37. 魔術団長へのお誘い -麻婆茄子とともに-
「――私も一緒に、絵を描く?」
週末、いつものように家を訪れたレオニーダさんに話を持ち掛けると、驚いたように問い返される。
私は作った料理を並べながら「はい」と答えた。
「レオニーダさんも絵を描くのがお好きなら、せっかくなので一緒に絵を描きに行くのはどうかなと思いまして」
「いや……私は人前で描ける程の腕前では……」
珍しくごにょごにょと歯切れが悪いレオニーダさん。
いつもと違う様子がなんだか可愛らしい――なんて思ったら失礼だろうか。
レオニーダさんの眉間には皺が寄っていて、彼を困らせてしまっただろうかと一瞬後悔する。
ただ単に、一緒に出掛けるならレオニーダさんにも楽しんでほしいと思っただけなのだけれど……。
と、そこまで考えて、一旦リセットすることにした。
「あの、ひとまずごはんにしましょうか」
「あ、あぁ……」
レオニーダさんの前に座り、ふたりで息を合わせる。
「「いただきます」」
今日はチャレンジメニュー、麻婆茄子だ。
この前カレーに入れたなすがおいしかったので、他にもなすを使ったメニューがないかと思って行き着いた。
麻婆茄子、食べたことはあるけれど、作ったことはない。
それが吉と出るか凶と出るか……。
豆板醤なんてないので、唐辛子と味噌で代用してみたが、それが代用になるかもよくわからない。
味見した限り食べられなくはないけれど……。
「あの、今日のメニューは少し辛いかも知れないので、気を付けてくださいね」
「あぁ」
レオニーダさんがぱくりと一口麻婆茄子を食べて、目をぱっと見開いた。
大丈夫だろうか……とそわそわしていると、続いてごはんを口に入れる。
もぐもぐと咀嚼する様子をドキドキ見つめていると、ごくんとレオニーダさんが飲み込んだ。
「アカリ殿」
「はい」
「確かに少し辛い。だがおいしい」
そう端的に言って、レオニーダさんはもう一口麻婆茄子を口に入れる。
その様子にほっとして、私もいただくことにした。
まずはメインのなすから。
熱が入ったなすはくたりとしており、油でてりてりと光っている。
口に入れたところでとろりととろけた。
ひき肉の歯応えとも相まっていい感じだ。
今度はなすだけだと足りないかもと心配になって入れたピーマン。
こちらはしゃきしゃきと瑞々しい。
少しだけ残っていたのでとりあえず入れてみたにんじん。
こちらはぽりぽりと楽しい。
とりあえず入れてみた味噌、隠し味みたいになってよかったかも知れない。
「……アカリ殿」
麻婆茄子を堪能していたらレオニーダさんに話しかけられた。
我に返って「はい!」と返事をすると、レオニーダさんは少し驚いたように目を丸くして、そのあとで「随分元気だな」と優しく頬を緩める。
「米のおかわりをいただいてもいいだろうか」
「あっ、もちろんです。気付かなくてすみません」
「いや、自分でつごう」
レオニーダさんがごはんをよそう様子が新鮮で、その背中をついじっと見つめてしまう。
その視線を感じ取ったのか、レオニーダさんが「……アカリ殿」と声を出した。
「先程の話だが……その――私は決して上手くはないが、それでもよければ」
一瞬何の話をしているのかわからなかったけれど――ふたりで絵を描きに行く話をしているのだと気付き、心がぶわっと舞い上がる。
私は嬉しくなって、またもや「はい!」と元気に返事をしてしまった。
レオニーダさんは暫くこちらを向こうとはしなかったけれど、心なしか耳の色が赤く見えたのは――さすがに私の気のせいだと思う。
***
「そうか、シン殿がそんなことを……」
食後にふたりでコーヒーを飲みながら、先日シンくんが来た時のことを伝える。
「はい。確かに順番からすればエイジさんが元の世界に帰るのが先だと思うんですけど、でも――」
「いや、エイジ殿は急がなくていいだろう」
そうレオニーダさんが即答するので、私は「えっ?」と声を洩らした。
「エイジ殿は自立した大人だ。こちらで職にも就いているし切羽詰まった事情があるわけでもない」
「あ、そうなんですか?」
私の問いにレオニーダさんは少しだけばつの悪そうな顔をして「――と聞いてはいるが、確認は必要だな」と続ける。
そして私の目をじっと見つめなおした。
「……だが、アカリ殿はそれでいいのか?」
「――私ですか?」
まさか質問されるとは思っていなかったので、つい訊き返してしまう。
そんな私に、レオニーダさんは真面目な顔で頷いた。
「確かにシン殿は幼い子どもだ。早く元の世界に返した方がいいとは思うが――そうすればアカリ殿が元の世界に帰る時期が遅れてしまう。……君はそれでもいいと?」
言葉を選んでいるのだろう、レオニーダさんはゆっくりとそう続ける。
――あぁ、私のことを心配してくれているんだ。
そう思うと、なんだかありがたいような申し訳ないような――そんな気持ちになって、私は笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ。別に二度と帰れないわけじゃないですし――前にもお伝えした通り、この世界での生活が嫌なわけではまったくないので」
「……そうか」
レオニーダさんが少しだけ眉を緩める。
まるで、なんだかほっとしたような――その表情を見て、私の心もふっと和らいだ。
――あれ?
『こっちの世界の方が好き? ずっとここにいたい?』
シンくんの問いかけが脳裡を過る。
私はそれ以上何も言えず、コーヒーをごくりと飲み干した。
来週(8/16週)他作品投稿のため1週おやすみです。




