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元・前日②

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「相沢……ホントにいいのか?」


 さっきまでいた研究所で、家が狭くて可哀想なおキクのために早速キューブを改造してくれた斎が言ったことを、未来は思い出す。


「なんか悪いな。俺も当番なのに、研究のために相沢ひとりでやってもらうなんて」


 この九年、全くと言っていいほど進まなかったキューブの改良。その兆しが見えた手前、邪魔をするわけにはいかない。だから今日のゴミ箱巡回は、斎には休んでもらうことにしたのだ。


 現在時刻は零時の五分前。もう少しで死人(しびと)が生まれる時間。未来は少し早めにキューブを展開する。

 左手に刻まれた『樹』の文字をそっと右手で覆い、今日も何事も起きませんようにと願う。ここから始まる戦いのために、目を閉じて意識を集中する。

 数秒経って目を開けると、宙をぷかぷか浮くおキクが目に入った。


「ねぇおキク。どうして死人は、零時に生まれるんだろうね」


 全個体が零時に生まれるわけでは無いが、どうしてそれ以前には生まれないのか。どうして、零時以降にしか生まれなくて、明け方になったら生まれなくなるんだろうか。


「昼間に生まれる死人はイレギュラー……か」


 少し構ってほしいと言うようなおキクの頭を指で撫でてやりながら、未来は思った。

 本当にそうなのかな、と。


 死人についてわかっていない点はかなり多い。むしろ、ほとんどわかっていないと言う方が正しいだろう。生まれる原理も、理由も、『哀しいから』ただそれだけしかわかっていない。


 哀しいから。それだけで命を宿すことができるなら、全ての生き物、道具、建物、その全てが命を宿せるはずだ。命を宿す理由を持っているのだから。


 それなのにどうして、絶滅した動植物以外は、()()()()()()()()()物からしか生まれないんだろう。


「……来るよ」


 零時を知らせる鐘が鳴る。それと同時にゴミ箱が光り、空高く光の線が伸びる。


「すごい数。何百体いるんだろうね」


 おキクに少し離れているように言い、空を見上げる。上空にいる死人と呼ばれる哀しき敵は、街の空一面を覆うほどの大群で浮遊し、奇怪な声を響かせながら暴れようとする。


「黙祷……」


 両手のひらを胸の前で上に向け、一つ、紫色の花を手に咲かせる。


「【過度を慎め(サフラン)】」


 一言。それだけでいい。

 一瞬だけ街全体が紫色に光る。その刹那、パァンと破裂するような音とともに、上空を舞う青い目の敵たちがいとも簡単に弾けてガラス玉となって落ちてくる。数えるのがしんどくなるほどの数量だ。

 雨のように降るガラス玉の間を掻い潜り、残る巨大な三体の死人のもとへと跳ぶ。


「【木刀(ぼくとう)(かい)】」


 効力を失って散ったサフランの花びら。そこに切れ味の良い改の【木刀(ぼくとう)】を両手に生成。それをグッと握りしめ、奴らがこちらへ向かって吐き出す丸い物体を切り裂いて進む。そこに高くて重たい変な音が響いた。


(何だ、今の音)


 切った瞬間の少し聞き慣れた感じがした音に、そう思いながら目の前にいる怯えた顔の死人の頭に手をかざす。


「【引き抜け(ストレリチア)】」


 ドシュッという音とともに、死人の頭の真ん中、眉間から透明の液体が飛び散る。頭を突き破った鳥のような形をした花のクチバシ部分には、彼の心臓である青い玉が咥えられている。


(あと二体)


 自分の背中側と真上から放たれる丸い物体を体を翻して躱し、攻撃に転じる。重力で下に落ちていく自分の体から二体の死人へ蔓を張り、奴らの足や首に絡みついた方へと、自分の身体をコンマ一秒で引き寄せ再度手をかざした。


「【引き抜け(ストレリチア)(れん)】」


 二つのストレリチアが彼らの体を突き抜ける。そのクチバシに、青い玉を挟んで。心臓が失われた彼らの体の、その傷口から透明の液体が飛散する。

 悲痛な叫び声をあげ、心臓を奪い返すべく未来の体へと手が伸ばされる。体を完全に包める潰されそうなほど大きなその手に、未来は自分の小さな手を重ね、伝える。


「大丈夫。怖くないから」


 大粒の涙を散らせる彼らへ。


「あなたたちの哀しみは、私が受け止めます」


 空へ大きな花を咲かせる。鮮やかで黄色い、光を放って輝く花を。


「【悲しみは続かない(ヒペリカム)】」


 死人の青い目が見開かれ、ヒペリカムの花が映る。周辺が明るくなるほどに光るその花は、彼らを包み込んで傷口を修復していく。


 叫び声は途絶え、涙は消え、癒されてゆっくりと閉じられる彼らは元の体へ戻っていく。


 ストレリチアが咥えている青い玉が、サラサラと砂のように崩れる。そうして数秒後、未来の足が地面に着地したと同時ぐらいに彼らは完全に元の姿へと変わって、足元にふわりと降りてきた。


「……おかえり」


 彼らの元の体は、ユニフォーム。

 擦り切れて、よれて、きっと何度も何度も着た、思い入れのある服。


「まだ、一緒に試合をしたかったんだね。一緒に……戦っていきたかったんだよね」


 三つのユニフォームを拾い上げ、付いてしまった砂を優しく払い落としてキチンと畳んでやる。

 元に戻せた死人たちは、本来の持ち主に返すか、リサイクルされてまた新しい人生を生きる。

 人生という言い方が正しいかはわからないけど。

 そのどちらも叶わない場合は、二度と死人化することのないよう、専門のマダーに『お(はら)い』を受けてからまたゴミ箱に入れられる。

 完全にお別れとなるのだ。


「ごめん、おキク。怖かったね」


 長いしっぽを隠すようにぐるりと巻いて、ゴミ箱の後ろに隠れているおキクに、そっちの方が危ないと思うんだけどなあと苦笑しながら声をかける。


「サフランが怖かったんだね、一気に倒しちゃったから。でも大丈夫だよ。あの技はね、花言葉の通り、悪意ある敵で極端に弱い死人だけにしか効かないから、おキクは消えないよ」


 花言葉、過度を慎め。過度の悪意にしか効かないから、悪意のないおキクは対象外だ。それと、悪意がなくて哀しいだけのまだ元に戻れる可能性がある死人も。

 元に戻せるなら、みんなそうしてあげたいのに。そう考えながらおキクを宥めていると、ゴミ箱からまた幾多の敵が現れた。


「変だね。こんなにも大量に出てくるなんて今まで無かったのに」


 おキクと話しながら、すぐにその大群をサフランで消し飛ばす。


 いつだったか、誰かが言った。相沢未来が世界最強だと。


(ばかな話。圧倒的な強さを誇る凪を差し置いて、私が一番だなんて意味がわからない。ある一定の死人と心を通わせられるから。そんな理由で最強だなんて……凪に失礼だよ)


 どんな状況下においてもその圧倒的な力で危なげなく敵を粉砕し、何食わぬ顔で帰ってくる。彼を心から尊敬している未来からしてみれば、そんな紛い物の言葉なんて消し去ってしまいたかった。


 そう思いはするのだが、実際のところ、夜の一人の時間は居心地がいい。自分がどれだけめちゃくちゃをしても誰にも迷惑かけずに済むし、危険も無い。

 何も考えず、ただ殲滅したらいいだけなのだから。


(誰かが一緒にいると、どうしても力を押さえ込みたくなる。理由はきっと……)


 ぼーっとそんなことを考えていると、見落としてはならない不自然な物体が目に入った。


「マテリアル?」


 奴らがガラス玉に変わる直前、その口から飛んできた物体は、衝突音とともに地面を深く抉って止まった。その物体は、見慣れた物体。艶やかで、硬く、触ったときは少し冷たい感じがする、爆破しても壊れないと言われるマテリアル。


(そうか、さっきの木刀で切ったときの音。あれはマテリアルの音だったんだ)


 死人の能力は一個体ずつ違う。例え名称が同じ物体がどちらも死人になったとしても、違う能力を持って命を宿す。だから複数の死人から同じものが飛ばされてくる、同じ能力であるというその事実が示すのはただ一つ。


「『(あるじ)』がいるのか」


 きっと今ゴミ箱から出てきた死人は、その主によって意図的に生まれさせられ、その主の能力を受け継いだもの。恐らく今回の本当の敵は、周りのものを操ることができる系統の死人なのだろう。


「おキク。危ないから中に隠れてなさい」


 一瞬だけキューブを元の立方体に戻し、おキクを中の空間へ入れてからもう一度展開する。


「【森林(しんりん)】」


 手を地面につく。そのついた場所に小さな芽が生え、自分の体の周りを包み込むように、一センチ程の小さな木に育つ。そのサイズの木が、次々に外へと連なり、増え、地面を覆っていく。十メートル、百メートル、五百、二千。そして、五千メートル地点に到達した頃。


「……いた」


 地を這う木々が教えてくれる。そこに、敵がいることを。そしてその形を。


「人型……いや、丸?」


 なんだか変な感じがする。死人のイメージは丸いのに、そこに人の形がある。死んでない。生きた人間の形が、死人とともにある。

 しかもその場所は、学校のようだ。


(嫌な予感がする)


 誰かが死人に捕らえられている? 殺されようとしている? 危ない状態かもしれない。


「だめだよ。そんなの、絶対」


 守る。全てを。

 足元にある小さな木に手を添え、飛ぶ。木と木の間を瞬時に移動する【接木(つぎき)】で。刹那目の前に現れるのは、オレンジ色の丸い死人を()()()女の子。


世良(せら)、ちゃん」


 そこにいるのは、マテリアルでできた壁に左手を埋め込まれ、血が滴り、痛みに耐えて荒い息をするバスケ部の後輩、吉住世良の姿だった。

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