30. 秘密の作戦
奥の部屋はやはり寝室だった。
決して広くはないけれど、ものが少なくて思ったより整理整頓されている。
先程リビングを見た時にも思ったけれど、エイジさんは意外と几帳面なのかも知れない。
シンくんをベッドに座らせてから、私は床に腰を下ろした。
そのままじっとしていると、あちらの部屋で物音と話し声がする。
誰かがやってきたのは確実だけれど、それがシンくんの追っ手なのか、単にエイジさんを訪ねてきた人なのかはわからない。
「(――ねぇ、アカリお姉ちゃん)」
小声でシンくんが話しかけてきた。
顔を上げると、ベッドの上からこちらを見下ろすシンくんと目が合う。
その不機嫌そうな表情に、嫌な予感がした。
「(……つまんない)」
やはり。
私は必死で笑顔を作り「(ちょっとだけだから、頑張ろうね)」と声をかけてみるが、シンくんは口を尖らせたままだ。
それすらも画になる可愛らしさではあるが、そんなことを言っている場合ではない。
どうしようかと思ったその時、ふと鞄の中にノートが入っていることを思い出す。
――うん、ダメ元でやってみよう。
私はノートと鉛筆を取り出し、シンくんの前に差し出した。
「(……そしたら、お絵描きして待ってようか)」
***
「アカリさん、お待たせしました」
ガチャリと扉が開く音で我に返る。
振り返るとそこにはミネアさんが立っていた。
ミネアさんは私たちの様子を見て、少しだけ驚いたように目を見開く。
「ねぇねぇ、アカリお姉ちゃんむちゃくちゃ絵上手いんだけど!」
シンくんが興奮したように声を上げた。
なんとも光栄な言葉に、思わず頬が緩む。
そう、シンくんにお絵描きをしてもらおうと思ったところ「見本見せてよ」と言われ、結局私がずっと絵を描くはめになったのだった。
車や新幹線などの乗りものから子どもに人気のありそうなキャラクター、そしてなんとなく思い付いた食べものまで。
そして、シンくんの似顔絵を描き終えたところでタイムアップとなった。
「ほら、これ! すごくない!?」
シンくんがミネアさんに私の描いた似顔絵を掲げる。
――といっても、私は似顔絵がそこまで得意ではないのでかなりデフォルメして描いた。
ただ、シンくんの顔がとても整っているので描きやすかっただけだ。
「おー、アカリちゃんすげぇじゃん。さすが絵で生計立ててるだけのことはあるな」
ミネアさんの背後からエイジさんがひょっこりと顔を出す。
その顔に緊張感は感じられない。
ひとまず今日は大丈夫ということだろうか。
「エイジさん、さっきのお客さん大丈夫でした?」
「あぁ、魔術団だったよ」
あっさりそう言ってのけるエイジさんに、思わず「そうですか……」と頷きかけたところで止まる。
「……それ、大丈夫じゃないんじゃ?」
「今日のところは適当に会話して帰した。多分バレてないと思うけど、わからねぇな」
そう言ってリビングに戻っていくエイジさんに続いて私たちも寝室を出た。
エイジさんは椅子にどかっと座って口を開く。
「ひとまずアカリちゃんはミネアと一緒に帰りな。俺はこいつの相手してるから」
「え、アカリお姉ちゃん帰っちゃうの?」
口を尖らせるシンくんに、エイジさんが「当たり前だろ」と言った。
「アカリちゃんは魔術団長のお気に入りだぞ。ここにこれ以上いたら、勘付いた魔術団におまえの存在がバレるだろうが」
「……いや、エイジさん。私、別にお気に入りというわけでは」
そう訂正しつつも、エイジさんの配慮はありがたい。
私はミネアさんと一緒にアパートメントを出て、そのまま馬車に乗り込んだ。
やがて馬車が走り出すと、ミネアさんが私に頭を下げる。
「本日は妙なことに巻き込んでしまいすみませんでした」
「いえ、ミネアさんが謝ることじゃないですよ!」
「ですが、結果的に魔術団長の禁を破り、アカリさんを困らせる事態になってしまいました」
顔を上げたミネアさんは神妙な顔をしていた。
うーん、確かに……レオニーダさんにどんな顔で逢えばいいか、少し不安ではある。
あまりレオニーダさんに隠しごとをしたくないのも正直なところだ。
いつも通りであれば、次にレオニーダさんに逢うのは来週末。
もしレオニーダさんに対応を相談するならこの時だろうか。
ただ、それまでエイジさんがシンくんのことを無事にかくまえるかわからない。
エイジさんも平日は仕事があるだろうし、その間シンくんは一人ぼっちだ。
そもそもエイジさんとシンくんが一緒にいることがバレてしまえば、魔術団とエイジさんの関係性が悪くなってしまうのでは――。
ぐるぐると頭の中で悩みが巡るものの、いい案が出てこない。
――うん、もうこれ以上考えるのはやめよう。
こういう時はシンプルに対応するに限る。
「――ミネアさん、あまり変な対応でごまかしても上手くいく気がしないので、こうするのはどうでしょう」
私が自分の考えを伝えると、ミネアさんは驚いたような顔をした。
「それは……そう上手くいくでしょうか」
「正直なところ、わからないです。が、あまり長引くとそれこそよくない気がして」
ミネアさんが考える仕種をする。
馬車の中が静かになって……そして最終的にミネアさんは頷いた。
「――わかりました。私もエイジの立場が悪くなるのは避けたいです。早速動きましょう」




