それでも、ここに立つ
今回はリリア視点の内面回でした。
外の人間が内側になる瞬間は、物語の大事な節目です。
夜。
精霊の森は、やさしい光に包まれていた。
小屋の客間。
リリアはひとり、机に向かっていた。
紙の上には、王都への簡易報告書。
――精霊の森、安定。
――危険性なし。
――友好継続を推奨。
ペンが止まる。
「……簡単すぎる」
本当は、もっと書きたい。
空気の温度。
笑い声。
土の匂い。
でも、王都はそれを理解しない。
理解できない。
窓の外を見る。
ハルの姿が見える。
夜でも畑を見回っている。
「本当に、何も疑わない人」
王都では、信じることは弱さだった。
疑い、備え、利用する。
それが“賢さ”。
だがここでは違う。
ハルは、疑わない。
でも――愚かではない。
守る時は、守る。
あの視察の日の目を、リリアは忘れられない。
(あれは、覚悟の目だった)
リリアは深く息を吐く。
王都での自分を思い出す。
数字だけを見る日々。
成果だけで評価される立場。
「私は、便利な歯車だった」
孤独だった。
周囲は味方ではなく、競争相手。
本音は隠すもの。
笑顔は交渉材料。
それが当たり前だった。
「でもここは……」
昼間の食卓。
圧はあった。
だが敵意ではなかった。
試されただけだ。
守る側に立てるかどうか。
それだけ。
(あんな圧なら、何度でも受ける)
小さく笑う。
扉がノックされる。
「起きてる?」
ハルだ。
「はい」
扉が開く。
「無理してない?」
無防備な心配。
打算がない。
「していません」
「そっか」
沈黙。
でも重くない。
「なあ」
ハルが少しだけ真面目な顔になる。
「王都、きついか?」
核心。
リリアは少し迷い――
正直に言う。
「戻れば、楽です」
「立場も、保証もある」
「でも」
ハルは静かに待つ。
「ここにいる方が、怖い」
「怖い?」
「守りたいものが、できてしまったから」
自分でも驚くほど、素直な言葉だった。
ハルは、少しだけ笑う。
「俺も怖いよ」
「え?」
「守るって決めると、責任が増える」
「でも」
空を見る。
「一人で背負うより、みんなで背負う方が軽い」
その言葉が、胸に刺さる。
王都では、責任は押し付け合うものだった。
ここでは、分け合うものらしい。
「リリア」
「はい」
「残るって決めたなら」
真っ直ぐ見る。
「俺たちは仲間だ」
単純。
だが揺らがない。
リリアの喉が詰まる。
「……はい」
涙はこぼさない。
王都仕込みの矜持がある。
でも、胸は温かい。
ハルが去った後。
精霊が、ふわりと肩にとまる。
「……歓迎、されているのですね」
小さな光が、やさしく揺れる。
拒絶ではない。
受け入れ。
それが何よりの証。
机に戻る。
報告書の最後に、リリアは一文を加えた。
――精霊の森は、安定している。
――干渉は不要。
――保護対象として扱うことを強く推奨する。
これは、政治ではない。
覚悟だ。
窓の外。
森は静かに呼吸している。
「私は、ここに立つ」
利用する側ではなく。
守る側として。
孤独は、まだ完全には消えない。
だが。
もう一人ではない。
精霊の森に、新しい根がひとつ下りた。
孤独はすぐには消えません。
でも、覚悟は人を変えます。
精霊の森は、少しずつ強くなっています。




