33. 緊張と緩和
「――あの、レオニーダさん」
声をかけると、レオニーダさんが小さく息を吐いて振り返った。
「アカリ殿、すまない。君の家にたびたび押しかけ迷惑をかけた」
「いえ、私はそんな――」
私の言葉を制してディアナさんが立ち上がる。
「用事が済んだので小さい勇者は連れて帰ります。まぁまたここには来られますから」
「……どういう意味だ?」
「そちらの勇者さんが了承してくださったんです。小さい勇者をこの家にまたお連れすることを」
そしてディアナさんは微笑む――が、その表情は先程までとは違い、どこか好戦的に見えた。
事情はよくわからないけれど、あまりいい状況でないことくらい私にもわかる。
「アカリ殿にこれ以上負担を強いるつもりか」
「あ、あの、レオニーダさん……」
レオニーダさんがこちらを一瞥する。
その表情は初めて逢った時のように硬く、私は思わず口を閉ざした。
室内に沈黙が広がる。
「――ねぇ、そろそろ帰らない? おなかいっぱいになったら眠くなっちゃった」
それを打ち破ったのは、口を尖らせたシンくんの言葉だった。
無邪気な言葉に思わずほっとして、私はシンくんに「そうだよね、ごめんね」と話しかける。
「アカリお姉ちゃん、またね」
「うん、また」
玄関を出て行くディアナさんとシンくん、そしてそれを見送ったあとでミネアさんが駆け寄ってきた。
「アカリさん、色々とすみませんでした」
「そんな、ミネアさんは悪くないです」
「――ミネア」
レオニーダさんの呼びかけにミネアさんの顔が強張る。
私もドキドキしながらレオニーダさんの様子を窺った。
しかし、レオニーダさんはその厳しい表情を少し緩めて口を開く。
「……今日は悪かったな。アカリ殿のことを頼む」
ミネアさんは肩透かしを食らったように「え……あぁ、はい」と答えた。
出て行くミネアさんを見送ろうと外に出ると、既にディアナさんとシンくんの姿はない。
どこに行ったのだろうと首を傾げると「恐らく転移魔法です」とミネアさんが教えてくれた。
「転移魔法?」
「はい、副団長は一度行った場所に魔法で瞬時に移動できると聞いたことがあります」
随分と便利な魔法があるものだ。
だとすれば、二人は既に王城に戻ったのだろう。
街の方へと帰っていくミネアさんを見送ったあと、私はレオニーダさんに向き直る。
「レオニーダさん、お忙しいところお越しいただきありがとうございます。よかったらお食事いかがですか?」
「いや、もう君の食事は済んでいるだろう。私も自宅に戻る」
そしてルーファスの方へ歩き出そうとするので「ちょっと待ってください」とついその手を取ってしまう。
すると、レオニーダさんが驚いたように振り返った。
――あ、手握っちゃった。
私は慌てて「すすすすみません!」と手を離す。
レオニーダさんは「いや、問題ない」と私の顔を見つめた。
「あの、私もさっきシンくんとごはんを分けたので、まだおなかに余裕がありまして――レオニーダさんがご迷惑でなければ、是非」
どぎまぎしながらそう伝えると、レオニーダさんは少し考える仕種をする。
そして、小さく息を吐いてから口を開いた。
「――それでは、お言葉に甘えよう」
***
あまりレオニーダさんを引き留めるのも申し訳ないので、ささっと作れるものにしようと私はパスタを茹で始める。
そして冷蔵庫の中に入れていた野菜たちを順番にまな板の上へお出迎えした。
トマト、少し大きめにすとんすとん。
ピーマン、彩りが目立つようにすっすっ。
玉ねぎ、食感をいかすためにざくざく。
ベーコン……はレオニーダさんに作ってもらっていないので、代わりに豚肉こまぎれを少しだけ。
フライパンに油を熱して、切ったばかりの具材たちを投入した。
じゅわじゅわとにぎやかな音とともに、私の心も躍り出す。
野菜たちの色が鮮やかに輝いたところで茹でておいたパスタを混ぜ合わせると、キッチンは更においしそうな音を奏でた。
そしてケチャップを入れることで、フライパンの中は暖かい色に染まる。
――あ、そういえば汁物がない。
私は慌てて小鍋にお湯を用意した。
おだしを入れてコーンをぱらぱら、それから溶き卵をくるくると円を描くように回し入れ、少し固まったところで火を止める。
そんなことをしている間にパスタもいい頃合いだ。
黒胡椒をがりがりと削り入れて完成とした。
「レオニーダさん、お待たせしました」
レオニーダさんには一人前、私には半人前。
できあがったばかりのパスタ――ナポリタンを見て、レオニーダさんが少し頬を緩める。
スープをマグカップに入れて持ってきた私に、レオニーダさんが言った。
「……いつもすまない、ありがとう」
「いえいえ、私も食べたかったですし」
そして二人で顔を見合わせ、言葉を合わせる。
「「いただきます」」




