第5話
一週間後。
旧ミラ=コア施設を改装した《ユナイト・シェル》の深部にある大会議室は、重苦しい沈黙と張り詰めた緊張感に包まれていた。
巨大な円卓の中央には、リーダーであるアオイが静かに腰を下ろしている。
その左右には、復興本部の各セクションを束ねるリーダーたちが顔を揃えていた。物資管理を担う元NOVAの古参兵、インフラ復旧を指揮する旧ミラ=コアの離反技術者、そして治安維持部隊を率いる血気盛んな若手。皆、この数ヶ月間、アオイと共に血反吐を吐くような思いでシブヤの再建を牽引してきた戦友たちだ。
「……さて。全員揃ったな。これより作戦ブリーフィングを始めたいと思う」
円卓の端で、オレンジ色のゴーグルを額に乗せたユウナギが立ち上がり、静寂を破った。
「えぇ、始めて」
アオイは腕を組み、鋭い視線をユウナギに向けた。
「私は簡単な概要は知っているけれど、各リーダーにも意図が伝わるように、手短に説明をお願い」
「あぁ、わかってる。……それより、トオル! いるか?」
ユウナギはふと視線を上げ、何もない天井に向かって声をかけた。
『いるも何も、お前たちの監視デバイスに常時リンクしてるんだ。いつでも俺はいるさ』
スピーカーから、呆れたようなトオルの声が響く。
「すまねぇ、癖でな」
ユウナギはクシャッとした顔ではにかみ、義手で首の後ろを掻いた。緊迫していた会議室の空気が、そのやり取りでわずかに緩む。
「それじゃあ、各自『ダイヴ』の準備を。これより先はセキュアな環境で話す」
ユウナギの合図と共に、リーダーたちはそれぞれ首元のコネクタや携帯端末を操作し、意識をネットワークの深層へと接続した。
視界が一度暗転し、幾何学的な光のラインが流れる。
次の瞬間、彼らの意識は、物理的な会議室を完全に模倣した電脳空間(仮想会議室)へと移行していた。
現実世界では声しか聞こえなかったトオルが、ここでは実体を持って円卓の空席に座っていた。
「おぉ、トオル! 久しぶりだな!」
「元気にしてたか、システムと同化したって聞いて心配してたんだぞ」
各セクションのリーダーたちが、再会を喜んで口々にトオルへ声をかける。データ上の存在とはいえ、彼らにとってトオルは共に死線を潜り抜けた英雄の一人だった。
「さて、手短に本題に入るぜ」
ユウナギが電脳空間内でホログラムの資料を展開した。
「現在、トオルは肉体がなく、精神をプログラムに落とし込んでこうして会話ができている状況だ。……だが、彼が再び物理的な『肉体』を取り戻せるかもしれないデバイスを見つけた。それを取りに行くというのが、今回の作戦の骨子だ」
『おい、ユウナギ。肝心な部分を抜かして話してるぞ』
トオルがすかさずツッコミを入れる。その表情は、アバターでありながらひどく険しかった。
「そうね。トオルの言う通りだわ」
アオイがユウナギの言葉を引き取り、円卓を見渡した。
「私から、抜けている作戦概要を補足するわ。単刀直入に言う。その全身義体が眠っている場所は――『第零セクター』よ」
その言葉が落ちた瞬間、電脳空間の会議室が凍りついた。
「なっ……正気ですか、リーダー!」
治安維持部隊の若きリーダーが、弾かれたように立ち上がった。
「第零セクターといえば、高濃度の毒ガスが滞留している死の領域じゃないですか! 復興本部の権限で完全封鎖しているエリアですよ!?」
「トオルを助けたい気持ちは我々も同じだ。だが……!」
物資管理の老幹部も、苦虫を噛み潰したような顔で同調する。
「あまりにもリスクが高すぎる。死に行くようなものだ。誰が行くというんだ! もし人員を割いて全滅でもすれば、この街の復興計画にどれほどの遅れが出るか……!」
激しい異議と反発の声が飛び交う。無理もない。彼らはシブヤの未来を背負う責任者であり、私情で作戦を動かすわけにはいかないのだ。
「落ち着いて。だからこそ、ユウナギに条件を出したの」
アオイは静かな、しかし威厳のある声で騒ぎを制した。
「ユウナギ。私は言ったわよね? 完璧なプランを提出すること、と。そうでなければ、この作戦は却下よ」
「ははっ、リーダーは相変わらず厳しいね」
ユウナギはニヤリと笑い、展開していたホログラムを切り替えた。
「でも、この一週間、俺がただ指をくわえてたと思ったら大間違いだぜ。見ろ」
空間に、重厚な装備のデータが浮かび上がる。
「まずは防塵防毒の特殊マスク。これに関しては俺のお墨付きだ。裏ルートを駆使して、旧ミラ=コアの軍事規格品を引っ張ってきた。そして、依頼されていた高濃度汚染地帯用の対環境スーツも用意できた。だが……」
「だが?」アオイが眉をひそめる。
「マスクはバックアップを含めて多数準備できたんだが……特殊すぎる対環境スーツのほうは、俺のツテを全部使っても『2着』しか用意できなかった。もう少し時間があればなんとかできたかもしれないが、猶予がなかった」
『2着か……。それで、誰が行くんだ』
トオルが腕を組み、重い声で問う。
「義体の稼働状態の確認や、その場でのセキュリティ解除、起動設定が必要になる。エンジニアである俺は確実に行く必要があるな」
ユウナギが自身の胸を指差した。
確かに、ただの荷物ではない。高度なテクノロジーの塊である全身義体を回収するには、ユウナギの技術力が不可欠だ。
「そうなると。あと一枠ね」
アオイは少しだけ目を伏せ、思案する素振りを見せた。だが、その答えは最初から決まっていた。
彼女は顔を上げ、はっきりと告げた。
「――私が行くわ」
『ダメだ!!』
誰よりも早く、そして激しく反発したのは、他でもないトオルだった。
アバターである彼が円卓を強く叩く。
『アオイ、それだけは絶対に反対だ! 今回の作戦で、もしお前に何かあったらリーダーが不在になってしまうんだぞ! これからの復興をどう動くつもりだ!? 作戦のリスクと未来のリスクを天秤にかければ、考えなくても答えは出るだろ!』
「トオルの言う通りです、アオイさん!」
他のリーダーたちも一斉に頷く。
「あなたが欠ければ、ユナイト・シェルは崩壊します。行くというなら、我々の部隊から最も優秀な兵士を出します。あなたが自ら死地へ赴く必要はない!」
周囲からの猛烈な反対。だが、アオイの意志は微塵も揺るがなかった。
「その通りね。リーダーとしての責任は理解している。……だけど、私が行く必要があるの」
アオイは、トオルの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「トオルが肉体を失い、あんなシステムの一部になってしまった原因は、私にもあるのよ。彼が命を賭けて私を救ってくれたように……復活させるためなら、私はどんな犠牲を払ってでも行く」
『アオイ……』
その言葉に含まれた重すぎる覚悟に、トオルは絶句した。他のリーダーたちも、それ以上は言葉を継げず、重い沈黙が落ちる。
「……でも、もし万が一のことがあれば」
アオイは少しだけ表情を和らげ、ユウナギを見た。
「それは安心して。そのためにユウナギに準備をさせたのだから。ユウナギ、そのマスクとスーツがあれば、命を落とす確率は低くなるのよね?」
「あぁ。まぁ、物理的ダメージを受けた場合は保証できないが、毒ガスで死ぬことはないはずだ。……でも、この環境スーツも長年放置されてたデッドストックだし、完璧なのかと言われたら……いや、待てよ?」
ユウナギは不意に顎に手を当て、ブツブツと何かを計算し始めた。
『おい、ユウナギ。どうなんだ、はっきりしろ!』
不安を煽るような態度に、トオルが思わず声を荒げる。
「……いける。あぁ、いけるさ!」
ユウナギは顔を上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「俺の技術力と、アオイの現地での判断力、そしてシステムの裏からサポートしてくれるトオルの力があれば、無敵だ。忘れたのか? 俺たちはあの『ミラ=コア』をぶっ倒したんだぜ! 第零セクターの防衛システムごとき、抜けないわけがない!」
その根拠のない、しかし圧倒的な熱量を持った言葉は、不思議と会議室の重い空気を吹き飛ばした。
「えぇ。そう思えば、そうね」
アオイはふっと微笑み、円卓の全員を見渡して最終決定を下した。
「メンバーは決まりね。私とユウナギの二人で、第零セクターへの潜入作戦を決行するわ。トオルはシステムからのバックアップを頼む」
反対していたリーダーたちも、もはや彼女の決意を覆せないことを悟り、深く頷いた。
シブヤの未来と、たった一人の大切な相棒を取り戻すための危険な作戦が、今、正式に動き出そうとしていた。
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