どしたん!? 話聞こかおじさん!!
ドスケベ催眠おじさんを書いてるときは脳内が休日パーティーナイトみたいなものだから、ドスケベ催眠おじさんがある限りゴールデンウィークは終わっていないと言うことができる(暴論)
ケヴィンは魔物が消えた地面をいつもの残心で踏みにじったあと、振り向いて
「おい、何ボケッとしてやがる」
と言った。ドスケベ催眠おじさんではなく、背後を取り巻く同僚たちに。
「ドスケベ催眠おじさんは丁寧すぎるほどお手本を示してくれたぞ。今度は対魔騎士が見習う番じゃねーか」
それは言葉通りの意味だけでなく、萎縮した空気を変える目的もあったのだと、ドスケベ催眠おじさんはあとから気づいた。
「うむ……その通りだな! 言うようになったじゃないか、このお婆ちゃん子め!」
指揮官ピーターがおどけた様子で同調したのを皮切りに、部下も口々に己を鼓舞する。
「そうだ、俺は何を突っ立っているんだ!」
「見とれている暇があったら手を動かせ!」
「貴重な教えを、無駄にしないためにも!」
「ドスケベサイミンオジサン様に続けー!」
そんなものに続くべきか否かはともかく、禁呪がもたらした鬱々としたムードは打ち払われたようだ。対魔騎士たちの士気は高い。
「よぉし! 残りの時間は丸ごと実戦演習にあてる! ドスケベサイミンオジサン様、悪いところがあれば遠慮なくご指導ください!」
「は、はい、僕なんかで良ければ」
ひとまず自分のターンが終わったことに、ドスケベ催眠おじさんは安堵した。そしてケヴィンやリナ、召喚獣たちにぺこりと頭を下げる。
「みなさん、お疲れ様です」
「他人行儀だなオイ」
つい社会人しぐさを出してしまったおじさんに、ケヴィンは軽い調子でツッコむ。
「でも、ま、お疲れさん。ひと仕事やりきったな。あとは適当に高みの見物かましとけば終わるぜ」
リナも触手の切れ端を片手に、ふんわりスマイルで労ってくれる。
「お疲れ様でございました。お借りした聖拳は洗ってお返しいたします」
「あっ、いえ、持っといてください。リナさんが使ってくれるほうが役立つと思うので」
「まぁ……! 光栄です……!」
借り物とはいえ勇者の装備品を託されたことに、リナは歓喜した。実は聖銃を贈られた女王のことが内心うらやましかったりもしたのだ。
「マジか。この剣なんかも預かっといていいのか?」
「はい、似たようなの在庫たくさんあるんで」
「国宝級の逸品だぞ……持ってるほうが逆に怖いぜ……」
盗人に寝込みを襲われたりしないだろうか、などと思案しながら、ケヴィンは聖剣をうやうやしく鞘におさめる。
足元からミリオンも尋ねてきた。
「水着はぜひとも返したいんだけど窓口あいてるかにゃー?」
ドスケベ催眠おじさんは答えた。
「ちゃんと洗濯してからじゃないと受け付けません」
「Why!!!!!!!?????」
「だって肌着だし、次に着る人が猫アレルギーだったらいけないし……」
「わかった!! 洗濯するから!! とりあえず今脱がして!! ねぇ脱がしてよ早く! ねぇ!! 脱がせろ!!」
「《送還》」
音量と発言内容が許容範囲を超えたのでミリオンは水着のまま亜空間送りとなった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
それから数時間、小休止を挟んでは次の魔物討伐というサイクルが続いた。騎士たちの奮闘すさまじく、ドスケベ催眠おじさんは一切前に出る必要がないほどだった。
指導を請われることもあったが、剣術や身のこなしについては語れる知識を持たないので、せいぜい「あの場面は敵が出血してたので催眠魔法連打は効率よくないです」といった軽いゲーム的アドバイスに留まった。
「《ナーサリーナイトメア》なんかを活用するといいかもです」
「なるほど。複合効果の魔法は習得ハードルの高さから採用を見送っておりましたが、これからは積極的に検討するべきですな……」
ピーターは眼前で戦う部下たちに熱い視線を向けつつ思案する。
レベルを上げてポイントを割り振るだけで新技を身につけられる主人公とは違い、ムートポス現地民が真面目に魔法を学ぼうとすれば相応の努力を求められるのだ。
ドスケベ催眠おじさんは今更ながら、目の前にいるのが血の通った人間であることを実感した。
「そう考えるとリナさんって凄い人なんですね」
「ですな。彼女のことはケヴィンを通じて知るのみですが、あの若さで魔術・呪術・神術、その他我々の知らぬ独自の術式さえ体得しているなど、驚嘆するほかありません」
あれほどの逸材が対魔騎士でないことを残念に思うべきか、はたまた、より重要で尊い使命を果たしていることを喜ぶべきか。ピーターは交差する想いを混ぜ込むように唾を飲みくだす。
「私をお呼びになりましたか、ドスケベ催眠おじさん様?」
「リナさんすごいなぁって話をしてました」
「もったいないお言葉!」
リナは騎士が倒した魔物からドロップしたアイテムを両手いっぱいに抱えて一礼した。ほっとくと足元がアイテムだらけになるので誰かがやらねばならない仕事ではあるのだが、乙女の腕の中に山盛りの触手がワサワサしている絵面はなかなか酷い。
「リナさん、一旦アイテムボックスに預かりますよ」
「助かります」
そんな他愛もないやり取りをしている内に、ダンジョン探索は終了した。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
出発したのが夜中だったこともあり、ダンジョン前の野営地に戻る頃には、空が白み始めていた。
一晩中駆け回った埋め合わせに、ここからは翌日の昼前まで、たっぷり睡眠時間をとれることになっている。
はじめは交代で見張り番を立てる予定だったが、召喚獣たちの厚意で、睡眠の要らないガーファンクルやセルフ交代のできるクソツヨナメクジが守りを固めてくれることになった。対魔騎士たちはそれぞれテントに潜り、眠りについていく。
ドスケベ催眠おじさんは誰よりも大きい個室テントと見るからに上質な寝袋で身体を休める。
リナも隣に滑り込んでこようとしたが流石に同じテントで男女ふたり寝るというのはちょっと、ちょっとなんかこうアレだったので、何とかなだめすかして女性騎士のテントで寝てもらうことにした。
ケヴィンも同僚にヘッドロックをかまされそのまま男性騎士のテントに引きずられていったので、ドスケベ催眠おじさんは一人きりだ。
思えばムートポスに来てからは初めての一人の夜だ。前世と合算しても野外でキャンプを張って寝るなどという経験は片手で数えるほどしかない。
なんとなく寝づらさを感じてモゾモゾしていると、どこからか、かすかに声が聞こえた。
うめくような声。
魔物の声ではなさそうだ。
人間が、騎士の誰かが苦しんでいる?
十分ほど悩んでから、ドスケベ催眠おじさんはテントを出て、声のする方へ歩いていった。もうほとんど朝日が昇りかけていたので、灯りには不自由しなかった。
「うぅ……」
野営地のはずれ、木々と岩に覆われ陰になった場所で、ひとりの女性騎士が鎧を脱いでうずくまり、右腕を抑えていた。背は高いが、ケヴィンより若く、リナと同じ年頃に見える。おおかた、新米騎士といったところだろう。
無言で寄っていって驚かせるのも躊躇われたので、ドスケベ催眠おじさんは数メートル離れたところから声をかけた。
「こ、こんばんは〜……」
「ッ! こんばんはッ、ドスケベサイミンオジサン様! 何かご用でしょうか」
声の主が誰であるか一瞬で気づいた新米騎士は、慌てて立ち上がり直立不動の姿勢をとった。抑えるのをやめた腕からは、血が滴り落ちる。
「その傷! もしかして、さっきのダンジョン演習で……」
「あっ、あーっ、これはその、大したことでは、あはっ、あははは」
誰も救護班の世話にならなかったので、負傷者なしと思われたが、痩せ我慢をしていた者がいたらしい。
新米騎士は傷口をサッと隠したが、指の隙間から変色した皮膚が垣間見える。
「じゅうぶん大したことですよ。どうして治療を受けないんですか?」
「その……折角のドスケベサイミンオジサン様との遠征に、水を差したくなかったもので……」
新米騎士は正直に白状した。要するに、輝かしい英雄の物語の一ページに、「負傷者ひとり」という記録を残したくなかったらしい。
「でも、痛いんでしょう? 我慢しちゃ駄目ですよ。怒ったりしないので、傷を診せてください」
「うぅ……面目ない……」
新米騎士は右腕を差し出した。近づいてよく観察すると、二の腕のあたりに、ミミズが掘り進んだような曲がりくねった痛々しい刺し傷が刻まれていた。放置したせいか、周囲の皮膚はあまり良くない色に変わっている。
「回避が一歩遅れて、鎧の隙間から、ずるりと触手を差し込まれたのです。勢いをつけたらすぐに引き抜けたので、大事には至らなかったのですが……」
鎧を着込んでいたため、乱戦のさなかということもあり、その場は誰にも気づかれず隠し通せた。
しかし傷跡はジンジンと痛み続け、とても眠ることなどできず、こっそりと物陰に逃げてきたというわけだ。
「だから、じゅうぶん大事ですってば。今だけ隠せても、どうせ明日にはバレちゃいますよ」
「おっしゃる通りです……しかし、ご迷惑をかけるわけには……」
「うーん。気持ちは分かりますけど……」
どう見ても治療が必要だけれど、隠し通そうと必死で我慢してきた新米騎士の想いを無視するのも心苦しい。
そこでドスケベ催眠おじさんは折衷案を示した。
「じゃあ、僕が治しましょうか。ここでこっそり治して、何食わぬ顔で戻れば、たぶん誰にもバレません」
ドスケベ催眠おじさんは聖杖を構えた。その様子に新米騎士は息を呑んだ。
「まさか、祝福の催眠!? よ、よろしいので……?」
「はい。ただ副作用で眠くなるので、それさえ大丈夫なら、ですけど」
「もちろんですとも!」
騎士が差し出した腕に《ナーサリーナイトメア》をかけると、傷が癒え、血が止まり、変色した肌も元のつるつるもちもちに戻った。
「ああ……痛みが消えていく……これで……安らかに……」
まぶたが落ち、ふらりと倒れ込みそうになる新米騎士の身体を、ドスケベ催眠おじさんは受け止めた。
「《召喚:ガーファンクル》」
力持ちのリビングアーマーを隣に呼び出し、新米騎士を預ける。
「テントに運んであげてくれる? できれば気づかれないように、そっとね」
ガーファンクルは中身のない兜をガシャンと上下させて頷いた。お姫様抱っこよろしく新米騎士を腕に乗せ、そろりそろりと歩いていく。
「おやすみなさい」
誰に届くわけでもないが、ドスケベ催眠おじさんは穏やかな表情で呟いた。
無事に治療を終えられた安心から、ドスケベ催眠おじさん自身の精神も落ち着き、その後はぐっすりと眠ることができたのだった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
翌朝、というより、翌昼とでもいうべきか。
ブランチというには少し簡素な食事を済ませた一行は、テントの撤収をさっさと終わらせ、ピーターより短い指示を受ける。
「次なる目的地は新ネロイ村! いつものように村民と親睦を深めるのは勿論のこと、今回はドスケベサイミンオジサンの復活を世に広く知らしめる大役があること、ゆめゆめ忘れぬように!」
いつものように、というのがドスケベ催眠おじさんには分からなかったが、対魔騎士には恒例行事であるらしい。特に疑問を差し挟むこともなく、整然と並んで歩き始める。ドスケベ催眠おじさんも流れのままに進んでいく。
道中、例の新米騎士が声をかけてきた。
「お、おはようございます……!」
「あっ、おはようございます」
「昨晩はお世話になりました……!」
新米騎士はそれだけ短く言って素早く頭を下げ、緊張で赤くなった顔をなるべく見せないよう、早歩きで定位置に戻って行った。
「昨……晩……?」
リナは呆然と呟いた。
「ほほぅ、昨晩……」
ケヴィンは腕を組んでニヤニヤしている。
「い、いや、あの、これは!」
なにか大変な誤解を招いている気がして、ドスケベ催眠おじさんは慌てて両手を振った。
「うん? これは何だって?」
「これは……えっと……」
誤解は解きたいが、新米騎士の隠し事を大っぴらにすることもできない。ドスケベ催眠おじさんはうまい言い訳を思い付かず、口ごもってしまう。
その様子に何を思ったか、ケヴィンは冗談半分でからかってくる。
「いいんだぜ? 別に。対魔騎士団は半分ドスケベ催眠おじさんのためにあるような組織だからなぁ。『つまみ食い』も英雄の特権ってやつさ」
「違いますから! 違いますからね!?」
リナのほうを見ると、何もない空にキョロキョロと視線を彷徨わせている。
「そ、そうですよ! いいんです。はい。何も問題はありません。ありませんとも! ただ、ちょっと予想より大胆といいますか、手が早かったといいますか、ああいうスラっとしたひとのほうがお好みなんですね、みたいな、そういった意味での新発見はございましたけれども……ええ……全く何も問題はありませんでございますでしょう」
リナにしては珍しく早口でしどろもどろだ。激しく動揺した様子でブツブツとなにごとかを呟いている。どちらにせよ何かを勘違いしていることに変わりはない。
「違いますよリナさん! そういうんじゃないんです! ケヴィンさんに騙されないでください!」
「私も背を伸ばしたほうが良いでしょうか……」
「リナさんカムバック! リナさん! リナさーん!」
ドスケベ催眠おじさんはリナを正気に戻すために、目的地に着くまでの時間の大半を費やしたが、認識を正せたかどうかは定かではない。




