張り合っているのか。凪はふっと笑ってしまう。

 支部と端段市、本部。

 全員の用意が揃ったところで、しんと静まり返る。

 視線が司令官のいるパネルへ向けられる。

 彼の号令なしに会議は始まらない。


『ではこれより、端段市博物館『竹』解除にて起きた事象の共有と分析、今後についての会議を開始する。まずは基本データの照らし合わせから入りたい』


『らじゃー。本部と支部は内容同じよね。じゃああたしが持ってる記録読み上げていくよー』


 結衣は明るい声で読み始める。

 その声を聞きながら、凪はパネルに書かれた文字を目で追っていく。



 上原 直樹 (うえはら なおき)

 一般人男性。大阪府庄司市生まれ。2035年12月6日(当時13歳)相沢未来の前で意思が死人化。人と死人の心臓を一つずつ有した後、本人の受理により結合。死人の心臓のみに変わり、存在そのものが死人となる。以降、臨世 (りんぜ)と記す。



 直樹が臨世になるまでの経緯と、人から死人になった初の事例として捕獲するよう言われ、雪翔が捕まえて博物館に隔離してからのこと。

 臨世の言葉によって正気を保てなくなった未来が精神科を抜け出して、二度と会いたくないという意思を込めて『竹』を刺したことや、そのまま討伐しようとしていたところを間一髪で隆一郎が止めに来た話まで。

 不備なく全てが記録されている。

 あいかの『なるほど』という納得の声が、スピーカーごしに聞こえた。


『司令官の言っていた狂うとは、未来さんのことでしたか』

『そうだ。あの場には四十一番がいたからな』

『そばで見ていた土屋くんの前では話せませんね。……内容を見るに、かなりの錯乱状態だったようですし』


 書き出された未来の様子を見てその頃を思い出した凪は、机に置いた手を固く握った。


 ケタケタと笑う声。脈絡のない言葉の羅列。

 自分の碧眼を箸で刺そうとして咄嗟に振り払えば、掴みかかって大声で泣いた。

 相沢未来という存在が全くの別人にしか見えなかったあの数ヶ月を、隆一郎には思い出してほしくないし、できることなら凪だって忘れたい。


 あの時の未来は明らかに狂っていた。

 自分で自分をバケモノと罵っては快楽を感じていた。

 その快楽を求める行為が後々にも残るなんて思いもしない。変わってしまった幼なじみが怖くて、彼女がする行為も顔つきも怖くて、まだ十三歳だった隆一郎は泣いて抱き締めるしかなかった。

 戻ってきてくれと、何度も懇願していた。


 未来にとって臨世がトラウマであるように、あのおかしくなった未来もまた、隆一郎のトラウマだ。

 凪は意識して手の力を緩めていく。


「支部側の記録、結衣博士のデータと違いありません。本部はどうですか」

『こちらも同じだ。次、映像の照らし合わせに入る』

「はい」

『千番、【る】で全員に見せることはできるか』

『映し出すとなれば少々負担ですが、皆さんの頭の中に直接知らせることならできます』

『それでいい。昨日の朝から『竹』解除までの時間にあったことを教えてくれ。その間に何も起きていなければもう一日巻き戻して、前々日の朝から確認。不振なものが見つからなければまたもう一日戻しての繰り返しだ』


 負担をかけてすまん、と司令官は謝る。

 あいかはいいえと答え臨世の近くへ移動するが、ふと気付いたように天井を見る。


『司令官、一つ提案させていただきたく思います』


 こちらに向けたのは、微笑み。


『』

『ダメだ。お前への負担が大きすぎる』

『元より自分の能力ですから、皆さんほどではありませんよ』


 それに全員の頭の中へ送り込むよりも自分だけに集中した方が早く精査できる。分配の過程が必要なくなるぶん負荷も減ると、あいかはにこやかに説明する。

 けれどその表情の奥には不安げな何かが見て取れた。

 凪はあいかの立場になって、少し考える。


(【る】の負担はかなり大きいし、それを僕や流星ならまだしもキューブを持たない司令官や支部長、結衣博士にさせるとしたら──)


 答えはすぐに出た。


「司令官、僕も国生さんの意見には半分賛成です」

「え、あ、どどどどうして弥重くっ……アッツっ!」

『落ち着け万里。茶を慌てて飲むな』


 無言でもずっとソワソワしていた万里は盛大にお茶をぶちまけた。湯のみを口につける前に傾けたらしい、足に熱湯がかかって悲鳴を上げる。

 これも慣れっこなので、濡れタオルと保冷剤を秘書がすぐに持ってきた。

 大丈夫ですかという声掛けは淡々としているが、心配の気持ちは窺える。

 北海道支部はあたたかい。長が万里だからだろう。


「ああ、びっくりした……」

ともちゃん相変わらずねぇ〜』

「落ち着く努力はしてるんだよ!?」


 同い年ということもあってか結衣と万里も仲がいい。脱線しそうなところを纏めるのはやはり司令官だった。

『話を戻すぞ』の一言で空気を元に戻す。


『弥重、続けてくれ』

「はい。キューブの特性上、【る】を使うこと自体は可能だと思うんです。ただその際にかかる皆さんの脳への負荷が気になります」


 キューブの特性


「司令官が心配するように、自分だけに一年半もの記録を流し込むのは危険です。国生さんは負荷を減らせると言いましたけど、また違うタイプの負担がくる。折衷案として、『恩恵』がある僕や流星の三人で分担するのはいかがでしょう」


 一年半を三人で割って、一人につき百八十日程度。負担はだいぶ軽くなる。

 使用者であるあいかも考えた案のはず。【る】を使ったあとしばらく動けなくなることは以前Death game(デスゲーム)での戦いの後しばらく伏せっていたことからも想像できただろう。

 つまり凪や流星にもその情報を与えたがらない理由は、今後のことを考えての配慮。

 特に湊と同じく毎時間【(いと)】を使い続ける自分や、明日は忙しくなると予想される流星には負担をかけたくない。今日一日ずっと臨世が話せない状態にあるならその役目はあいか一人で背負うべき。そんな考えだ。

 ただそれを、素直でない彼女が直接司令官に言えるとも思えない。


「流星も、いい?」


 勝手に指名してしまった流星に顔を向けると、ペンを器用に回していた彼は「おう」とだけ答えた。サボっているわけではない。あいかの提案を凪も司令官も受け入れないとわかっているからこそ書き記さなかったのだ。

 そういった判断も、彼は長けている。

 あいかの嘆息が流れてきて、視線を画面に戻す。


『あなたは……わたしの考えを見抜くのが上手いですねぇ』


 嘆きは、肯定の表れだ。


「言ったでしょう、自分の体を大事にしてくださいと」

『あなたにだけは言われたくありませんよ』

「なら僕が察せないようにしてください。そうすれば口出しできませんから」


 吐き捨てると、あいかは肩を竦めた。


『……ならば、お二人で九十日ずつお願いします』

「一年ほど残りますが」

『あとはわたしが受け持ちますよ。技の使用者はわたしです。他者より負担は軽いですから』


 これ以上は譲らない。そんな意思を感じて、凪は口を閉じる。

 判断は委ねようと視線を司令官の画面に移すと、枠外で落ち着きなくしている万里が見えた。同じものが目に入ったのだろう、司令官はやれやれといった様子で顎の下に指を組む。


『……万里』

「ひっ、はいっ!?」

『オドオドするな。お前の仕事を疑っているわけじゃない。むしろ信用してるから先に【る】を使ってくれと頼むんだ』


 そうでなければ監視カメラの映像を全員で徹底的に調べている。証明するように、司令官は濃いピンク色のスコープを画面に入れた。


『あっ、いっちゃんの新作メカじゃないの〜!』


 愛息子を感じた母親のテンションが上昇する。


『先程まで使っていたが、効率が跳ね上がって驚いた。総理に資金面を工面させて彼には量産してもらいたい』

『ふふ〜ん、さっすがあたしの子。やっぱり天才ね』


 凪も今が初見だったので聞くと、『情報処理向上スコープ』というらしい。

 映像や資料を十倍の速さにして、通常通り見ている場合と同じように情報が取り込める代物。

 かなりの頻度で顔を出すため本部の忙しさをよく知っている彼は、ダイスを完成させた時点でそのスコープの制作に取り掛かったそう。


(ユキのダイスを作ってもらったその日に作って完成させた。……末恐ろしい)


 気持ちとは裏腹に、凪の頬にはニヤケが生まれる。

 要するに、それだけダイスの制作は難しかったのだ。何年もの思考の末に出来上がったあの新しい武器は現在、量産のために研究員たちが頑張ってくれている。

 国全体に配ることができたなら、今よりもっと死傷者を減らせるだろう。


『とにかく、お前を信頼している。それでも怖いと言うならお前に貸してやるが』


 弥重ならすぐに取りに来てお前に渡せるからな、と司令官は万里に笑いかける。

 おっちょこちょいで怖がりな支部長は説明を反芻し、眼鏡の奥の丸い瞳を凪へ向ける。怯えが見えるが、彼女は決心したように姿勢をしゃんと伸ばした。


「わ、私は! 自分を、信じます!」

『それでいい。千番、弥重、四番。よろしく頼む』


 司令官に次いで、万里にも頭を下げられる。

 こちらもぺこりと礼をして、あいかへ●。

 彼女は今度こそ臨世の正面に立ち、ふぅ……と息を整えてから片膝をつく。

 凪が作り出した光の壁。その下から僅かに出ている『紋章』に指を置いた。


『──【うつろいをる】』


 途端、光る。

 あいかを中心にして眩い光がほとばしり、床から岸壁の割れ目を辿る青い雷電。

 拘束部屋の全てを冷たい光が包み込み、パチパチと消えたり点いたりを繰り返す。

 凪の頭の中に膨大な『臨世の記憶』が流れ込んできた。


「これ……キッツイ、な」


 額に手を当てる流星に、返答する余裕もなく凪は頷く。

 この四倍をあいかが背負っている。それだけで、日頃もっと感謝しなければと思わされた。


(臨世……夢を見てる。相手は、誰だろう)


 入ってくる記憶の全て。毎日毎日、奴は夢を見る。

 相手は同じ人物のようで、しかし姿はぼやけてよくわからない。

 けれど、チリン……と、鈴の音が鳴る。

 どこかで知っている涼しい音色。

 直近で聞いた音。

 Death game(デスゲーム)内の、模擬大会の映像を見た時に耳にしたあの響き。

 わかった途端、相手の顔がハッキリと写る。

『これはこれは……』と、あいかが苦しそうな声で笑った。


『ふふ……。あの時も今も、わたしたちを謎に導くのは彼のようですねぇ……』


 顔を上げて画面を見れば、脂汗を額に浮かべつつ不敵な笑みを作るあいか。万里へ指示をしたのは、凪が昨日博物館へ行く五分前の映像。

 急いで万里は映し出すが、そこには誰もいない。

 何も変わらない。何も起こらない。

 ただそこからの五分には、あいかが取り込んだ記憶の中にだけ変化が起きているのだろう。

 そしてその変化とは、紛れもなく『竹』と臨世への細工である。


「……国生さん。容疑者は、彼ですか」

『ええ。そのようです』


 記憶の流動が止まる。

 一分もかからなかったというのに、疲労は何にも例えられないほど重く、瞼が閉じてしまいそう。

 しかしその答えを知らなければ眠るなどできはしない。


「その記憶、ください。具現は僕がします」

『……しかし』

「いいから。休んで」


 命令のように言えば、あいかは何度か肩で息をしてから曖昧に笑った。

 五分の記憶だけが追加で流れてくる。

 それを受け止めている間、画面の中であいかがぐらりと傾いて、結衣に支えられた。


『わっ、ちょ、あいか!?』

『すみません……。少し、このまま……』


 大事にしろと頼んだすぐそばで、彼女は限界を迎えて意識を手放した。

 ギリギリのくせに言わない。

 意地っ張りなあの性格をどうにかさせなくちゃいけない。


「【光景こうけいとす】」


 即興だが、なんとかなった。

 会議机の真ん中に丸く青い球体を生み出して、あいかから貰った記憶を光の文字に託けて映像化する。

 血色のない肌、毛先だけ青緑色をした白髪。袖にあるダイヤ柄が印象的な灰色の長い羽織と茶色のショートブーツ。

 模擬大会で見た際は黒のカラーコンタクトで隠していたが、この日は裸眼。青い目で臨世を見て、鈴の音を鳴らし『紋章』に触れていた。


『……そうきたか』


 司令官の呟きを最後に凪の意識も遠のいていく。

 支部の映像に映らない、あいかの【る】でも探し出せなかった碧眼の男の子。

 彼が何者かまでは考えられず、凪は机に体重を委ね、最後にはカーペットを敷いた床に倒れ込んだ。

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