35. お絵描きをしながら
ディアナさんたちがやってきて数日、特段その間は何事もなく私は絵を描くことに没頭していた。
次にいつシンくんが来るのか、それがわからないのでできるだけ早めにノルマをこなしておこうと思ったのだ。
私は記憶を頼りに自分の住んでいた街の絵を描く。
先日ミネアさんにこちらの世界の街に連れて行ってもらったことで、対比したものを描きたくなった。
あの時描いたスケッチは描き直し、自分の頭の中に改めてインプット済だ。
見慣れた景色とは違う世界での生活にもだいぶ慣れてきた気がする。
――コンコン
ノックする音が聞こえたので、私は作業を中断して玄関に向かった。
そういえばこの家には当たり前だけどインターホンがない。
覗き穴もないので、誰が来たのかはドアを開けてみるまでわからない。
ちょっと安全上問題あるかな……と思いつつ、ドアを開けた。
「アカリおねえちゃん、来たよ!」
「シンくん、こんにちは」
よかった、シンくんだった。
私はほっとしながら彼を迎え入れようとし――その背後の存在に気付く。
「勇者さん、ごきげんよう」
「ディアナさん! こんにちは」
そう、そこには魔術団副団長のディアナさんも立っていた。
シンくんを送り届けてくれたのであれば、おもてなしをした方がいいだろうか。
どうしようかと思ったところで「気遣いは不要です」と言われたので、一瞬心が読まれてしまったのかとどきりとする。
「私も仕事を抜けてきたところなので、また夜迎えに参ります。それから、勇者さんの連絡先を教えていただけませんか?」
「私の連絡先ですか?」
「えぇ、その腕に巻いているものを見せてください」
ディアナさんが私の腕のミネアさんからもらったバングルを指差した。
「今回のように急に来るのは勇者さんにもご迷惑でしょうから、これからは事前にご連絡します」
そう言ってにっこりと微笑んでみせる。
その笑顔は、あの日レオニーダさんに向けていた好戦的な表情とはまた異なるものだった。
「お気遣いありがとうございます、たすかります」
私がバングルを付けた腕を差し出すと、ディアナさんは「失礼」と私の腕を取って何かを調べ始める。
やがて必要な情報を得ることができたのか、恭しい仕種で身を引いた。
「これで大丈夫です。何かあれば私からご連絡しますので。それでは」
そしてディアナさんはスタスタと街の方へ戻っていく。
その歩いている途中から光がきらきらと彼女の身体を包み始めた。
「あっ」
私はその魔法から目が離せない。
次第に光は量を増していき、ぱっと弾けた時にはもうディアナさんの姿はなかった。
これがミネアさんが言っていた転移魔法というものなのだろう。
その美しさと利便性に私の心がうずく。
「アカリおねえちゃーん、まだぁ?」
シンくんの声で我に返り、私は「ごめんごめん」と家に戻った。
***
結局、シンくんとは絵を描きながら過ごしている。
あの初対面の日は私が描くばかりだったけれど、今日は「ぼくも描く!」とシンくんが言うので、スケッチブックとクレヨンのようなものを渡した。
――クレヨン、そういえば私も最近使っていないな。
最初に王様が準備してくれた画材は、あちらの世界にあったものとおおよそ似ていて一通り揃っている。
せっかくなので、久々に私もクレヨンで絵を描いてみることにした。
何を描こう――そう考えたところで、ふと以前レオニーダさんに連れていってもらった森の風景を思い出す。
王様からのオーダーに則った元の世界の絵の他に、自分の中の引き出しを増やすためこちらの世界の絵も描き溜めてはいるけれど……改めてもう一度描いてみるのもいいかも知れない。
「私も一緒に描いていい?」
「いいよー」
既にシンくんは目の前のスケッチブックに夢中だ。
その姿が微笑ましく、そして自分も頑張ろうという気持ちになる。
黄緑色のクレヨンの先を画用紙に置いて、一気に右へと走らせた。
ざり、と紙を食む感触が心地良くて、思わず頬が緩む。
そのまま絵を描き続けてどれくらい時間が経っただろう――私が2枚目の中盤に差し掛かった辺りで、シンくんが「できた!」と声を上げた。
「シンくんは何を描いたの? よかったら見せて」
「うん、いいよ」
シンくんが少しだけ誇らしげにスケッチブックを掲げる。
そこには城らしき建物と兵士らしき人々、そして空を舞う赤いドラゴンの絵が描かれていた。
「すごい! シンくん上手だね」
「へへ、そう?」
「うん、建物と人の大きさもバランスが取れているし、ドラゴンが空を飛んでいるのもいいね。紙のスペースが有効活用できていて、色合いも綺麗」
小学生でこれだけ描けるなんて……。
私はつい夢中になってシンくんの絵を見つめ、そしてふと気付いた。
――私、こっちの世界で描いてないもの、たくさんあるなぁ。
この前ミネアさんに連れていってもらえたので街の雰囲気は少しわかったものの、それこそお城にはこの世界に来た初めの時しかいなかったから、想像でしか描けない。
ドラゴンだって、せっかく身近にルーファスがいるのに描いていない。
……なんだか、もったいない気がしてきた。
いつまでここにいられるかわからないんだから、もっと色々なものを観に行った方がいいんじゃないか――そう考えたところで、ふとレオニーダさんの言葉が頭によみがえる。
『もしアカリ殿がまたこちらの世界の絵を描きたくなったら、良ければ私にも声をかけてくれ』
そうはいっても、迷惑じゃないだろうか?
レオニーダさんは「行きたい」と言ってくれたけれど、社交辞令かも知れないし……。
――いや、レオニーダさんは私に社交辞令なんて、きっと言わない。
勝手に遠慮しないで、今週末レオニーダさんが来てくれた時に相談してみよう。
そんなことをぐるぐる考えていたら「ねぇ、アカリおねえちゃん」とシンくんの声がした。
顔を上げると、シンくんが少しだけ眉を下げている。
「ぼく、おなかすいた」
「――えっ、あ、もうこんな時間! ごめんごめん、ごはんにしよっか」
私は慌てて冷蔵庫の方に向かった。
よかった、今日のメニューはほぼできているので、あまりシンくんを待たせずに済む。
「シンくん、今日カレーだけど大丈夫?」
「……カレー?」
「うん、これ」
私は冷蔵庫からお鍋を取り出す。
蓋を開けると、スパイスの香りがふわりと広がった。
「嫌いだったら別のメニューにするけど、どうする?」
「ううん、これがいい」
シンくんの回答にほっと胸をなで下ろす。
やはりカレーは正義だった。
2日目のカレーは、よりおいしいものだ。




