31. 魔術団副団長の来襲
――そして、翌日の夜。
玄関のドアを開けた私の視界に入ったのは初めて見る顔だった。
「ごきげんよう」
そこには背の高い女性が立っている。
凛々しく整った顔に胸の位置まで伸びたゆるやかな赤い髪――そして、その左胸に着けられた勲章に目が止まった。
確かレオニーダさんも同じものを着けていたような……。
「……アカリお姉ちゃん?」
シンくんの声ではっと我に返り「あっ、ご、ごきげんよう……?」とあたふたしながら返すと、目の前の彼女は優雅に微笑んだ。
彼女の前に立っていたシンくんが「おじゃましまーす」と部屋の中に入り、それをミネアさんが「こら、勝手に入らない」と追いかける。
「あなたが勇者さんですね。私は魔術団副団長のディアナと申します。以後お見知りおきを」
「えっ、副団長さんがわざわざ!?」
「もちろん、小さい勇者が外出するのに何かあっては大変ですから。それに――」
ディアナさんが私の目を見つめながら続けた。
「団長が直々にお世話するお相手がどんな方か、一度お目にかかりたいと思っていたもので」
団長……レオニーダさんのことだよね、きっと。
「はい、レオニーダさんには本当にお世話になっています! よろしければ中にどうぞ」
そう笑顔で答えると、ディアナさんは「……では失礼いたします」と微笑む。
まるで女優さんみたいに綺麗で、なんだかドキドキしてしまった。
***
「(――アカリさん、今の状況を端的に説明しますね)」
ディアナさんとシンくんにリビングで待ってもらっている間、ミネアさんがキッチンに来てここまでの経緯を耳打ちしてくれた。
私たちの目的は、魔術団との敵対を避けつつシンくんの希望通りの生活ができるような仕組みを作ること。
もちろんすべてシンくんのやりたいようにできるかはわからない。
それでもシンくんをエイジさんがかくまうにも限界があるし、魔術団に見つかってしまえばエイジさんにも悪影響がおよんでしまう。
そのためにはシンくんが今の生活の何に不満を持っているのか、何を改善すればいいのかを確認する必要があった。
私を家に帰したあとエイジさん宅に戻ったミネアさんとエイジさんが必死に対応してくれて、最初は文句ばかりだったシンくんも色々と話してくれるようになったらしい。
「お城の中にいてもやることないんだもん。だったら外に行きたいと思って」
「普段は外に出られないの?」
「庭には出してくれることあるけど、それでもずっと見られててなんかイヤなんだよね。自由がない感じ」
「ん? じゃあ今日街にいたのは城から脱走してきたのか?」
「ぼく走るの早いから」
そんなやりとりをしながら、最終的にシンくんを説得してお城に連れて行ったのが今朝の話だ。
あくまで偶然街でシンくんを保護した体で魔術団の元へ向かい、そこでレオニーダさんへのコンタクトを試みたが……
「(魔術団長は多忙だということで、代わりに副団長が出てきたんです)」
ちらりとリビングの方を見ると、ディアナさんは涼しい顔で紅茶をたしなんでいる。
そんな姿も画になるなんてすごいなぁとのんきに思った。
「(えぇ。そこで、シンの事情を説明したところ、外出許可を出すのはいいけれどしばらくは副団長が帯同するということになりました)」
「(それでディアナさんがいらしたんですね)」
「(はい……ただ、副団長は油断なりません)」
「(……と、言うと?)」
「(魔術団長よりも長く魔術団に在籍しており、よくこの国の内情を把握しています。他の組織と通じているとも言われており、もしかすると魔術団長以上に手強い存在かも知れません)」
ミネアさんが真剣な顔で言う。
なるほど、レオニーダさんよりも長く……ということはディアナさんはレオニーダさんより歳上なのだろうか。
もう一度ディアナさんに視線を送ったところで、ふと目が合った。
「騎士団員さん、こちらで一緒にお茶はいかが?」
「(……一旦戻ります)」
ミネアさんがそそくさとリビングに戻っていく。
私はディアナさんに笑みを返して準備に取りかかった。
といっても、ほとんど準備は終わっている。
私は冷蔵庫から器を取り出した。
そこに載っているのは、小判形になったお肉のかたまりだ。
先日レオニーダさんにお肉を出してもらった時、実験的に作ってもらったひき肉が早速役に立った。
ざくざく刻んだ玉ねぎをボウルに入れ、牛と豚のひき肉も合わせる。
玉子を割り入れてから牛乳を注ぎ、手でこねこねと混ぜ合わせた。
その結果がこれらのお肉のかたまりである。
――あ、でも今お肉焼いちゃったら冷めちゃうか。
先に付け合わせを作ろう。
フライパンを熱してバターを溶かし、切っておいた野菜を順番に炒め始める。
色鮮やかなにんじん、ごろごろとしたじゃがいも、そして私の好きなコーンだ。
じゅうじゅうとにぎやかな音が鳴り、なんだか楽しくなってきた。
……うん、最近料理好きになってきたかも。
続いてメインディッシュだ。
フライパンにお肉を並べてまずは片面を焼いていく。
火が通ったところで裏返して、頃合いで蓋をした。
こちらの方がなんだかおいしさが閉じ込められる気がする。
「……いい香りですね」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはディアナさんが立っていた。
改めて見ても背が高い。
青い瞳はどこまでも澄んで見えた。
「はい、すぐできますからもう少しお待ちくださいね……って、忘れてた!」
私はまないたの所に転がっていた大根を取って、おろし器ですり下ろす。
レオニーダさんのお屋敷から借りておいてよかった。
まずまずの量の大根おろしができたところで、お肉の方も頃合いを迎えたようだ。
蓋を開けると湯気と一緒に食欲を刺激する香りが立ち昇る。
うん、我ながらいい感じ。
並べておいたお皿に料理を載せているとミネアさんが来てくれたので、できたものから先に運んでもらう。
そして私は残るひとつのお皿に細工をしてリビングに向かった。
「みなさん、お待たせしました。はい、これはシンくんの分」
シンくんの前にお皿を置くと、シンくんが「わぁ!」と声を上げる。
「顔が描いてある!」
――そう、シンくんのお肉にはケチャップでスマイルの絵を描いた。
この前シンくんと過ごした時のリアクションから、シンくんはイラストが好きだと思っていたらビンゴだ。
大したものではないけれど、喜んでくれてよかった。
「今晩のメニューはハンバーグです、どうぞめしあがれ」




