32. イレギュラーな食卓 -ハンバーグとともに-
そして食事が始まった。
シンくんは器用にナイフとフォークでハンバーグを切って口に入れる。
――緊張の一瞬だ。
「……ん、おいしい!」
シンくんの顔がほころび、私はほっと一息。
その隣でミネアさんがにんじんをかじった。
「これ、なんだか甘くておいしいです」
「あぁ、それはにんじんといいます。色も鮮やかで綺麗ですよね」
みんな食事が進んでいるようでなによりだ。
私もじゃがいもを一口噛んでみた。
皮の下からほくほく熱々のおいもが顔を出し、そしてさらさらと溶けていく。
うん、おいしい。
続いてハンバーグにナイフを入れると、肉汁がしみ出した。
一口食べればお肉のうまみがじわりと口の中に広がる。
玉ねぎの食感もあいまっていい感じだ。
ハンバーグ、かなり久々に作ったけれどたまにはいいかも知れない。
――あ、そういえばディアナさんはどうだろう?
ちらりと隣を見ると、黙々とごはんを食べている。
優雅な微笑みは変わらないけれど、気に入っていただけているのか少し不安になってきた。
「ディアナさん、こちらよろしければ味変にどうぞ」
先程すり下ろしたばかりの大根おろしを差し出すと、ディアナさんが首を傾げる。
「こちらをハンバーグに載せて、このしょうゆをかけてください。さっぱり食べられます」
「……わかりました」
ディアナさんがハンバーグに一匙の大根おろしを載せ、そのてっぺんを少しのしょうゆ色に染めた。
そのままお肉とともに、ぱくり。
――そして、ディアナさんが動きを止める。
……大丈夫だろうか。
少し心配になりつつあまりリアクションを待つのも失礼な気がして、私も素知らぬ顔で自分のハンバーグに大根おろしを載せた。
一息に口に入れれば、大根おろしがお肉の脂をすっきり中和してくれる。
うん、やっぱり私はヘルシーなこの食べ方が好きだ。
「アカリお姉ちゃん、ぼくもやってみていい?」
「いいよー、ってあっ……シンくんのハンバーグケチャップかけちゃったから、私のちょっと分けてあげるね」
「やったぁ!」
「アカリさん、私もそれかけてみたいです」
「ミネアさん、是非是非!」
大根おろし、思ったより人気だ。
和風な味を喜んでもらえるとなんとなく嬉しいのは、日本人のDNAのなせる業かも知れない。
ふとディアナさんの方を見ると、既にハンバーグはなくなっていた。
お口に合ったようで、内心胸をなで下ろす。
そんなこんなで夕食の時間はまったりと過ぎていった。
「「ごちそうさまでした」」
私とミネアさんがそう言うと、シンくんもそれに「ごちそうさまでした!」と続く。
そんな私たちをディアナさんは少しだけ不思議そうに眺めてから口を開いた。
「……勇者さん、おいしかったです。ありがとうございました」
よかった、「おいしかった」いただきました。
私はほっとしつつ「いえ、お口に合ったのであればよかったです」と笑顔を返す。
ミネアさんと一緒に食器を片付けていると、なんだか背中に視線を感じる。
振り返るとディアナさんがこちらをじっと見ていた。
目が合ったところで、ディアナさんが口を開く。
「――勇者さん、少しお話ししたいのですが」
「あっ、はい」
お皿洗いを引き受けてくれたミネアさんにお礼を言ってリビングに戻ると、ディアナさんが優雅に微笑んだ。
「小さな勇者は随分とここを気に入ったようです。ついては、定期的に小さな勇者をこちらにお連れしたいと思いますが――よろしいですよね?」
――よかった、私たちの作戦通り。
内心ガッツポーズをする。
そう、シンくんが定期的かつ安全に外出をするなら私の家に来るのがベストだ。
私は基本的に在宅勤務だし、もしシンくんがどこか別の場所に行きたいとなれば、ミネアさんとのお出かけに同行する形にもできる。
私は笑顔でディアナさんに頷いた。
「はい、もちろんです。シンくんもそれでいい?」
「うん、また次は違うもの食べたい!」
「ふふふ、わかった。練習しておくね」
そんな風にシンくんと会話していると、ディアナさんが「ところで」と言葉を挟む。
「勇者さん、そちら――素敵なペンダントですね」
胸元を見ると、レオニーダさんにもらったペンダント。
そう、せっかくなので、基本的に毎日つけているのだ。
褒められたのが嬉しくて、私は笑顔で「ありがとうございます」と返す。
「私もとても気に入っているんです」
「そうですか……ちなみにそれ、誰から――」
――ゴォッ
――ディアナさんの声をかき消す轟音が響き、私は耳を疑った。
それは、今日来るはずのないひとの音。
「すみません!」
私は慌てて玄関に走る。
ドアを開けて外に出ると、暗闇の中に竜のシルエットが見えた。
「ルーファス? なんで……」
「――すまない、遅くなった」
聞き慣れた声が私の鼓膜を震わせる。
そう、そこにはレオニーダさんが立っていた。
「レオニーダさん」
レオニーダさんは少しだけ口角を上げてみせると「失礼」と私をすり抜けて家へと向かっていく。
私もそのあとを追いかけた。
「さて――これはどういうことだ、ディアナ」
玄関ではレオニーダさんが仁王立ちをしている。
その視線の先にいるのはディアナさんだ。
彼女はまったく動じる様子もなく、変わらず穏やかに微笑んでいる。
「……あら、団長。お仕事は大丈夫でしたか?」
「大丈夫も何も、元々私に特段の予定がないことを君も知っているはずだが」
レオニーダさんの低い声が室内の空気を震わせた。
……あれ、なんだか不穏な雰囲気だ。




