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ぱられる・不器用な幼なじみ

 端段市は、雪が降っていた。季節外れの雪。

 傾斜のある屋根に積もったそれはふわふわで、着物に羽織るファーのショールを思わせる。

 真っ白な世界。

 不思議なことに雲はなく、快晴の空から現れる雪は妙に幻想的で、これからの恐怖を忘れさせた。


 ──そうだ。忘れていた。

 端段市の近くが寒い理由は、この街が必ず雪が降っていて、その影響で周辺の気温が下がるからだった。


 日本で唯一、雪の降る街。

 街という表現が正しいのかは俺にはわからない。

 立ち並ぶのは廃墟。元は賑やかだったのかもしれないけど、今は俺たち以外に誰もいない、閑静な場所。


 それでもきっと人が住んでいると希望を持てるのは、つい最近発行された本部からのお達しがボードに貼られているからだ。

 唾吐きについての注意喚起。ケトを引き取った日に邂逅した、唾の死人との約束。

 雪対策だろう。その紙はラミネートされていた。


 吹雪きはしない、舞い落ちる白。

 忘れていた。いいや、忘れたかったのか。

 捕縛しているアイツの死人としての能力が、天候を司るものだったから。臨世りんぜの何もかもを思い出したくなかったから、俺は考えようとすらしていなかったんだろう。


 雪は、特別なんだ。

 ガキの頃からずっと、アイツが雪に憧れていたから。

 年々暖冬になって、生まれてこの方見たことない雪を、作り物ではない雪の中へ飛び込んでみたいとアイツは言っていた。


 無理だろ、と俺は言った。

 人工じゃない自然の樹木を見たがる未来と同じ。気温の変化以外に四季を感じる機会はここ数年ほとんどないのだから。

 それでもアイツはいつか見られると信じていた。


 ──十年に一度の寒波とかって、前はよくニュースで流れとったらしいわ。毎年言うてへんかって、親が変な顔して言っとった。


 ならいつか見れるやろ、と笑ってた。

 スキー場のふかふかでも、キューブで作る想像の景色でもない。本物の雪を。

 

 ──これだって、作り物だ。お前が望んだもんじゃねぇだろ。


 本物なんかじゃない。リアルから一番掛け離れてる。

 それでも降らせ続けるのは、拘束されて動けないのにまだ雪を求めるのは。

 未来とのあの日をやり直したいからかもしれない。

 そう思えたら楽なのに、俺の頭は根っから否定した。


 なぁ臨世。いや……直樹なおき

 教えてくれ。お前はなんで、死人になることを受け入れた。


「未来。……いいんだね」


 主語は隠して、凪さんは未来へ問う。

 北海道まではボランティアと称して死人を討伐しつつ動いてたけど、旅館からここ、臨世を捕縛している端段市博物館へは凪さんの【光速(こうそく)】で一瞬で飛んだ。

 奴の相手をする前に消耗しちゃいけないからとのこと。今はその最終確認の時。


 住宅から極力離れた場所で、超強化マテリアルで出来た施設で捕らえておきたい。そういった希望からここが選ばれたらしい。

 真っ白で重いものを被った平屋の建物を見て、まだ友だちだった頃のアイツを思い出した俺も、今は必要のない記憶として頭の隅へと追いやった。

 現時点で考えなきゃいけないのは、誰よりも大切な人のことだから。

 俺の大事な幼なじみは、真剣な顔で「はい」と返事をする。その声に震えはない。


「迷惑、かけると思います。でも……よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。

 円になった全員に向けて、これからのフォローを頼む。


「ガキんちょの迷惑なんざたかが知れてんだよ。改ってんじゃねぇよバーカ」


 吐き捨てるような流星さんのセリフは、未来を楽にさせるための重くない配慮だ。

 姿勢を戻したところで、あとでまたこちょこちょだねと凪さんが肩を竦める。そう言ってるだけで、しないだろう。


「これ、返すね。離れてた一ヶ月分の加護、しっかり刻んでおいた」


 表情が少し和らぐ未来へ凪さんが手渡したのは、水晶のネックレスだ。去年凪さんが山梨の遠征に行った際にお土産で買ってきてくれたもの。

 会う度に凪さんが【Blessingブレッシング】という加護の力を注いでる、未来が肌身離さず身につけているもの。制服とかだと襟に隠れて見えないけど、ちゃんと学校にもつけていってたのを俺は知ってる。


「一応、もう一回説明するね。水晶の加護が作用するのは、持ち主の命が危ない時にだけ。精神的な部分はこれじゃ守れない」


 水晶が太陽の光を反射する。


「だから、無理はしないって約束して。責任とか、そういうのは感じなくていい。いざとなれば僕が力ずくで『竹』を壊す。奴が死んだとしても、昨日司令官が言ってた通り結衣博士がどうにかしてくれるから」


 絶対無理はしないでと。わかったね、と。凪さんは未来へ言い聞かせる。

 凪さんはやっぱり『死』と表現した。

 討伐とは言わず、家で説明した時と同じ人間扱いだ。


「結衣博士は僕の後ろにいてください。もしもがあれば盾になります」


 この中で一人、一般人でキューブを扱えない結衣博士を凪さんは気にかける。

 だけど、当人は穏やかに笑った。


「あたしのことは気にしなくて大丈夫よ。いっちゃんが『まもるくん』を持たせてくれてるから」


 旅館にいた時とは違い、白衣を身にまとった結衣博士の重そうな鞄から●が取り出される。

 あの効力は俺もよく知ってる。

 去年学校でおキクの力を借りた未来と戦った時。マテリアル製の学校が崩壊寸前だったのに対しあのメカから作り出された青い●は、死人からの猛攻を防ぎきっていた。

 さすが、斎が作ったメカと言うべきか。


「だから凪君は、あいかを守ってあげて。見てたらわかると思うけど、あいかがいないとあたしなんにもできないのよ。色々あるのは知ってるけど……お願い」


 二人がギスギスしている理由を知ってるらしい結衣博士は、ご飯時とは正反対の真剣そのものだった。


「……ちゃんと、守るつもりでいました。心配しないでください」


 国生さんがいなくては何も始まりません。そう続けられて、必要だから守るのか、守りたいから守るのかわからなくなる。

 先生は先生で寂しげだった。


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