34. 不穏さは身を潜め -ナポリタンとともに-
レオニーダさんは最初にトマトを口に運ぶ。
あ、赤だなぁ、と私は思う。
レオニーダさんの赤い瞳とトマトの赤がなんだか妙にマッチしているように見えて、なんとも言えず感動する。
そんな私の心など知らず、レオニーダさんはトマトを食べる。
そしてパスタをフォークで絡めながら続けて口に入れた。
もぐもぐと咀嚼する様子が何故だかかわいらしく見える――なんて言ったら失礼だろうか。
私はスープを一口。
慌てて作った割にはおだしの万能さでちゃんとそれらしい味になっており、ほっとする。
口の中に入り込んだコーンがぷちり、フォークですくい取った玉子はもすっと食べ応えがあり、いい感じだ。
パスタをくるりとフォークで巻いて食べると、甘酸っぱい優しさのあとに黒胡椒がぴりりと走る。
久々に食べるナポリタンはなんだか懐かしい味がした。
歯応えが残る玉ねぎ、苦みがアクセントのピーマン、そしてぎゅっとうまみが詰まった豚肉。
取っておいたトマトにフォークを刺して口に入れると、瑞々しさが広がった。
ちらりと前を見ると、レオニーダさんのお皿は半分程空になっている。
マグカップを置いたレオニーダさんと目が合って、お互い固まってしまった。
でもそれは、ディアナさんたちがいた時の空気とは違って。
「……アカリ殿」
「はい」
「今日もおいしい、ありがとう」
そう言って微笑むレオニーダさんを見て、私も自分の頬が緩むのを感じた。
***
「ディアナは魔力も十分、仕事もつつがなく副団長として申し分ない人物だ。私よりも魔術団に長く在籍していて、団員たちの信頼も厚い」
レオニーダさんが食後のコーヒーを飲みながら話し始める。
私はミネアさんに教えてもらった内容と答え合わせをしながらその話を聞いていた。
「なるほど、すごい方なんですね」と返すと、レオニーダさんは小さく苦笑いをする。
「一方で行動が私からは見えないことが多い。特に他組織とのやりとりについては報告義務があるが、まともに上がってきた試しがない。彼女ほど有能であれば特段難しいことではないにもかかわらず、だ」
『他の組織と通じているとも言われており、もしかすると魔術団長以上に手強い存在かも知れません』
ミネアさんの言葉が脳裡によみがえった。
ディアナさんはその美貌と堂々とした佇まいもあってか、確かに底知れない雰囲気がある。
黙った私に対して、レオニーダさんが続けた。
「そんなディアナがシン殿を連れて出かけたと聞いて、胸騒ぎがしたんだ。特に何もなかったのであればいいが――」
「あ、少なくとも今日は何もなかったですよ」
「……そうか、それならばよかった」
レオニーダさんが小さく息を吐く。
……心配してくれたんだろうか。
心の奥がじわりと熱くなる。
――そしてふと思い出す、レオニーダさんに渡そうと考えていたものの存在を。
「すみませんレオニーダさん、お渡ししたいものがあるんですが」
「渡したいもの? まだ絵の回収には早いと思うが」
私はタンスの中から昨日街で買ったばかりのドラゴンの置き物を取り出した。
テーブルの上に「どうぞ」と置くと、レオニーダさんが目を見開いてまじまじと見つめる。
ちょこりと座る赤いドラゴン――ミニルーファスが少し緊張しているようにも見えて、私は思わず笑ってしまった。
「……これは?」
「昨日ミネアさんに街まで連れていっていただいたんですが、露店で売っていたんです。ルーファスみたいでかわいいなと思って買っちゃいました」
私はタンスの上に鎮座する自分のミニルーファスも持ってくる。
並べて置くと、いよいよレオニーダさんは目をぱちぱちと瞬かせた。
そこではじめて、もしかしたらレオニーダさんには迷惑だっただろうかと思い当たる。
「……すみません、かわいかったので思わずおみやげに買ってしまいましたが」
「おみやげ? 私に?」
……なんだか恥ずかしくて消えてしまいたくなり、私はしょぼしょぼとうつむいた。
よく考えれば――いや考えなくともレオニーダさんは泣く子も黙る魔術団長、かわいらしい置き物などいらなかっただろう。
あぁ、失敗した……そう思った時「なるほど」とレオニーダさんの声がした。
恐る恐る顔を上げると、レオニーダさんはミニルーファスを手に取ってつぶさに観察している。
上下左右、そして斜めから――360度ぐるぐると回転させたあとで、最後に優しく微笑んだ。
「……確かにルーファスに似ているな」
「そ、そうですよね……!」
私が嬉しくなってつい声を上げると、レオニーダさんが穏やかに言葉を続ける。
「ルーファスは私が子どもの頃から一緒だったんだ。あいつもきっと喜ぶだろう――アカリ殿、ありがとう」
レオニーダさんの言葉に、私の心もふわりとあたたかくなった。
私がもう1匹のルーファスを定位置に戻す間にレオニーダさんが帰り支度を終える。
そしてふたりで外に出ると、ルーファスがいつものようにきりっとした表情でレオニーダさんを待っていた。
「ルーファス、アカリ殿からプレゼントだ」
レオニーダさんがそう話しかけると、ルーファスがその大きな瞳をレオニーダさんの手の上のミニルーファスに向ける。
そして心なしか目を優しく細めた。
『――アカリ』
ルーファスの声が私の頭の中に響く。
『レオニーダに優しくしてくれてありがとう。ここに来るとやはりこの子はご機嫌になるようだ』
『ご機嫌』という言葉がかわいらしくて思わず笑ってしまった私をレオニーダさんが不思議そうに見ている。
つい先程まで不穏に揺れていたとは思えない穏やかな空気に、私は心から満たされた。




