残るという選択
今回は“外の人間が内側に入る”回でした。
世界が閉じないための重要な一歩です。
視察団が帰る朝。
馬車の前で、伯爵が整列を確認していた。
「全員乗ったな?」
「……いえ」
文官のひとりが、静かに手を挙げる。
若い女性だった。
名を、リリア・フェルナー。
「私は残ります」
空気が凍る。
「何を言っている」
伯爵が低く言う。
「命令違反になるぞ」
リリアは真っ直ぐ答える。
「理解しています」
「それでも?」
「はい」
森の入口。
ハルは状況がよく分かっていなかった。
「えっと……帰らないの?」
リリアは少し緊張した顔で頷く。
「ここを、もっと知りたいのです」
レイナが腕を組む。
「スパイ?」
「違います!」
即否定。
エリシアが静かに観察する。
嘘はない。
緊張と覚悟だけがある。
伯爵がローベルトを見る。
「どう判断する」
ローベルトは少し考え――
「問題ないかと」
「なぜ」
「精霊が拒絶していません」
その瞬間。
ふわり、と小さな光がリリアの周囲を舞う。
精霊が、逃げない。
むしろ近づいている。
伯爵は小さく息を吐いた。
「……好きにしろ」
「責任は自分で負え」
「はい」
リリアは深く頭を下げた。
馬車が去る。
森に静寂が戻る。
リリアは改めてハルに向き直る。
「ご迷惑でしょうか」
「いや?」
即答。
「住むとこないなら、小屋の空き部屋あるし」
警戒、ゼロ。
ルナがため息をつく。
「あなたは本当に」
「何?」
「……いえ」
その日。
リリアは畑を見て回る。
水路。
精霊。
作物。
「報告書では、分からなかった」
小さく呟く。
「数字じゃない」
「空気だ」
夕方。
ハルが隣に立つ。
「難しい顔してるな」
「……王都では」
リリアは少し迷いながら言う。
「効率と利益が全てでした」
「ここは違う」
「うん」
ハルは土を触る。
「育てるだけ」
シンプルすぎる。
だが。
リリアの胸に、じわりと染みる。
夜。
小屋で夕食。
リリアは緊張していた。
だが。
「これ美味いぞ」
「ほんと?」
「ルナの料理は研究の成果だしな」
「研究言うな」
笑い声。
レイナが言う。
「王都ってそんな堅いの?」
リリアは少し笑った。
「ええ、とても」
「じゃあここで柔らかくなれば?」
単純。
でも優しい。
食後。
リリアは星を見上げる。
精霊がひとつ、肩にとまる。
「……私は」
小さく呟く。
「守る側になりたい」
奪う側ではなく。
利用する側でもなく。
この森を、支える側に。
翌朝。
リリアは宣言する。
「私は、王都との“正式窓口”になります」
ローベルトが目を細める。
「覚悟は?」
「あります」
ルナが微笑む。
「では、ようこそ」
レイナがにやっと笑う。
「逃げたくなったら止めるけどな」
ハルが笑う。
「仲間ってことでいい?」
リリアは、少しだけ涙ぐんだ。
「はい」
精霊の森に、新しい風が吹く。
外を知る者。
内を知る者。
甘さは変わらない。
でも、守る力は確実に増えている。
残るという選択は、覚悟です。
精霊の森は、少しずつ広がっています。




