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SHIBUYA・Underworld  作者: 藤風大地


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第4話

執務室を飛び出したアオイの足取りは、どこかあてもなくフワフワとしていた。

すれ違うメンバーたちに軽く会釈を返し、無意識のうちにエレベーターの最上階ボタンを押す。機械的なモーター音とともに上へ上へと運ばれながら、アオイは小さく息を吐いた。

たどり着いたのは、旧ミラ=コア施設を改装した復興本部《ユナイト・シェル》の屋上だった。

重い防風扉を押し開けると、高い空を吹き抜ける乾いた風が、アオイの青みがかった緑のショートヘアを大きく揺らした。

ここは、アオイが自分自身と見つめ直すとき、あるいはひどく行き詰まったときに必ず訪れる、彼女だけの秘密の場所だった。

屋上のフェンスに寄りかかり、眼下に広がる街を見下ろす。

瓦礫の山だったシブヤの街は、今やプレハブの屋根や再建されたビル群で埋まりつつあり、あちこちで生活の灯りが瞬き始めている。それは、アオイたちが血と涙を流して勝ち取った、泥臭くも確かな『未来』の景色だった。

「……はぁっ」

アオイは、フェンスの冷たい金属に額を押し当て、深い、深い溜息をついた。

先ほどの執務室での出来事が、まだ頭の中でぐるぐると渦巻いている。

旧ミラ=コアの第零セクター。そこに眠るという、人間の体を模倣した全身義体。

ユウナギがもたらしたその提案は、アオイにとってまさに青天の霹靂だった。

今、トオルとはホログラムを通じて顔を合わせ、言葉を交わすことができる。かつて声しか聞こえなかった頃に比べれば、それは劇的な進歩だった。

だが、所詮はホログラムなのだ。質量を持たない光の粒子。彼が笑っていても、その肩を叩くことはできない。彼が落ち込んでいても、その手を握りしめることはできない。触れようとすれば、ただ空虚にすり抜けていくだけ。

(もし、あの作戦が成功したら……)

アオイは自分の両手を目の前にかざし、ぎゅっと握りしめた。

義体とはいえ、彼がもう一度、物理的な『器』を持ってこの世界に帰ってくる。

同じ空間で呼吸をし、同じものを食べ、体温を感じることができる。毎日、当たり前のように一緒に過ごすことができる。

それはアオイにとって、喉から手が出るほど欲しい、夢のような奇跡だった。

だが――同時に、猛烈な恐怖がアオイの胸を締め付ける。

第零セクターは、有毒ガスと未知の防衛システムが眠る死の領域だ。もし、その作戦で命を落とすようなことがあれば?

彼女は今、この街の希望を背負う復興本部《ユナイト・シェル》のリーダーなのだ。もし自分が、個人的な感情に流されて無謀な作戦に赴き、命を散らすようなことになれば、復興の糸口は完全に断たれてしまう。残された街の人々はどうなる。

トオルを取り戻したいという一人の人間としての切実な『願い』と、街を導かなければならないリーダーとしての『責任』。

二つの巨大な感情が、アオイの中で激しく衝突し、混ざり合い、軽いパニックを引き起こしていた。

「……どうすればいいの、私」

誰にともなくこぼした声は、屋上を吹き抜ける風に溶けて消えた。

ふと頭を上げると、空は鮮やかな夕焼けに染まっていた。

汚染された大気の名残で、シブヤの夕暮れはいつも毒々しいほどに赤く、そして美しい。

水平線の彼方、ビル群のシルエットの向こうに、巨大な太陽が沈みかけていた。街のあちこちで点灯し始めたネオンの光と、燃えるような夕日が混ざり合い、世界を境界線のないオレンジ色に染め上げている。

夜の訪れを招き入れるように、太陽はゆっくりと、しかし確実に高度を下げていた。

沈みゆく太陽。

だが、この太陽は終わりではない。深い夜の闇を越えれば、数時間後には必ずまた東の空から昇ってくる。何度絶望に沈んでも、必ず立ち上がる。

「……そうだ。この太陽みたいに……」

アオイは、眩しい光に目を細めながら呟いた。

私は、輝きたい。迷い、傷つき、泥に塗れても、この街の人々を、そしてトオルを照らす光でありたい。

立ち止まっている暇はないのだ。

『――お前はそれでいいんだ。まっすぐ、突き進め』

ふいに、背後から声がした。

低く、掠れていて、それでいて無骨な温かさを持った声。

アオイを奴隷市場の地獄から救い出し、人間としての尊厳を教えてくれた恩人。彼女にとって、たった一人の『父親』と呼べる存在――カグツチの声だった。

「カグツチ……!?」

アオイは弾かれたように振り返った。

だが、そこには誰もいない。ただ、夕暮れの風が空のフェンスを揺らしているだけだった。

いるはずがないのだ。彼は、あのミラ=コアとの最終決戦で、アオイたちを守るために自らの命を散らしたのだから。

「……ははっ。私、重症ね」

アオイは自嘲気味に笑い、目尻に浮かんだわずかな涙を乱暴に拭った。

ただの幻聴だ。だが、その幻聴は今の彼女にとって、何よりも力強い背中への一押しだった。

「きっと、疲れてるんだな。……もう一仕事して、今日は早く寝るか」

アオイは夕日に向かって小さく一度だけ頷くと、踵を返した。

その背筋は、屋上にやってきた時よりもずっと真っ直ぐに伸びていた。リーダーとしての責任も、トオルへの想いも、すべてを背負って進む。

屋上の重い扉を開け、アオイは再び自分の戦場である執務室へと向かって歩き出した。


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