潮風の王女
王女が港町に到着する回です。
森へ行く前に、まず“海と森の交差点”を見る。
焦らない王女を描きました。
潮の匂いが、風に混じっていた。
王女リシェリアは、簡素な外套に身を包み、馬車から降りる。
港町ラディア。
喧騒と笑いと、魚の匂い。
王城とはまるで違う空気。
だが嫌いではない。
「お忍び視察という形でご案内します」
港町代表として現れたのは、マレア。
王女だと知っているのは、ごく少数。
王女は“学徒リシェ”として扱われる。
それが今回の形。
「森の作物を使った料理を」
マレアが屋台へ案内する。
焼き魚に刻まれた森の香草。
甘みのある根菜の付け合わせ。
リシェリアはひと口、口に運ぶ。
目がわずかに見開かれる。
「……競っていない」
塩も甘みも、ぶつからない。
支え合っている。
それは噂通りだった。
「森派、という言葉が生まれています」
マレアが小声で言う。
「思想ではなく、在り方に惹かれる者たちです」
リシェリアは海を見る。
波は繰り返す。
急がない。
だが止まらない。
森と似ている。
「王都からの圧は?」
「あります」
「それでも継続を?」
マレアは迷わない。
「選んだのは私たちですから」
その言葉が、胸に残る。
森も同じだった。
誰かを引き込まない。
選ばれる。
夜、港を歩く。
漁師たちが網を直している。
若者たちが、森の話をしている。
「子どもが中心らしい」
「急がないんだと」
リシェリアは耳を傾ける。
政治の話ではない。
生活の話。
「森へ行かれますか?」
マレアが静かに問う。
リシェリアは少し考える。
「まだ」
焦らない。
森は急がない。
だからこそ、自分も急がない。
王城とは違う星空。
潮風が頬を撫でる。
遠く、森の方向を思う。
噂は誇張ではなかった。
だが理想でもない。
ただ、在る。
その頃、森では。
ソラが「う」と声を出す。
ミナが微笑む。
カイが少しだけ笑う。
ハルは畑を見渡す。
森は、まだ王女を知らない。
だが距離は確実に縮まった。
理想は遠くから見るほど美しく見えます。
だからこそ、王女は急ぎません。
次は森へ向かうのか、それとも港町で事件が起きるのか。
―― 月灯り庵




