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パラレル・隆視点『竹』

 凪さんは顎に指を添えてしばらく考え込んだ。

 静かすぎる、じっとりとした空気。


「……国生さんは、どうみます?」


 深刻な表情の凪さんは先生に意見を求めた。


「どう、と言われましても。『竹』も臨世も、事前に手を加えられていたとしかわたしには思えませんね」

「僕も同じ考えです。壊れ方も想定外ですが、何より彼が無抵抗なのはおかしい。首から下が死んでるみたいだ」


 凪さんが【(いと)】を引っ張る。

 臨世の足の指を貫く一本がびんっ、と張って、痛覚を刺激する。


『ア、アァ……ッ』


 懐かしいなんて思えるわけがない。

 久しぶりに聞いたアイツの声は、本気で痛がってるそれだった。


「感覚はあるようですよ」

「……もう少し、マシな確認をしてほしいものですが。結衣さん、彼は本物の臨世ですか?」


『紋章』を見て回りながら先生は聞く。

 扉のすぐ近くでユキさんの護衛を受けていた結衣博士は「ちょい待ち」と答えてから空中の青いパネルをスクロールして、斎を思わせる速さでデータと本物の『竹』の齟齬を調べていく。


「うん、間違いない。百パーセントあたしたちの知ってる臨世だよ」


 ぽんぽん、というタッチの音が止まるのはすぐだった。


「百パーセント……ですか?」

「百二十パーセントでもいいよ」

「いえ。DNA鑑定でも百には至らないのに、と思いまして」


 意味ありげに先生は結衣博士を横目で見る。

 結衣博士がシラケた顔をする。


「あたしは自分の分野に自信持ってんの。あたしが百って言ったら百なんだよ」

「……失礼しました。ありがとうございます」

「そもそも人間と死人では調べ方が違う。一緒くたにしないでもらえるかな」


 ぽん、ぽんと再度パネルに当てた手が柔らかい音が鳴らす。刺々しい声とは対照的なその旋律が少し怖い。

 普段の言動があれだから感じないけど、結衣博士はやっぱり凄い人なんだろう。プライドが見え隠れして、元々速かった操作が更にスピードを増す。

 ありとあらゆるデータを引っ張り出してその全てに照合を取り、部屋を青い文字で染めていく。

 言葉通り、そこにいる臨世が百二十パーセント本物である証拠を叩き付けた。


「あいかちゃんなんか、大っ嫌い」


 ふん、と結衣博士はそっぽを向いた。


「最初から本気を出してくだされば、あんな意地悪わたしだって言いませんよ」

「嫌味な補佐ね。そもそもあたしの助けは必要ないじゃないの。【る】を使った方が早いし鮮明なんだから」


「わけわかんない」とズラズラ出した青文字を片付けていく。

 やり取りを聞くにさっきの国生先生の言い方はわざとだったらしい。絶対に間違いがないと言えるぐらいの情報を出させるため、結衣博士が言う百二十パーセントを視覚化するための煽りだったわけだ。

 完全に拗ねてしまった結衣博士に国生先生はため息をつく。「子どもじゃないんだから……」と、さぞ面倒くさそうに眉間に指を置いた。


「確認のためですよ。わたしはあなたのお力を信頼しているんです」


 拗ねるのも早ければ、戻るのも早かった。

 結衣博士の顔がまた先生を見る。先生は続ける。


「【る】を退ける死人がいる時点で、【る】で得た情報を完全に信用するなど言語道断。本物と思ったものが、誰かに作られたフェイクの可能性だってあるわけです」

「……【る】が臨世本人だって示しても、実は違うかもしれないってこと?」

「ええ、そういうことです」


 だから正確性の高い、むしろ何よりも信頼できる結衣博士からのお墨付きが欲しかった。これで安心して次へ行けると、国生先生はお礼を言う。


「精度を上げられませんか」


 二人が会話をする間、前もって用意していた【(おぼろ)げ】から透明の壁を作り上げた凪さんは問う。


「『竹』が解除された今、頼りになるのは国生さんの【る】による情報なんですよ」

「もちろん色々と試していくつもりです。わからないで済ませるわけにはいきませんから」


 指の間接で先生が叩けば、マテリアル製の壁と同じような音が鳴った。


「正確な情報を得られるなら、何でも捧げるつもりでここへ来ました。例え寿命が対価だと言われてもやりますよ」

「……そこまで僕は求めていません。ご自分を大事にしてください」


 流星さんに頼んで、凪さんは壁の強度を確かめてもらう。

 臨世がいる壁の内側から何発も血の弾丸を撃ち込まれたけど、それらは一切外へ通さず跳ね返りもしない。無効化されたような状態だった。


「頑丈だな」

「大丈夫そう?」

「おう。それなりに本気でやった」

「良かった。湊にばかり負担をかけたくないからね」


「大丈夫?」と凪さんは聞いた。


「……『竹』の壊れ方がおかしかった」

「うん、僕もそう思った」

「直君がおかしいのはわたしのせい?」

「それは違うと思うよ。原因はこれから調べていく。ここであったことを【る】で国生さんに調べてもらって、僕は支部に行って管理法と内容を見せてもらう。詳しいことはそれからじゃないとわからないけど……」


「凪。俺も行く。お前は一人で突っ走るから」


 未来、もう一回『竹』の解除法を聞いてもいい?

「未来さん。今の『竹』の解除は、正常なものですか?」


 問題になっている点を国生先生は体を未来に向けて聞く。

 未来は髪を振り乱すようにして首を横に振った。


「いいえ! 間違いなく、誰かに何らかの手が加えられています。本来ならっ、あれは……【むこ露草つゆくさたけ】は!」

「落ち着け未来」


 息が絶え絶えになるのを●、

 深呼吸をするように言うと、焦っていた呼吸に少しの余裕が生まれる。


「……【むこ露草つゆくさたけ】っていうのは。花個紋を使った拘束の技なんです」


 ゆっくりと、説明されるのを俺たちは黙って聞く。


「花個紋にはそれぞれ意味があって、拘束する相手に一番合う花個紋と、竹の節と同じ数だけ記憶を組み合わせて使います。解除するには、技を使った時にしたように、相手との関わりを思い出さなくちゃいけないんです」


 未来が知ってる直樹の思い出ごと竹で刺して、解除するには同じように直樹のことを思い出しながらでないとできない。補完するならそういうことなのだろう。

 動揺を隠せないまま未来は続ける。


「だから、いっぱい、楽しかったこともつらかったことも思い出さなくちゃいけないって……だから、ここに来るまでしんどくて、なのに、こんな……どうして」

「いいよ未来。もう大丈夫、ありがとう」


 凪さんの大きな手が未来の頭に置かれる。

 未来の言葉は続かない。


「……結果としては、良かったと思う。怖い記憶を思い出さなくて済んだなら、僕は、良かったと思う」


 手を加えられていなければ。

 未来は直樹が変わった日を思い出さなくちゃいけなかった。


 臨世は何か話すと思っていた。

『竹』を抜いて、すぐに未来に襲い掛かるんじゃないかと危惧していた。

 だからみんな用意をして、守れるように

 なのに、これを臨世だと思うには、俺たちには無理があった。

 未来が知っている、未来にトラウマを植え付けた臨世は、もっと──。


「……帰ろう。旅館まで送る」


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