29. 新たな勇者
驚いて声の方を見ると、こちらに向かって誰かがすごい勢いで走ってくる。
その姿を見て私は思わず目を見開いた。
「……えっ」
それは『小学生』だった。
そう断言できたのは、その男の子がランドセルを背負っていたからだ。
短く切り揃えられた金髪が揺れて光をきらきらと反射する。
私たちの前で立ち止まり、こちらを見上げるその顔はまるでTVで観る子役のように整っていた。
洋風な街並みの中、そのおとぎ話のような姿形に違和感はないけれど、その子が背負うシンプルな黒いランドセルは異分子以外の何物でもない。
ふと、脳裡をルーファスの言葉がよぎった。
『――実は、また異世界から新たな勇者が召喚されてきたのだ』
……まさか
「――ちょっと、その子を捕まえてくれ!」
はっと現実に引き戻されてみると、道の向こう側にマントを羽織った男性が二人見える。
どうしようかと思っていると、男の子がエイジさんの方を向いた。
「ねぇ、おじさん勇者でしょ?」
「――はぁ?」
そう返したエイジさんだけれど、その子の背中を見て「それ、ランドセルじゃねぇか!」と声を上げる。
そんなエイジさんの隣でミネアさんが「……ランドセル?」と首を傾げた。
二人の様子をよそに、男の子は淡々と続ける。
「ぼく、もうあそこ嫌なんだ。だから、おじさんの家につれてってよ」
「あそこって……」
そんなことを話している間にも、追っ手は少しずつこちらに近付いてくる。
「とりあえず逃げた方がいいんじゃない。あれ、魔術団だよ」
「!」
魔術団って、レオニーダさんの部隊ということ?
もしかしてあの人たちはこの子の面倒を見ていたのだろうか。
そう、レオニーダさんが私を気遣ってくれているように……。
それを聞くとこのまま逃げてしまって大丈夫なのか心配になる。
しかし、エイジさんは「……仕方ねぇな」と男の子の手を取って駆け出した。
――えっ、逃げるの!?
思わぬ行動に驚いていると、ミネアさんも「アカリさん、行きましょう」とエイジさんを追って走る。
いずれにせよ、ここに私だけが残ったところでどうしようもない。
そもそも家への帰り道だってきちんとわかるかあやしいものだ。
私は覚悟を決めて、エイジさんたちの背中を追いかけた。
***
「――で、おまえは何で魔術団に追われてたんだ?」
エイジさんがため息混じりに口を開く。
テーブルを挟んだ反対側には、涼しい表情の男の子が座っていた。
そう、私たちは今エイジさんの家にいる。
あのあと裏道らしきルートを通りながらここまでたどり着く頃には、魔術団の人たちの姿は見えなくなっていた。
運動不足の身体に見知らぬ街中での全力疾走はなんとも応える。
肩で息をする私とエイジさんに対して、さすが現役騎士団員のミネアさんはいつも通り落ち着いた様子だ。
そして男の子も結構な距離を走った割にはけろりとした顔をしている。
エイジさんの部屋はアパートメントの2階にあった。
以前「酒場に近い方がいい」と話していた通り、確かに窓の外には酒場らしき建物が見える。
まだ時間が早いからか、そこまで騒がしくはないけれど。
「……せまい」
男の子が一言文句を言う。
それを受け、エイジさんが「うるせーな、男の一人暮らしなんだから我慢しろ」とうんざりした顔で答えた。
ちらりと部屋の中を見渡すと、今私たちがいるリビングの奥にドアが見える。
あれが寝室だとすれば、この家は1DKといったところだろうか。
それを考えると、私の今の家は作業場もあり、広くてありがたい。
きっと家賃相場は森の入口より繁華街の方が高いんだろう。
「別に悪いことしたわけじゃないよ。ずっとお城の中にいるのにあきちゃったから、外に出てみたいって言ったんだ」
「――で、そのまま脱走か? いい度胸してんな、おまえ」
「まぁね」
少しだけ得意げな男の子に、エイジさんは「褒めてねぇよ」と呆れ顔だ。
「おまえもあっちの世界から来たのか? 親御さんは?」
すると、男の子は口を尖らせる。
「……よくわかんない。気付いたらぼくだけお城の中にいたから」
――私と一緒だ。
私もよくわからないまま謎の光に包まれ、気付けばあの部屋の中にいた。
目の前の男の子がとても不憫に思えてくる。
一見平気な顔をしているけれど、もしかして強がっているだけかも知れない。
一人だけお城にいたということは、はぐれた親御さんはどれ程この子のことを心配しているだろう。
「……あの」
声をかけると、男の子がこちらを見上げる。
茶色い瞳が透き通って見えた。
「私、明里っていうの。君は何ていう名前?」
男の子はじっと私の顔を見つめて、それから表情を変えずに「……シン」と答える。
「そう、シンくんって呼んでいい?」
「うん、いいよ。アカリお姉ちゃん」
――お姉ちゃんだなんて、なんだかくすぐったくなってしまう。
それにしても綺麗な顔をした子だ。
背負っているランドセルは日本のものに見えるけれど、金髪ということはご両親のどちらかが外国人なんだろうか。
とりあえず日本語が通じてよかった。
……まぁ、日本語が通じてよかったのは、こちらの世界の人全般に言えることだけれど。
これも魔法の力なのかも知れない。
――コンコン
「!」
ドアをノックする音がして、私たちは思わず玄関の方を見る。
もしかして魔術団が追ってきたのだろうか。
「(……アカリちゃん、そいつ連れて奥の部屋行ってくれ)」
エイジさんの小声の指示に頷き、私はシンくんと一緒に奥の部屋へと入っていった。




