36. シンとの対話 -カレーうどんとともに-
「これおいしい!」
シンくんが嬉しそうに言う。
私は「そう? ありがとう」と返しながら、シンくんのコップにお水を注いだ。
今日のごはんはカレーうどんだ。
シンくんはカレーライスの方が好きかとも思ったけれど、うどんを見たシンくんが「ぼくもそっち」と言ったので、二人で向かい合い同じメニューを食べている。
野菜の種類も増えたので、今回は前回とは違う具で作ってみた。
なすにピーマン、そして牛肉。
ちなみに玉ねぎとまいたけは続投だ。
1日目はカレーライス、2日目はカレーうどん、私の中ではいつもこういう流れになっている。
カレーが跳ねないよう、慎重につるると麺を啜るシンくんが可愛らしい。
私も細心の注意を払いながらつるると麺を啜り、2日目でよりコクを増したカレーの味を堪能する。
白いうどんはおだしを加えたカレーをよく吸っていて、もちもちと噛むごとに味が口の中に広がった。
牛肉は言わずもがなうまみが詰まっていて、ピーマンはその歯応えと苦みで存在感を発揮している。
2日目の玉ねぎはとろりととろけ、まいたけはぷりぷりとした食感を維持していた。
ただ、私の中の本日の主役はなすだ。
一口噛むと油とカレーがじゅわりと沁み出して、何とも言えない幸せな気分になる。
あちらの世界にいた時はあまりなすを料理で使ってこなかったけれど、これからは色々なものに入れてみようと一人静かに決意した。
「――ねぇ、アカリおねえちゃん」
シンくんに声をかけられて顔を上げる。
丼の中にはまだうどんが残っていた。
「どうしたの? もうおなかいっぱい?」
「ううん……質問なんだけど」
「うん、いいよ」
「アカリおねえちゃんはこの世界に来てよかった?」
「――えっ?」
思いもよらない質問に、反射的に声が出る。
シンくんはじっと私の顔を見つめていた。
どういう思いでその言葉が出てきたのか――シンくんの思惑がわからない。
それでも何か言わなければ、そう思って口を開いた。
「……そうだね。正直なことを言えば、巻き込まれるような形でここに来たから最初はびっくりしたけど――今は、来てよかったかな」
「そうなんだ。なんで?」
透き通る瞳でシンくんが続ける。
首を傾げる弾みで金髪がさらりと揺れた。
「うん……私あっちの世界では普通の会社員だったんだよね。で、いつかイラストレーター……絵を描くお仕事がしたくて、毎日頑張ってたの。でも働きながら絵を描くのって結構大変で、上手くいかないことも多かったんだ」
話しながら、あの日々が頭によみがえる。
仕事を終えて家に帰ったらすぐ、ただただ絵を描いていた。
SNSに投稿したり、コンテストに出したり、できることは色々やっていたつもりだったけれど、何も結果が出ない――そんな毎日。
もちろん評価されることだけが目的じゃない。
絵を描くことは楽しかったし、なにより好きだ。
でも、描き続けた先に何があるのか――それを考えるのは、なんだか怖かった。
「だから、こうして今この世界で絵を描いて暮らしていられるのは、少しだけど夢が叶ったみたいで。王様のために色々な絵を描くのは勉強にもなるし、悪くないと思ってるよ」
そこまで言って、初めて自分の気持ちに気付く。
私はそんな風に思っていたんだ。
シンくんは興味深げに「そうなんだ! じゃあさ」と続ける。
「こっちの世界の方が好き? ずっとここにいたい?」
「いや、それは――」
そう言いかけて、はたと止まった。
……あれ、私――どうしたいんだろう。
この世界は私のいるべき場所じゃない。
だから帰るのが当たり前だと思っていた。
でも、ここにいればずっと絵を描いて暮らせるし、なにより――。
『――君の絵が好きだと、そう思った』
レオニーダさんの顔が頭を過り、はっと我に返る。
そして私は笑顔を作った。
「――えっと、私のことはいいから、シンくんが帰るのが先だよ。ご家族もお友だちも待っているだろうし」
「うーん、でもこういうのって順番じゃない? アカリおねえちゃんの方が先に来たんだから……って、一番最初はあのおじさんか」
私は久々にエイジさんのことを思い出す。
そうだ、エイジさんは実際に魔王討伐にも参加しているし、最も長くこの世界にいる。
一番優先されるべきはエイジさんだろう。
――でも。
エイジさんには申し訳ないけれど、私は目の前のシンくんのことが心配でたまらなかった。
「シンくんはそういうこと気にしなくていいんだよ。レオニーダさんが頑張ってくれてるし、きっともうすぐ帰れるはずだから」
「レオニーダ……あのひとそんなにすごいの?」
「すごいすごい! 今日のお料理が作れるのもレオニーダさんの魔法のお蔭だし」
そう言って、何故か私が誇らしい気持ちになる。
すると、シンくんが「へぇ」と言った。
「アカリおねえちゃん、なんだか嬉しそうだね」
「……へっ?」
私がまぬけな声を上げると、シンくんがくすくす笑う。
途端になんだか恥ずかしくなって、顔が一気に熱くなった。
「ほら、早く食べないとうどん伸びちゃうよ!」
「はーい」
シンくんがつるつるとまたうどんを啜り始める。
私は手元にあったマグカップのお水をごくごく飲んでから、ふぅと息を吐いた。




