理性の声
王女の教育係が森に警戒を示す回です。
理想と現実の対話。
王女は一段、成熟しました。
王城、書庫の一角。
重厚な机の前に、王女リシェリアは座っていた。
向かいには、教育係グラディウス。
年配の学者であり、王家の顧問でもある。
その視線は穏やかだが、鋭い。
「精霊の森に興味をお持ちとか」
柔らかな口調。
だが逃がさない。
リシェリアは本を閉じる。
「噂は事実ですか?」
「事実と誇張が混ざっています」
グラディウスは淡々と答える。
「森は拡張していません」
「だが影響は広がっています」
それが問題なのです、と続ける。
「制度を持たず、枠に入らず」
「それでも支持を得る」
王都の教育理念とは対極。
リシェリアは首を傾げる。
「危険ですか?」
グラディウスは少し沈黙する。
「思想は、剣よりも長く残ります」
否定ではない。
警戒だ。
「森は秩序を否定しているわけではありません」
リシェリアが言う。
「従属しないだけ」
グラディウスは静かに微笑む。
「それが最も扱いにくいのです」
敵であれば、討てる。
味方であれば、組み込める。
どちらでもない存在。
「では、放置するのですか?」
「陛下は観察を選ばれました」
それが最善かは、まだ分からない。
だが急ぐべきではない。
「森に惹かれる理由は何ですか?」
問い返される。
王女は少し考える。
「命令がない」
「急がない」
「子どもが中心」
それは、王都では難しい。
グラディウスはゆっくり頷く。
「理想は、美しい」
「ですが王都は現実で動きます」
税。
軍。
外交。
責任。
森は小さい。
王都は国を背負う。
「それでも、知るべきです」
リシェリアは静かに言う。
「知らずに否定するのは、理性ではありません」
グラディウスは目を細める。
成長を感じる。
同時に、不安も。
「ならば」
教育係は言う。
「森を理想化なさらぬこと」
「現実を見る覚悟を持つこと」
警戒は消えない。
だが拒絶でもない。
その夜。
リシェリアは窓辺に立つ。
森は遠い。
だが思考は近づいている。
教育係の言葉は重い。
だが好奇心は消えない。
森では。
ソラが「あ」と声を出す。
ミナが微笑む。
カイが光に触れる。
ハルは畑を耕す。
森は王女の葛藤を知らない。
だが王女は、森を理想化しすぎないと決めた。
それは一歩、現実に近づいた証だった。
惹かれる心と、止める理性。
どちらも必要です。
森は静かですが、王都の内側は動いています。
―― 月灯り庵




